第60話 イノシシ狩りも村長の仕事06
とりあえず、ドノバンとザックにはおいてきた荷物の回収と水汲みを頼み、私とジミーは2人で適当な木を選んでタープを張る。
「ご苦労だったな」
私がそう声をかけると、ジミーは、
「いやぁ、さっきも言ったっすけど、村長はすげぇっすね。あの硬いのを一撃でスパっといっちまうんですから」
と感心したような表情を私に向けてきた。
「はっはっは。それはこいつのおかげだよ」
そう言って、私は笑うと、刀をぽんぽんと叩いてみせる。
「………」
するとジミーは、ひとつ間をおいたあと、なぜかまた変な顔をして、
「なるほど、そりゃ参考にならねぇっす」
とつぶやいて、「あはは」と笑った。
それから、私はザックとドノバンが帰ってくるのを待つ間、ジミーにこれまでの冒険のことや、日ごろ気をつけていることなんかの話を聞く。
そして、最後に村の印象はどうかと訊ねてみると、ジミーは笑いながら、
「昔はただの田舎ってかんじだったっすけど、最近は変わって来たんじゃないっすかね?飯も段々美味くなってきたし、雰囲気も明るくなった気がするっす。俺らはギルドができる前のことはわからないっすけど、村の爺さんたちはみんな村長には足を向けて寝れねぇって話してるっすから、きっと村長がこの村を良くしたんだろうなってたまに3人で話してるんですよ」
と笑って教えてくれた。
(よかった。村に一つでも多くの笑顔があふれればそれがなによりだ。私は私の仕事を、今のところはなんとか出来ているらしい)
そう思うと私も自然と笑顔になり、そのあとも話がはずむ。
そうこうしていうちにザックとドノバンが戻ってくると、昨日と同じく、私が飯の支度、『黒猫』の3人が野営の準備という分担で作業にかかった。
(さて、今日の飯はどうするか…)
と手持ちの材料を見ながら考える。
手持ちの材料でも作れないことはない。
作れないことはないが、いつもの簡単な飯になってしまうだろう。
せっかくなので、イノシシの肉を食いたいが、まだ解体できていない。
無理やり捌いて肉を取ることもできなくはないが、加工して村の食料にすることが優先だ。
なるべくきれいに肉を取り出さなければならない。
(それに、この肉はドン爺にきちんと処理してもらって、ドーラさんに調理してもらうのが一番美味いに決まっている。今は我慢だ)
欲望に負けそうになる自分にそう言い聞かせて、私は少し考えた。
そして、ふと、
(…豚トロ。そうだ、豚トロだ!)
と思いつく。
いや、思い出す。
こいつらの肉はほぼ豚肉だ。
きっと普通のイノシシでは硬くてよほど煮込まなければ食えないはずの頬から首にかけての部位、豚トロも美味いはず。
それに豚トロなら複雑な調理よりも簡単に焼くだけの方がいい。
あと、取れる量が限られるから、村の食料事情にも迷惑をかけなくて済むだろう。
私は頭の中でそう算段をつけると、さっそく統率個体の頬から首にかけの部位に剣鉈を入れて捌き始めた。
『黒猫』の3人が「えっ?」という顔をしてみている。
私は、そちらをちらりとみやって、少しニヤッと笑い、
「多分大丈夫だ」
と言いてテキパキと作業を進めた。
やがて、その肉があらわになる。
やはりそこには予想通り、サシの入った弾力のあるピンク色の肉が付いていた。
「やっぱりな」
私は思わずそうつぶやく。
「よし、まずは米を炊こう」
そう言って、米を火にかけた。
『黒猫』の3人はまだ半信半疑のようだが、私は確信している。
普通のイノシシとは大違いだ。
私はひとり、ほくそ笑みながら、まず肉にハーブを混ぜた塩を振って、少しねかせる間に適当に切り取った脂身をスキレットに入れて火にかけた。
やがて、どんどんラードが染み出てくる。
この匂いだけで飯が食えるのではないかというほどの芳香が辺りに漂った。
さすがに、この匂いで美味い物が出来上がるらしいと気が付いたのか『黒猫』の3人は野営の準備の手を止めて興味津々といった様子でこちらを見ている。
「おいおい。もうすぐできるから急いで支度をしてくれ」
私が笑いながら『黒猫』の3人にそう声をかけると、
「う、うっす!」
とジミーが慌ててそう返事をし、他の2人も同じように急いで作業に戻っていった。
やがて飯が炊き上がりそれぞれの皿に盛りつけられると、その皿を持った『黒猫』の3人が待ちきれないという表情で浮かべる。
私は、そんな3人を横目で見ながら、表面が少しカリっとなるくらいに肉を焼き上げ、最後に少量だけ持ってきた醤油を垂らして、次々と飯の上に盛ってやった。
とりあえず3人に肉が行き渡ると、遠慮せずに先に食えと言って次に自分の分を焼き始める。
すると、そんな私の横で、
「…っ!なんすか、これっ!」
とジミーがそう叫んでがっつくように頬張り始めた。
その声を皮切りに、他の2人も、ガツガツと食い始める。
そんな様子を見てうれしく感じながら、私も自分の分を盛ってさっそく豚トロを口に運んだ。
まず、噛み応えがある。
赤身肉のそれともホルモンのそれとも違う、独特の歯ごたえだ。
噛むたびにしみだしてくる脂が飯を求めさせる。
さらにそこへ醤油の香ばしさも加わるから余計にタチが悪い。
(なんでもっと米を持ってこなかった!)
と私は悔やんだ。
パンはあるが、明日の朝に取っておかなければならない。
こちらも手詰まりだ。
(これが、それが野営飯の限界か…)
そんな悔しさがこみ上げてくるほどこの豚トロは美味い。
そして先に食い終わった3人も同じように感じたのだろう。
嬉し悲しという表情で空になった皿を見つめていた。
ともかく腹が落ち着く。
食後の感想戦がひと段落すると、私たちは茶を飲んで心を落ち着かせ、明日の行動予定を決めるための話し合いを始めた。
「明日はいよいよ帰還だな」
私がそう言って、明日はどうしようかとみんなの意見を聞く。
すると、ザックが、
「そうですね。とりあえず、ドノバンをここに1人残して、3人でドン爺の所まで行きましょう。そしたら、そのあとは私がドン爺さんをここまで案内して、ジミーが馬番。村長は炭焼き小屋まで行って応援を頼んだら、そのまま村へ帰ってください。あとはこちらでやっておきます」
と言ってくれた。
私はそれでは申し訳ないと思ったが、本業の村の仕事もあるし、ギルドへの報告もある。
なにより、早く炭焼きの連中を安心させてやりたかったから、その言葉に甘えさせてもらうことにした。
翌朝早く、私たちはドノバンに見送られてドン爺が待っている中継地点へと出発する。
帰り道は順調そのもので、足取りも軽い。
一仕事終えた安心感もあるのだろう。
午前中にドン爺のもとへとたどり着いた。
「やぁ、ドン爺。待たせたな」
「遅ぇぞ。で、どんな具合だ?」
「そうだな。統率個体以外は適当に切ったから皮は保証できん。ただ、肉と牙はきちんと取れるはずだ」
「おう。わかった。その辺は任せておけ」
「ああ、頼む」
いつものことで、私とドン爺はそんな言葉を短くかわす。
そして、私は、
「さて、飯にしようか」
と言い、さっそく調理に取り掛かった。
ジミーとザックはやったと喜び、そんな2人の様子をみてドン爺は少しいぶかしがる。
きっと「ガキじゃあるまいし、飯ぐらいでそんなにはしゃぐなよ」とでも思っているのだろう。
昨日飯のあと、軽く確認してみたが、比較的大きな個体からであれば豚トロは取れることがわかった。
小さい個体は残念ながら普通のイノシシよりもやや柔らかいかもしれないという程度だったから、あきらめたが、それでもこれは大きな発見だ。
村の酒場で人気になるに違いない。
村にまた一つ笑顔の種が増える。
私はそのことがなによりもうれしかった。
その後、最初は怪訝な顔をしていたくせに、豚トロを食ったとたんにがっつき始めたドン爺を私たち3人が生暖かい目で見つめたことは言うまでもないだろう。
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