1章 村長、犬を拾う

第3話 村長、犬を拾う 01

村長になって、2年。

ようやく村の仕事にも慣れてきた春。

やっと冬の間の税金処理が終わり、私は今、森にいる。

今日で5日目。

意外と魔獣が多く、少し手間取ってしまった。

春は奴らも活発に動く。

今年は猿系の魔獣がけっこうな数繁殖していた。

やつらは意外と知恵がある。

幸い統率個体はいなかったから、大きな集団では無かったが、ヤツらは森の木々を飛び回り時折石を投げてくるから、厄介な相手だ。

予想以上にてこずり、なんとか片付いたと思ったその時、奥の方から「グワァァーッ!」という叫び声が聞こえた。


熊系の魔獣、エイクの声だろう。

当然、討伐しなければいけない。

熊程度なら私一人で対応できる。

そう思って、私は声のした方へと向かっていった。


尾根を下り、途中渓流を跨ぎながら進む。

やがてやや開けた草地にでた。

広さはおおよそ3,40メートル四方くらい。

真ん中に朽ちた切り株と苔むした倒木が見える。

おそらくここ数年の間に大木が倒れて空き地ができたのだろう。

周囲を注意深く観察していると、不意に気配を感じた。


気配は徐々に濃くなってくる。

私は丹田に気を溜め、ゆっくりとその気を腹の辺りで練っていった。

気配がさらに濃くなっていく。

そして、

(来る!)

そう感じた瞬間、少し先で笹藪がザザっと音を立て、熊型の魔獣エイクが出てきた。

体高は1.8メートルほどだろうか。

おそらく立つと3メートルほどになる。

熊型の魔獣としてはそれほど大きくない。

どうやら若い個体のようだ。

たぶん、その痕跡の主である大きな個体に挑戦し負けた個体だろう。

こういうヤツは新たな縄張りを求めてたまに人の生活圏に入り込んでくることがあるから、放ってはおけない。

距離はおおよそ50メートル。

私は「ふっ」と一つ息を吐くとヤツの前に出た。


魔獣というのはなんとも不思議な存在だ。

百害あって一利無し。

前世の記憶からすると、生態系の一部に無駄なものなど無いということになるのだろうが、この世界では通用しない。

事実、ヤツらを放置して壊滅に追い込まれてしまったという例がこの世界の歴史書には嫌と言うほど記録に残されている。

実際に私も長い冒険者生活で、森が無残に荒らされている光景を何度も目にしてきた。

いったいヤツらは何のために存在し、どうやって生まれてくるのか。

それは今もまったくの謎だ。

しかし、それは今、どうでもいいことだろう。

とにかく今、目の前に厄介な熊がいて、私にはそれを倒す義務がある。

私は刀を抜き、さらに丹田に気を集中させた。

やがてその気が全身にくまなく行き渡り、身体能力が常ならず高まるのを感じ始める。

私は刀を下段、自然体に構えて熊と睨み合った。


どのくらい時間が経ったのだろうか、一瞬にも感じられるが、10分かそれ以上経っていたのかもしれない。

しびれを切らした方が負けだ。

私の直感はそう言っている。

果たして、熊が先に動いた。

若い個体らしく、我慢がきかなかったのだろう。

むやみやたらに突っ込んできて振り下ろされた前足をギリギリまで引き付けてかわす。

そして、ヤツの懐に入った。

素早く刀を横なぎに一閃する。

私の一刀がヤツの胴を斬り裂き、勝負は一瞬で決まった。

しかし、私はそのままヤツの横を駆け抜け、素早く振り返ってすかさずヤツの後ろ足を袈裟懸けに斬る。

ヤツの後ろ脚が斬り落とされ、

「ガァァッ!」

と叫ぶ声が聞こえたと思った瞬間、ヤツは地面に叩きつけられた。

私はいったん飛び退さると残身を取り、油断なく構える。

魔獣は最後の最後が一番危ない。

私はそれを冒険者として散々学ばされてきた。

ヤツらは命が燃え尽きる瞬間にとんでもない一撃をかましてくることがある。

事実、今目の前にいるヤツも命の炎を最後まで燃やし尽くすかのような覚悟で、残った片足を軸に精一杯に背伸びをすると、思いっきり前足を振りかぶってきた。

最初の一撃よりも鋭い。

しかし、私はまたそれをギリギリでかわし、先ほどとは逆側の胴を一閃する。

今度こそヤツは沈黙した。

念のためヤツの首に刀を突き立てる。

私はそこでようやく

「ふぅ…」

息を吐き、刀に軽くを拭いを掛けると、ようやく刀を鞘に納めた。


ひと息吐くと、さっそく剣鉈を取り出して、ヤツに突き立てる。

まずは胸の辺りを開き、魔石を取り出した。

出てきた魔石は深い青色をしている。

やはり若い個体だけあってやや小さいが、小遣い稼ぎには十分だろう。

そんな魔石をヤツの胸から引っこ抜くように取り出すと、私は次に肉の剥ぎ取りに取り掛かった。


魔獣の肉は美味い。

特に熊肉はこの辺りで狩れる魔獣の中でも美味い方だ。

適度な歯ごたえと脂身の甘さたまらない。

鍋も美味いし、この時期なら春野菜と一緒に炒めても美味いだろう。

そんなことを考え、私は喜び勇んで一番美味そうな内腿辺りの肉を剥ぎ取っていった。


剥ぎ取った肉を麻袋に詰めて背嚢の上側に括りつける。

とりあえず、これで良かろう。

そう思って元来た道へと戻ろうとした時。

「きゃん!」

と小さな鳴き声が聞こえた。

「犬?」

(なぜ、こんな森の奥に犬が?)

と疑問に思う。

別に犬なら放っておいても何の問題もない。

普段なら気にも留めないだろう。

しかし、私はその鳴き声が妙に気になった。

いったいどうしたのだろうか?

と自分でも疑問に思う。

しかし、気になったことを放っておくのも気持ちが悪い。

そう思って、私は声が聞こえた方へと向かって行った。


先程の熊が作ってくれた獣道を辿っていく。

少し歩くと、根本に大きな洞のある木が見えた。

どうやら声はその中から聞こえているらしい。

注意深くのぞき込む。

すると、中には真っ白な狼の幼体がうずくまっていた。

(犬じゃなく、狼だったか…)

と思いつつも、じっくりと観察する。

大きさ的には生まれて間もない個体なのだろう。

かなり小さい。

(群れから追放でもされたんだろうか?確か、群れを成す動物は群れ全体を守るために、自分たちにとって不利な存在を追放してしまうという習性があると文献で読んだことがある。おそらくこいつはその犠牲者なんだろう。森の中で真っ白な個体はあまりにも目立つからな)

と、私は頭の中でそんな推測を立てた。


そう思うと、なんだか、妙にその幼体が痛ましく見えてくる。

しかし、その感情、感傷と言ってもいいだろうか?

とにかくそう言う安易な同情を獣に対して抱くべきじゃない。

冒険者がいちいちそんな感傷的な気持ちを抱いていたら、仕事にならないどころか、自分の命を危険にさらしてしまうからだ。

しかし、その時私はなぜかそいつに手を差し伸べてしまった。

「来るか?」と。

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