おっさん村長の辺境飯~転生者バンドール・エデルシュタット、異世界にてかく生きれり~

タツダノキイチ

第1話 プロローグ あれ(異世界転生)から40年

新緑と苔むした岩。

渓流のせせらぎ。

鳥の声。

足元を見ると、小さな花が咲いている。

名は何というのだろうか?白く小さく地味な花だ。

しかし楚々として美しい。

そろそろ昼になる。

そんなことを考えながらのんびり散歩でも楽しむかのように歩を進めていると、小さな滝にたどり着いた。

落差は5メートルあるかないか。

滝つぼの広さは直径3メートルほどで、深さは50センチあるだろうか。

私はその滝つぼの澄んだ水を手で掬って一口飲む。

「うまい」

思わずそう口にして、一息吐いた。

ちょうどいい、ここらで昼にしよう。

そう思っておもむろに背嚢から折り畳み式の五徳を取り出すと、小さな鍋に滝つぼの水を入れて火にかける。


魔道具というのは便利なものだ。

前世で言うところのキャンプ用ミニストーブみたいなものだが、ガスはいらない。

燃料は魔石だ。

しかも弱小魔獣からとれる小さな魔石をいくつか炭のように詰めるだけでいい。

(こういう点では前世より、この世界の方が進んでいるのかもしれないな)

そんなことを思いつつも、沸いてきた湯で簡単に干し肉を戻し、茸と米を炒めて戻し汁を少しずつ足していく。


そうこうしているうちに、いい匂いがしてきた。

米が炊き上がってきたらしい。

しばし寝かせる。

その方が味が染みて美味い。


周りの景色を眺め、鳥の声と川のせせらぎを聞きながら持ってきたアルコールをほんの少量、口に含んだ。

我が村特産のアップルブランデー。

さわやかで甘い香りが疲れを癒し、食欲を増してくれる。

道すがら茸をちぎっておいたが、エベルダケを見つけられたのは運が良かった。

見た目はマイタケに似た茸だが、断然香りがいいし、味も濃い。

シイタケとマツタケを足して2で割ったといえばいいだろうか。

ともかくうまい茸だ。

仕上げに、チーズを削り入れ、少しなじませると、ふーふーと息をかけてから口に運んだ。


やはり、自然の中で食う飯は美味い。

我が家の飯は当然美味いが、こうして自然の中で食う野営飯はまた違った魅力がある。

(やはり飯というものは、いつ、どこで、誰と、どんな気分で食うかによって味わいが変わるものだ…)

そんなことを改めて感じながら久しぶりに一人で食う野営飯を堪能した。


冒険を再開し、辺りを注意深く観察しながらも、ふと考える。

何故、この世界には、魔獣というけったいな存在がいるのだろうか?

前世の記憶で言えば、生態系に無意味な存在などないはずだ。

しかし、魔獣というヤツらは、森を壊す上に、時には人に害をなす。

鹿や熊なんかの食えるヤツらならまだいいが、今回目的にしているゴブリンは食えない上に臭い。

本当にこの世界に何の必要があって存在しているのだろうか?

そんな疑問の答えはいつも出てこない。

しかし、とりあえず今わかっていることが一つだけある。

それはヤツらを掃除しなければ大変なことになる、ということだ。


そんなことを考えながら、注意深く辺りを観察して歩く。

すると、意外と早くゴブリンの痕跡を見つけてしまった。

(こんなにも村から近かったのか!?)

戦慄が走る。

一歩間違えば村人に被害が出ていたかもしれない。

そんなことを想像すると、怖気が走った。

(急がねば)

そう思って少し足を速める。

慎重かつ大胆に。

冒険者の鉄則に従って集中力を増しながらその痕跡をたどって行った。


進むにつれて濃くなっていくヤツらの気配。

私はいつものように、静かに丹田に気を溜めて、さらに集中力を増していく。

(もうすぐだ)

私の感覚はそう言っていた。


(痕跡からして、少しデカいか…)

そんな感想を持ちながら進んでいく。

ヤツら、ゴブリンの基本は小集団で、数は10~20程度が一般的。

しかし、時折、それを統率する個体が生まれると状況が変わる。

時に100近い群れになり、人里に降りてきた例もあるから厄介だ。

もし、私の勘が正しければ今回の群れは統率個体付きだろう。

数は、4、50くらいいてもおかしくはない。

(面倒だな…)

心の中で舌打ちをしながら、進んで行く。


1匹1匹のゴブリンはたいした強さじゃない。

冒険者のうちでも初心者は苦労するかもしれないが、中堅以上になればなんの問題もないだろう。

しかし、今回は少し群れの規模がデカそうだ。

油断はできない。

この世界というよりも冒険者業界には「冒険者最大の敵は油断である」という格言がある。

毎年ちょっとした油断で命を落とす冒険者が何人いるだろうか。

まさに油断大敵だ。

家族のためにも、村のためにも、一家の長として、村長として、万が一なんてことはあってはならない。

なにせ「お家に帰るまでが冒険」だ。

そんないつもの標語を頭に浮かべながら、気を練り、歩を進める。

そして、しばらく行くと、ヤツらの巣にたどり着いた。


まずは観察する。

群れの規模は50を少し超えた程度。

1人で対応できる範囲内。

地形は、窪地。

ほぼ四方を崖に囲まれていて、出入り口になりそうな獣道は1本だけ。

(地形的にはこちらに有利か…)

そんな状況にまずは一安心する。

しかし、慢心は無い。

(…さっさと片づけねば)

そう決めると私はさっそく行動に移った。


背負ってきた背嚢をおろし、唯一の出入り口である獣道の方へそっと回り込む。

そして、私は堂々とヤツらの前に姿を現した。

ゴブリンどもが一斉にこちらに視線を向け、統率個体がなにやら叫ぶ。

汚い声だ。

そして、集団で向かってくるヤツらに向かって私は刀を抜き放った。


八艘に構えてまずは袈裟懸けに一閃する。

間髪入れずに下段から右へひと薙ぎ。

今度は踏み込んで左にいたヤツの胴を抜く。

すかさず右に突きを入れると、素早く抜いていったん飛び退さった。

さらに丹田に溜めた気を練り集中力を高めていく。

すると、私の周りから音が消えた。


(汚い声が聞こえないのは楽でいいな…)

などと思いつつ、先程までよりもゆっくりと動くように感じ始めた気配を素早く斬り伏せていく。

一歩踏み込んで袈裟懸け。

横薙ぎに右へ一閃すると、今度は左へ下段から跳ね上げるようにして斬る。

そんなことを繰り返し、体と心の赴くままに刀を振るっていると、さらに気配が濃く遅くなっていった。


やがて、心の底が澄み渡るような感覚を覚えて目を閉じる。

明鏡止水、泰然自若、おそらく言葉にすればそんな状況なのだろう。

踏み込んで突き、引きと同時に振り返って袈裟懸け。

考える間もなく体が動く。

やがてひと際大きな気配のおそらく足の辺りを斬り払って横を抜け、振り返りざまに袈裟懸けに刀を振り下ろした所ですべての気配がなくなった。


「…ふぅ」

と息を一つ吐き、腰にぶら下げていた手ぬぐいで軽く拭いをかけてから刀を納める。

そして、そこいらじゅうに横たわって動かなくなったヤツらを見て、

「はぁ…」

と安堵とも面倒ともとれるため息を吐いた。


そんな「これで村の危険はひとまず取り除かれた」という安堵と、「これからが面倒だ」という両方の意味を持ったため息を合図に次の行動に移る。

まずは、獲物を刀から腰に下げている聖銀製の剣鉈に持ち替えた。

ヤツらの胸の辺りを裂き、魔石を取り出し、1か所に積み上げていく。

そして、いったん背嚢を取りに戻ると、そこから火炎石を取り出して積み上げられたヤツらの中に突っ込んだ。

火炎石というのはちょっとした魔道具の一種で、焚火くらいの炎を数時間程度発生させてくれる便利な石だ。

こうやって焼かなければいけない魔獣を片付ける時には重宝する。

ただし、意外と値が張るので、普段使いできるような物ではない。

そんな石を3つほどその山に突っ込んでゴブリン焼きながら、

(さすがに50は多いな…。これだけじゃぁ焼ききれないかもしれない。薪を集めてこなければ…)

と考えて少し辟易としながら、その辺りで薪になりそうな木の枝を拾ってきては、ゴブリンの山に突っ込むという作業を繰り返し、やっと一息つくことが出来た。


火の番をしつつ少し休憩する。

適当な岩に腰を下ろし、背嚢からスキットルを取り出すと、アップルブランデーをひと口ちびりとやった。


なんとなくボーっとしていると、ふと思い出す。

(…たしか今日は私の誕生日じゃなかったか?)

そんなことに気が付いて、思わず、

「ふっ」

と笑ってしまい、そろそろ暮れ始めた空を見上げた。

またひと口アップルブランデーを口にする。

「ふぅ…」

と息を吐くと、思わず

「あれ(異世界転生)から40年か…」

とつぶやいてしまった。

なんとも言えない、いろんな感慨が胸に広がる。

(さぁ、早く家に帰ろう)

そう思って立ち上がると、暖かい家、美味い飯、そして愛する人の顔が心に浮かんだ。

気がつけば、空は濃紺の面積を広げ、一番星を瞬かせている。

その星に願った。

我がトーミ村がいつまでも平和でありますように、と。

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