②―4 あの子は吸血鬼 その4

「噂ってアレやんな?」


「ああ、どうも良からぬことが起こっているようだ」


「めんどいなあ……」


 ヴォルフ、ティンテに引き続きナギまで深刻そうな顔を見せる。なんか俺だけ置いていかれてない? ぬるい風が俺たちの間を吹き抜ける。濡れた布巾で顔を撫でられるような、嫌な感覚だ。


「ヒューゴの港町でも似た事例があったらしいぞ」


「別の村ではメドゥーサだったようですね」


「えらいこっちゃなあ。法則性とか見つかればええんやけど」


 俺抜きでどんどん話が進む。疎外感がすごいんだが? 話に混ぜてほしいのだが……それとなく三人の顔を見回してみるが、誰も気にかけてはくれないようだ。まあ、それだけ緊急事態ってことなんだろうけど。

 しかしこれ以上黙ってはいられない。


「待て待て待て。俺にも説明してくれよ」


「お主は勇者ではないからの」


「せやな」


「すまないアンゴ、大事な話の途中なんだ」


 は? なんだこの塩対応。俺だってすげー能力あるんだぞ。何かの役に立つかもしれんというのに、あまりに扱いが雑すぎないか。

 だんだんムカついてきたな。俺はコミュ力は低いが結構寂しがり屋なのだ。


「ぐっ……!?」


「ひえっ! アンゴ兄、急に何なんや……!」


「あっ、ごめん。イラついたらつい……」


 俺以外の三人が突然震え出したのを見ると、すぐ怒りも引っ込んだ。いつの間にか能力が発動してしまっていたらしい。ビビらせるつもりはなかったのだが。


 最初の村に着いた時も、空腹とか疲労とかで殺気立ってて村人に迷惑かけたのかもなあ……


「難儀な能力やな、ほんまに」


「うん……ごめん、マジでごめん……」


「いやそんな謝らんでええんやけど……」


 気まずそうに後頭部を掻くナギ。年下の女の子に気をつかわせてしまった……異世界に来てからの俺、本当ダセェとこばっかだな……いや、元の世界でも似たようなもんだったか。


「せや、アンゴ兄の能力って名前とかないん?」


「無いな。ゲームみたいにスキル名とか表示されりゃいいんだけど」


「無いならウチが考えたろか! せやなあ……」


 気まずい空気を払拭しようとしてくれているのだろう、ナギの気づかいが胸に響く。


「『恐怖の化身』とかどうや!」


「ほぼ怪物じゃねえか。却下」


「ほな『恐怖の魔王』!」


「悪者みたいだから嫌だ。却下」


「『恐怖の大魔王』!」


「悪化してんじゃねえか!」


「注文多いなあ……こんなんノリで決めたらええやん」


「せめて『恐怖』は外したいんだが」


「愚かな。そこが貴様の能力の根幹だろうが」


「うむ。『恐怖』は要るだろうね」


 俺を除けば満場一致だった。俺そんなに怖いのかな……なんかちょっと傷つくんだが。


「じゃあ『恐怖の大王』とかでええんちゃう? 『魔王』は嫌なんやろ」


「もういいよそれで……そんなことよりさっきの話だ。やべえ噂がながれてるんだよな? 俺にも教えてくれよ」


「ふむ……アンゴは平穏に暮らしたいと言ってたから、巻き込みたくはないんだけどね」


「ありがとな。でもティンテ、俺はお前の役に立ちたいんだよ。友達が困ってんのにのんきに休んでられるか」


「アンゴ……」


「はいはいお二人さん、イチャつくのはやめーや」


 ティンテと二人で見つめあっている間にナギが割って入る。冷静になってみるとなんか恥ずかしいこと言ってたな、俺……


「そろそろ街の人らも起きるやろけど、どないしたらええやろな。また演奏して回るんはウチも流石にしんどいし」


「ティンテ、吸血鬼ってのは何人いるんだ? 全員を集めてナギに眠らせてもらうのが良いと思うが」


「ええっと、10人だったかな。エーゲル……私の幼なじみからはそう聞いてる」


「ほなヴォルフとティンテのねーちゃんで手分けして集めたって。アンゴ兄は吸血鬼を閉じ込めれそうな建物探しな」


「我を使い走りにするとは、ずいぶん不遜な……」


「はいはい。後で聞くからはよ走り」


 露骨に嫌そうな顔を見せた後、ヴォルフは大通りを駆けていった。ティンテも触手を蠢かせる準備運動?を始めた。


「では私は手近な吸血鬼を拾っていくかな。アンゴ、建物は頼んだよ」


「おう。またここで集合するか」


「ほな頑張ってー。ウチはちょっと休憩」


 おいおい、とツッコみかけたが、ナギが地面にへたり込む姿を見て何も言えなくなった。

 彼女の能力はチートじみてると思ったが、さすがに相応の代償は払っているのか。何百人いるかわからない人間を眠らせたのだ、相当体力を消耗したに違いない。


 ぼーっと空を眺める彼女の身を案じつつ、俺は手頃な建物を探すことにした。






 それから5分ぐらい経っただろうか、ヴォルフが6人、ティンテは3人の吸血鬼を担いで現れた。

 9人とも色白の女性で、ゾッとするような美人だ。服装は和ゴスというやつだろうか、黒の着物を基調にフリルやリボンのついた可愛らしい装いだ。しかも顔立ちがどことなく欧風なので他の住民とは見分けがつきやすい。

 これだけ美形なら自ら血を捧げたがる人間がいるのもわかる気がする。


「この短時間ですげえな……でも9人って、1人足りなくねえか?」


「残り1人の場所はわかってるから大丈夫さ。それより彼女らを収容できる場所は見つかったかい?」


「ああ、こっちにお寺があるからそこで……」


「早くしろ小僧。もう意識を取り戻しかけている者もいるぞ」


 俺たちは大急ぎで吸血鬼たちを寺の御堂へと搬送した。腕がピクピクと動いている者もおり、目覚めるのは時間の問題のようだ。


「ナギ、大丈夫か? また眠らせる演奏をしてもらわないとだけど……」


「構へん構へん。あと一曲ぐらいならいけるし、いざとなったらヴォルフが守ってくれるわ」


「手荒な抑止ならできるが、手加減はできんぞ。それが嫌なら早く解決することだな、若き女王とおぞましき小僧よ」


「俺の形容詞ひどくない?」


「承知しました。速やかに解決できるよう尽力します」


「うんうんそうだな。ところで俺の扱いは……」


 ヴォルフに物申したかったが、ティンテに引きずられていてはそれも叶わず。なんか釈然としねえんだがな……


 ナギたちがを御堂に入っていくのを見送った俺たちは、街の中心に走った。そこにある一際大きな屋敷には、ティンテの幼なじみである吸血鬼の女王「エーゲル」が暮らしているらしい。


「さっき一人足りないと思ったら屋敷にいるのか。騒ぎの間は何してたんだろな」


「たぶん寝てたんじゃないかな」


「ああ、屋敷の中まで演奏が聞こえてたらそうなるか」


「そうじゃなくて。あの子はだいたい家で寝てるんだよ」


「えっ、でも女王なんだろ? 街の運営とか……」


「吸血鬼自体は怜悧な種族だからね、こんな異常事態でも起きない限り配下たちだけで十分やっていけるよ。それと先代の女王……エーゲルのお母さんが有能だったから、その運用がうまく機能してるんだろう」


「じゃあ今の女王は何してるんだ?」


「特に何も……」


「ええ、ニートじゃん……」


「にぃと?」


「ごくつぶし、って意味だよ」


「あはは、違いないね」


 ティンテの乾いた笑いが虚しく響く。しかしそんな相手と会って、今回の問題を解決できるのだろうか。無性に不安になってきたぞ。


 街の住民たちは徐々に目覚め始めている。再びパニックにならないよう、早く始末をつけたいが……

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