第2話バンドール・エデルシュタットという男
私の履歴書を書くと、
氏名、バンドール・エデルシュタット。
旧姓、バンドール・エデル。
身長180cm、体重82キロ。
細身だが筋肉質で剣の腕はそこそこ。
40歳。なりたて。
独身。
リトフィン王国北西部辺境、エデル子爵家の第六子四男坊として生まれる。
学歴
12歳、ボーツ辺境伯領中等学校に入学。
15歳、王立高等学校に入学。同時に冒険者としても活動を開始する。
18歳、王立学院魔学科へ進学。魔獣学及び魔素学の基礎を学ぶ。
職歴
21歳、学院卒業後、冒険者を生業とし、各地を転々とする。
29歳、王子を魔獣の脅威から助ける。
同年、その功績で男爵位を賜る。以降、家名をエデルシュタットと名乗る。
30歳、エデル子爵領の北西の一部トーミ村、村長に就任。
現在に至る。
主な功績
魔獣及び野盗討伐など多数。
トーミ村村長として村の発展に貢献。
以上
という感じになる。
履歴書には書けないことを付け足すとこうだ。
なぜか21世紀の日本で生活していたという記憶がある。
たぶん転生というやつなんだろう。
とはいえ、どんな人物で、どんな人生を送ったのかという部分の記憶は一切ないから、果たしてそれが前世の記憶なのか、それとも誰かの記憶の断片が勝手に頭に入り込んできたのかは定かではない。
だから、「たぶん」ということになる。
私としては、普通にこの世界に生まれて、人格を形成し、それなりに努力もして人生を歩んできたのだから、この世界の一員だという意識の方がよっぽど強く、自分を異世界人だと思ったことはない。
ただ、幼いころから、大人の記憶がある分学業ははかどり、田舎貴族の4男坊としては結構な学歴を歩めたことは幸運だった。
卒業後、冒険者稼業を選んだのは、小さい頃に師事した師匠の影響と、宮仕えの窮屈さを避けたかったから。
周囲はずいぶん熱心に官職を薦めたが断った。
辺境の貧乏子爵家とはいえ、貴族家出身の私が言うのもなんだが、お貴族様は疲れる。
私は自由に生きたかった。
その考えは今も私の根幹をなしているように思う。
そして、29歳の時の功績というのは、魔獣に襲われていたぼんくら王子をうっかり救助してしまったというだけのこと。
なんでもそのぼんくらは、跡目争いだかなんだかを有利に進めようとして、功を焦って勝手に騎士団の若手を連れ出した挙句、王国西部の辺境伯領にまで越境してきたらしい。
その情報を知った辺境伯様が、たまたま冒険者として辺境伯領に滞在していた私に監視任務を依頼してきた。
貴族籍を離れたとはいえ、留学なんかの世話になった寄親の依頼は「一応」断れない。
面倒くさいと思いつつも、しばらくぼんくらのお坊ちゃんたちの様子を眺めていた。
そうして3,4日経った頃。
ろくに偵察もせず、なおかつ自分たちの力を過信した部下ともども熊型の魔獣に目をつけられ、隊は壊滅寸前。
さすがに目の前でそんな光景を見れば見捨てるわけにもいかず、仕方なく助けた。
そして、すったもんだの挙句、男爵位を押し付けられた。
その経緯はこうなる。
王家としては、大失態。
しかも辺境伯様に大きな借りまでを作ってしまった。
もちろんバカ息子だけのせいにするなんて恥の上塗りにしかならないからできない。
そこで、考え出した筋書きは、
第6王子は、非公式に辺境伯領へ行く途中魔獣の話を聞き、民のため、果敢にも討伐に乗り出した。
辺境伯領内での戦闘は越権行為になるが、そこは正義感ゆえの行動であるから不問に処す。
その際、偶然その場に居合わせた冒険者バンドール・エデルは騎士団に加勢し多大なる貢献をした。
両名ともまことにあっぱれだ。
その功績をたたえて、冒険者のバンドール・エデルには、子爵家子息であることも加味し、男爵位を授け、新たにエデルシュタット(エデル家の一族という意味)と名乗ることを許す。
今後は実家であるエデル子爵家に仕えその領地の発展に寄与するがよい。
それこそ此度の功績に報いる王家の心遣いである。
しかと受け取れ。
めでたし、めでたし。
というものだった。
つまり体のいい口止めである。
私は、金をくれと言ったが、断られた。
当時、災害が相次ぎ国庫に余裕がないと言う。
そんなはずはない。
単なる言い訳だろう。
当然、
「じゃぁ、何もいらない」
と言ったが、それでは王家の面目が立たないとか、実家の長兄からもとりあえず、王家には逆らうなと言われたので、逃げられなかった。
ところが、今度は実家の子爵家が困る。
爵位授与の際、
「今後はエデル子爵家のために仕えよ」
という王様のありがたいお言葉が突然添えられてしまったからだ。
実家としては、当然王家の臣下になって適当な役職にでも就くのだろう思っていたらしい。
しかし、実際は予想もしなかった王の発言で、突然家臣、しかもよりによって爵位持ちを押し付けられてしまった。
これは、辺境の貧乏子爵家にとってかなり負担が大きい。
ただの家臣ならともかく、爵位持ちの家臣を養うからにはそれなりの禄を出さねばならない。
単純に財政を圧迫する。
もちろん水面下で抗議したらしいが、「王のお言葉」と言われては何も言えなかったそうだ。
そこで、困った挙句に考えついたのが、私を代官にするというもの。
子爵領の北、魔獣の出る辺境の森のすぐ南にトーミ村とう小さな村がある。
実家は私を、その村の村長へ就任させた。
最下級貴族である男爵が仕える領主から領地の一部を任されて自治の任に当たることはさしてめずらしくない。
それに、村長となれば村の実入りで生活させることもでき、禄は最低限で済ませられる。
ちなみに月に金貨1枚、日本の感覚でいえばおおよそ10万円ほど。
最底辺とはいえ、貴族の禄にしては少なすぎる。
しかしそれでも、実家にとっては精一杯の金額だろう。
その当時のトーミ村の実入りは、一応自給できるくらいの農業とささやかな林業や手工業の他、森にわんさといる魔獣を狩る冒険者が落とす金くらい。
辺境の小さな村ではあるが、寒村というほど困窮してはいない。
しかし、実家からすると、他の村と比べてそこまで税収が期待できる土地でもない。
それがトーミ村という辺境のど田舎の村だった。
考えてみれば、トーミ村は魔獣の脅威のすぐそばにある。
発展を期待する方が無理というものだろう。
しかし、そんな左遷のような人事も、冒険者をしている私からすればある意味理想的だと言えた。
魔獣の出る森が近いなら、移動の自由は奪われてしまうが、冒険者稼業は続けられる。
そうなれば、禄は最低限でも、冒険者として稼げばいいのだから、それほど困ることはない。
むしろそれなりに楽しく暮らしていくことができるだろう。
だから別に文句という文句は別に無かった。
つまり、これらのことをまとめると、
1,私は実家で飼い殺しにされることから逃げられ、ある程度のんびり暮らすことができる
2,実家の懐は最低限の痛みで済む
3,王家としては田舎に私を押し込めて口封じをしつつ爵位の授与で面目も果たせる
といういわば三方良しという状態が出来上がる。
そんな大人の事情で私はトーミ村の村長に就任することになった。
それから十年、いまでは村の生活も改善され、のんびりとだが確実に成長している。
冒険者ギルドの誘致にも成功した。
辺境の田舎にしてはそれなりの規模だと言えるだろう。
実家のエデル子爵家にとっては全く想定外だったかもしれないが、ちょっと税収が増えて経済的に余裕ができた。
私は時折冒険者稼業の真似事をしてストレスを発散しつつ、適度に働き、大切な家族と幸せに暮らしている。
ここトーミ村には美味い飯と優しい笑顔が溢れ、豊かな森もあれば割といい酒も出来るようになった。
村長の仕事は意外にもやりがいがあるし、森を歩けばストレスもたまらない。
ある意味、理想的な社会がここにあるのではないだろうか?
そんなことを思いつつ今日も私は執務に精を出している。
本日もトーミ村は平和で、我が家の飯も美味い。
私が、なぜ日本の記憶を持っていて、どんな人間として生きてきたのかはわからない。
しかし、このトーミ村での生活以上に幸せだったとは考えにくい。
そんなことを思って役場の窓から、トーミ村の田園風景を眺めた。
今年も稲穂は順調に波打っている。
(私は幸せ者だ)
改めてそんなことを思い、再び執務机に向かうと、目の前の書類に目を落とした。
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