②―5 あの子は吸血鬼 その5
街の中心に鎮座するその屋敷は、一見すると由緒正しい武家屋敷に見えた。ここに吸血鬼の女王が住んでいるらしい。吸血鬼と言えばドラキュラのような洋風のイメージがあったので、思わず面食らってしまう。
まあ、過去の転生者にキリスト教徒がいなかったらそりゃあ教会とかも存在しないんだろうけど……
この世界の吸血鬼に特有の、欧風の顔立ちに和ゴスという奇妙な組み合わせは転生システムが生んだ「ねじれ」なのかもな。
「ティンテだ! いるんだろうエーゲル! 早く出てこい!」
門の外から屋敷の中へと呼びかけるティンテ。彼女にしては珍しく、荒っぽい口調だ。急を要する事態だからだろうか。なんとなく、それだけじゃないような気もするが……
「出てこないね。まあ予想はしてたけど」
「どうする?」
「決まってるだろう。出てこないなら引きずり出すまでだ」
ティンテは触手で門をなぎ倒すと、ずんずん庭へと進んでいった。へし折られた鉄格子に冥福を祈りつつ、俺もその後ろに続く。
「いいのか、門とかぶっ壊して……」
「知らん。緊急事態に寝ている奴が悪いだろう」
丁寧に整備された日本庭園には目もくれず、ティンテは奥の屋敷へとまっすぐ向かう。「女王だけあって大層なところに住んでるんだな」なんて軽口も叩けない雰囲気だ。鯉の泳ぐ池とか、風情があるし個人的には結構好きなんだけどな……
「出てこいエーゲル! 早く姿を見せないと戸襖が穴だらけになるぞ!」
庭を横切り玄関まで到達したところで、ティンテを戸をこじ開けつつ叫んだ。しかし彼女の声は、虚しく奥の間へ吸い込まれていくだけ。
「いい度胸じゃないか。久しぶりに幼なじみに会うというのに居留守とは」
ティンテの触手が土間を叩く。まさか玄関まで破壊する気ではないよな? 念のため止めておいた方が良さそうだ。
「待て待てティンテ! エーゲルの身に何かあったのかもしれないだろ? まずは穏当に探していこうぜ」
「そうは思わないが……まあ、アンゴが言うなら」
ティンテに代わり、今度は俺が先頭に立って進むことになった。こんなデカい屋敷に入ったことはないので、しらみ潰しに部屋を探していくしかないか。
まず奥の間へ進んでいくと、ふすまに水墨画でコウモリの描かれた部屋を見つけた。周りの部屋と比べても一際目立つふすまだ。部屋の脇には何やら高価そうな壺も置いており、独特の雰囲気を醸し出している。
「ティンテ、この部屋に入ったことないか? どうも屋敷の主人が住んでそうに見えるが」
「うーん、客間と大部屋しか入ったことはないんだけどね。しかしここが一番怪しそうだね」
すいませーん、と声をかけてみたが返事はない。それどころか、そもそも人のいる気配すら無い。
事情が事情なので思い切って部屋のふすまを開けてみる。しかし、屋敷の主人が寝泊まりしているであろうその部屋はもぬけの殻だった。
ティンテ曰く、吸血鬼の今代女王エーゲルは怠惰の化身なのだが、意外にも部屋は綺麗に片付いていた。
これだけ大きい屋敷なのだ。吸血鬼の他にも使用人がいて、その人たちが部屋を掃除しているのかも。
他の部屋も見て回るが、エーゲルどころか人っこ一人見当たらない。どこの部屋も荒れた様子はなく、今朝までは幾人かの人が屋敷で平穏に暮らしていたことが見て取れる。
客間、次の間、書斎、使用人部屋、台所、奥座敷まで確認してみたがやはり人がいない。
不気味なほどの静寂が屋敷全体を暗く覆っていた。もう夕方近くなっているから余計に薄暗く感じる。早く見つけないと日が暮れちまうな……
あちこちを見て回るのは面倒な作業だが、和風の間取りなのが不幸中の幸いだった。洋式の鍵つき部屋ばっかだったら、それこそ扉を破壊して回るしかなかっただろうし。
ただ、うっぷんを晴らせないティンテは目に見えてイラついていた。部屋を移るたび、移動に使う触手がバシバシとうるさい音を立てている。
ティンテは良くも悪くも素直な性格のせいで感情に出やすいのだろう。
「しかし誰もいねえな」
「そりゃあね。捕まえた9人の吸血鬼が普段はエーゲルの世話をしているから、屋敷には誰もいなくて当然さ」
なるほど……どの部屋にも女性らしい装飾品や化粧代があるというのに、鏡だけが置いてないのはそういう訳か。
吸血鬼は鏡に映らないという。おそらく吸血鬼同士で互いの顔に化粧したりしているのだろう。集団で暮らしているのには実利的な理由もありそうだ。
まあ、今は彼女らの暮らしぶりに感心している場合ではないのだが……
「はあ……どこにもいないね。やっぱり部屋をいくつか破壊して炙り出すしかないかな
」
「やけに発想が過激だな……エーゲルに恨みでもあるのか?」
「恨みはないんだがね。あの子は昔から責任感というものに欠けるから、つい私も手荒になってしまって」
「まあ、な……配下の吸血鬼が暴れてたってのに女王が雲隠れしてちゃあ職務放棄だわな」
「だろう!? 務めを投げ出して引きこもるだなんて、先代が聞けばどれだけお嘆きになるか……!」
ティンテの苛立ちはピークに達しそうだった。気のせいかだんだん息まで荒くなってきている気がする。
このままでは屋敷を破壊しかねないが、俺も共犯と思われたら嫌だな……止めるにはエーゲルを見つけ出すしかないんだろうけど。
しかし台所や風呂場まで探してもいないとなると、外に出ているとしか思えないんだよな。でも「エーゲルは滅多なことでは外に出ない」ってティンテは断言してたし……
「エーゲルの人柄はなんとなくわかったが、ちなみに彼女の趣味とかは知ってるか?」
「趣味……まあ、昼寝だな。子どもの頃から私が訪ねるまで寝ていたような」
「えぇ……女王の子息がそんなんでいいのかよ」
「キミのいた世界の『女王』とは立場が違うのかもね。人間の王とは違って国を運営しているわけじゃないし。一族の『長』と言った方が良いかな。それも血筋じゃなく実力で決まるしね」
「ただの引きこもりかと思ってたけど、エーゲルって実は凄いのか?」
「ああ、才能だけなら先代以上だろう。ただその能を発揮する気がないだけさ。なまじ実力があるぶん、配下の吸血鬼も逆らえないんだよね……」
「最悪じゃねえか」
会ったこともない相手の悪口を言うのは気が引けたが、さすがにこの場合は許されるだろう。俺が元いた世界でも「暗愚王」ってのは歴史上たくさんいたが、この世界でも同じか……
ティンテから話を聞いてエーゲルの性格というか、習性というやつがだんだんわかってきた。
体面や誇りにこだわるタイプでなく、昼寝が好きで、しかも日光を嫌う吸血鬼ということは……
あまり考えたくはないが、「あそこ」に隠れている可能性がありそうだな……
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