②―6 あの子は吸血鬼 その6
俺たちが足を踏み入れたのは、庭のすみっこにあった手狭な納屋。大量の毛布が積まれているその部屋には埃っぽい臭いが充満していた。
しかし入口のあたりには埃が積もっておらず、頻繁に人の出入りがあることがわかる。
「エーゲルめ、まさかこんなところに隠れているとは……」
「こことは限らないけどな。納屋とか物置小屋を見て回れば見つかるだろ、そのうち」
「どうしてここだと思ったんだ?」
「部屋が狭い方が落ち着くタイプの人間っているんだよ。俺もそうだし」
「なるほどねえ。とりあえずこの大量の毛布を全部どければいいかな? 骨は折れるが5分もあれば何とか……」
「いや、もっと効率的な方法があるぞ」
俺は目を閉じ、前世で世話になったクソ上司の顔を思い出す。人に仕事を押しつけて自分は早上がりしやがって……あのハゲ親父がスヤスヤ安眠している顔を想像すると、腹の底から怒りが煮えたぎってくる。
「ひえぇ……」
俺の怒りが頂点に達した時、右端にある毛布の奥から情けない声が聞こえてきた。
「そこか!」
ティンテが毛布をひっぺがすと、寝巻き姿の小柄な女の子が転がり出してきた。初めて俺の能力が普通に役に立った瞬間かもしれない。
配下と同様「和ゴス」っぽい寝巻きを着ている彼女は、金髪碧眼ではあるが寝癖がひどく、とても高貴な存在には見えない。
吸血鬼というより妖精とか座敷わらしっぽい感じだ。配下の皆さんの方がよっぽど妖艶だったような……口の端から覗く鋭い牙のお陰で一応吸血鬼らしくは見えるが。
「ひえ……なんで? なんでここがわかったの?」
「アンゴが教えてくれたんだ。しかし私を無視するとはいい度胸だね、エーゲル」
「ごめんねティンテちゃん……眠気に勝てなくて、お布団から出れなくて……」
「そうだね、キミは昔っからそういう奴だったね。結構結構。さあ、休息は十分だろうし今から働いてもらおうか」
「えっ……やだやだ忙しいもん……今から二度寝の予定が」
布団に潜ろうとするエーゲルの脚にティンテの触手が絡みつく。バランスを崩した彼女は頭から毛布に突っ込んで、そのまま動かなくなった。
「えっ、死んだ?」
「いいや、寝てるだけさ。仕方ない、このまま連れていこうか」
「もう1回起こそうか? 俺の『恐怖の大王』で」
「後でお願いしようかな。とりあえずはナギたちのところに急ごうか」
エーゲルの身体を毛布ごと持ち上げたティンテは、呆れ顔のまま納屋を出ていった。「吸血鬼の女王」のあんまりな姿に面食らってしまったが、俺もじっとしているわけにはいかない。
この眠り姫が何の役に立つかはわからないが、とにかくナギたちと合流した方が良さそうだ。
移動中、ティンテに担がれたエーゲルの寝顔を眺める。素晴らしく幸せそうな寝顔だ。静かな寝息も愛らしい。こんな状況でなければ好ましく感じていただろうが、今だけはこの満足顔が憎たらしく感じた。
配下の吸血鬼が大変なことになってるのに、本人はスヤスヤ夢の中か。まったくいいご身分だ。
じっとエーゲルの顔を睨んでいると、彼女の目が静かに開いた。
「んんー……なんか、うまく寝れないよう」
「エーゲル!? 珍しいね、こんな短時間で起きるなんて」
「このまま寝てたら悪夢見そうでやだよう……こんなの初めて」
悲しそうに眉をひそめるエーゲル。彼女の寝れない原因はまあ……俺だろうな。たぶん。
「いい薬だ。キミが寝てる間に配下の吸血鬼たちが暴走していたんだぞ!」
「えぇ……なにそれこわい……」
「他人事じゃないだろう! キミが止めなきゃこの街の人間では対処できないんだぞ!」
「わたしも無理だよう……あれ疲れるもん」
「いい加減にしないか! もっと女王としての自覚をだな……!」
「なりたくてなったわけじゃないしー」
見た目だけじゃなく話し方や思考まで幼いエーゲルで本当に暴走を止められるのだろうか。そこはかとなく不安になってくる。
しかしティンテとエーゲルは幼なじみといっても仲良しというわけではなさそうだな。生真面目で熱血寄りなティンテと無気力ダウナー系のエーゲルではあまりに相性が悪すぎるか。
親同士が仲良かったとか、そういうパターンかな……
「ところでそこの不気味なお兄さんは何者?」
「彼はアンゴ。私の……友人だ」
「へー? ティンテちゃんの彼氏かと思った」
「か、彼氏!? そそそんな風に見えるのか!?」
「ティンテちゃん男の人苦手だったのに、なんか仲良さそうだったから」
「それは昔の話だろうが!」
うーん、やっぱり仲良いんだろうか。人の関係ってのはよくわからないな……
走り続けるうち、もう日が暮れて辺りは真っ暗になっていた。昼間に狂騒があったせいか、民家も明かりをつけていないところが多く、なおさら街路が暗く感じる。
「まずいな……夜は吸血鬼の時間だ。ナギたちが無事であればいいが」
「そんなにヤバい事態なのか?」
「ああ。アンゴにも身体を張ってもらう必要があるが、頼めるかい?」
「当たり前だ。ここまで来たら一蓮托生だからな」
「ありがたい。先を急ごう」
ますます速度を上げるティンテ。元の世界で運動不足だった俺は、走って追いつこうにも息切れがひどく、次第次第に引き離されていく。
「アンゴ、キミにも力を貸してもらいたいんだ! 急げ!」
「わかってんだけど、もう脚が……」
「仕方ない。しっかり掴まっていなよ!」
あっ、と声を出すまでもなくティンテの触手に担ぎ上げられていた。同じく担がれるエーゲルと目が合うが、初対面のためなんとなく気まずい。コミュ障同士だからなおさらだ。
「ど、どうも……」
「お、おう……」
「なんかお兄さん、怖いね……」
「君はあれだな……だらしないな」
「……」
「……」
エーゲルと気まずい雰囲気になりながら運搬されているうち、いつの間にかナギたちのいる寺院まで戻ってきていた。
妙な胸騒ぎがする。寺の入口が見える前から嫌な予感はしていたのだ。境内まで侵入すると、御堂のある方角から不穏な物音が聞こえてきた。
「これはもしや……」
「ヤバそうだな」
御堂は戸が半壊しており、中から叫び声とうなり声の入り交じった耳障りな音が聞こえてくる。
「ナギ! ヴォルフ様! ご無事ですか!?」
「遅いぞ、馬鹿者どもが……」
御堂の戸を開けた俺たちが見たのは、血気に逸る吸血鬼たちと、それに囲まれるヴォルフ。奥で倒れているのはナギだろうか。
暗がりに目を凝らすと、ヴォルフの毛並みにところどころ赤い斑点がついていた。あれ、もしかして傷か……? 思っていた以上に自体は深刻そうだ。
一刻も早く助けないと。
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