第59話 イノシシ狩りも村長の仕事05
1時間ほど歩いただろうか。
「こいつは…」
私を含め全員が辺りを見回して、驚く。
細い木がまばらに生えたその林のあちこちが掘り返されていた。
明らかにイノシシの仕業だ。
予想通り、そこからははっきりとした痕跡が点々と続いている。
出くわすのも時間の問題だろう。
問題はどこで出くわすかだ。
しばらくその痕跡をたどって歩くとその小さな水場に出た。
「ついさっきまでいたな」
私がそういうと、ザックが
「ええ、そのようですね」
と言って辺りを見回す。
気配が濃い。
3人もそれを感じたんだろう。
私たちは無言でうなずき合うと、さらにヤツらの痕跡をたどっていった。
遠くに影が見える。
いや、遠くからでも影が見えたと言った方がいいのかもしれない。
一番デカい統率個体は4メートルを少し超えているようだ。
その周りにはおおよそ15頭ほど、1~2メートルほどの個体がいた。
小さいのはようやく毛が生え変わったばかりの若い個体のようだ。
しかし、すでにイノシシの魔獣の特徴である、普通の獣のイノシシよりも太くて長い牙を備えている。
距離はおおよそ200メートル。
ヤツらはおそらく自分たちで掘って作ったのであろう窪地の中で、身を寄せあうようにして食休みをしていた。
私はいったん進行を止め、『黒猫』の3人に視線を向ける。
「私が先行して一気に突っ込む。おそらくその瞬間にヤツらもこちらに気が付くだろう。ザック、手前のヤツから順に迷わず打ち込め」
「はい」
「ジミー、遅れるなよ」
「うっす!」
そう2人に声をかけたあと、ドノバンに目配せをすると、彼が黙ってコクリとうなずいたのを確認し、
「行くぞ!」
と言って、林の中を一気に駆け抜けた。
案の定、私が駆け出した直後、ヤツらは気づき、こちらに向かって素早く突進の体勢をとる。
そこへザックの矢が撃ち込まれた。
風魔法で勢いをつけた矢は手前の一頭の顔に打ち込まれ、当たった個体は「ブギャッ!」と間抜けな声を上げてのたうちまわる。
ザックはさらに矢を打ち込んだ。
今度は先ほどよりも勢いのない矢が別のヤツの右肩辺りに命中する。
これは一応ダメージを与えたようだが、致命傷には至っていない。
だが、それで充分だ。
そいつがひるんだその隙に私は素早く駆け寄ると、下段からそいつの首元を薙ぎ払った。
そいつの首元がパックリと割れる。
私はそれを確認もせず前進して、正面から突っ込んできた新手を、ギリギリまでひきつけてから、右足をわずかに引き、半身でかわすと、今度は上段からそいつの首を斬り、その流れまま今度は左足を軸にくるりと回転した。
どうやら背後から突っ込んでき奴がいたようだ。
私はまるで闘牛士のようにそいつをかわすと、すれ違いざま、袈裟懸けにヤツの後ろ足を断ち斬る。
その個体はつんのめるようにして積もった落ち葉の上を滑っていくのがみえた。
(あとはジミーが始末してくれるはずだ)
私はそう思って、さらに突っ込む。
後ろでまた醜い声がしたからきっとジミーがやってくれたのだろう。
また別の個体をかわして斬る。
それを何度繰り返しただろうか?
そうしているうちにまた、いつものように時間がゆっくりと流れだした。
次々と突っ込んでくるイノシシをかわして斬る。
ただ気配を感じ、体の動くままに刀を振った。
時には飛び越すようにかわして後ろ脚を斬りつけ、時には蹴りを入れて倒れたヤツの心臓を刺し貫く。
段々音が消えてきた。
どうやら正面から統率個体が突っ込んできたようだ。
ヤツは、おそらく
「ブギャァ!」
とでも鳴いたのだろう。
口を大きく開けたあと、頭を低くして大人の腕くらいもあろうかという太い牙を私に向けて突っ込んでくる。
私は左に動き、一瞬身をかがめてヤツの懐に入り込むと、下から掬い上げるようにヤツの右前足を斬った。
ヤツが横倒しになって地面を転がる。
すると私の後ろでザックの矢が飛ぶ気配がした。
それで仕留められたかどうかはわからないが、あとはドノバンがいる。
今度は左手にジミーの気配を感じた。
見るとジミーはやや大きい個体を押しとどめていてくれたようだ。
すかさずそちらに向かってそいつの横っ腹に刀を突き刺す。
一緒そいつがビクンとする動きが伝わってきたから、おそらく心臓に当たったのだろう。
軽くひねって薙ぎ払うように刀を抜き、残身を取っていると、後ろで空気が動いた。
私は素早く反転し、少しだけ後ろに動くと真横をすり抜けていく個体めがけて一気に刀を上段から振り下ろす。
どうやらそれが最後だったらしい。
声も無く首を断たれたイノシシが転がり、辺りは一気に静かになった。
当たりには激しく血が飛び散った跡があり、私もいくらか返り血を浴びてしまっている。
それでもあれだけの数を相手にしたにしては少ない方だろう。
私は軽く刀を振って、血を振り落とすと、防具の隙間に入れておいた手ぬぐいを取り出し、軽く拭いをかけてから、刀を鞘に納めた。
私の横にいたジミーが、
「…マジっすか…」
と、どうやら私に向かってつぶやいている。
私はその意味がよくわからなかったが、とりあえず、
「ありがとう、おかげでずいぶん楽だったよ」
とジミーに礼を言うが、ジミーは何とも微妙な表情を浮かべ、
「いやいや、それを言うのは俺たちの方っすよ」
と苦笑いをしながらそう言った。
それから疲れたのだろうか、やや脱力している『黒猫』の3人に声をかけて、とりあえず、魔石と心臓を取り出すと、適当な革袋に入れ、残りの内臓は適当に引っ張り出して埋めた。
とりあえずイノシシを、さっきまでヤツらが寝ていた地面の窪みに押し込んで今日はその場で野営をすることにする。
辺りは血なまぐさいが、仕方ない。
魔獣を仕留めたあとは、その場が一番安全だ。
なぜか魔獣という生物は滅多なことが無い限り他の魔獣の縄張りを侵さない。
ヤツらなりの住み分けというやつなのかもしれないが、理由は定かではない。
ただ、ここはヤツらの縄張りだったからすぐに他の魔獣が近寄ってくることがないのは事実だ。
適度に開けているし、地面も割と平ら。
そこはまさに野営にはうってつけの場所だと言えた。
あらためてヤツらの様子を観察してみる。
統率個体を含めて全部で17頭。
小さいのは5頭ほどいた。
多分、去年生まれた若い個体だろう。
そして、よく見ると2頭ほど妊娠している個体がいる。
今回は幸運だったのかもしれない。
出産直後のヤツらは子がある程度成長しきるまで、群れの結束がやたらと硬くなるから厄介だ。
発見時期も早かったし、ちょうどエベタケを食ってヤツらの行動が鈍る瞬間を狙えた。
『黒猫』の存在も大きい。
サナさんには後で「おかげで助かった」と礼を言うべきだろう。
(ともかく、みんな無事でよかった)
私はふとそんなことを思うと、小さく「ふっ」と笑い、まだまだ明るい空を見上げて目を細めた。
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