②―3 あの子は吸血鬼 その3

「俺の……俺の好きな映画は『ジュマンジ』だ」


 結局、何のひねりもなく単純に好きな映画を答えてしまった。苦し紛れにもならない答えだ。これが原因でヴォルフに噛み殺されたたら嫌だな……


「ほーん、ええやん。ウチも好きやでその映画」


 ナギは楽器から口を離すと、クスッと笑った。もしかして、バカ正直に答えて正解だったのか?


「ナギ。まさかこんな返答で見逃すわけじゃなかろうな」


「とりあえずは警戒せんでええと思うで。ここでゴチャゴチャぬかしてウチの意図を測ろうとしてたら怪しかったけど、素直に答えてくれたしなあ」


「納得がいかん。この者に悪意が無くとも、意図せず変事を引き起こすかもしれんだろう。危険の芽は摘むべきだ」


「まあ抑えてや。さっきの質問でウチと同じ世界出身なのもわかったし、見た目の年齢とかその辺をごまかしてる感じも無いし」


 なるほど……突拍子もない質問かと思っていたが、遠回しに俺の出自を測っていたのか。確かに元の世界出身じゃないと答えられないもんな……この子、サバサバしたギャルに見えて案外切れ者なのかも。


「アンゴの兄さんとは仲良くやっといた方がええんちゃう? 今のところ」


「しかしだな、ナギ」


「ヤバそうってだけで人殺せるほどウチも覚悟はキマってへんからなあ」


「……ふん。小僧、ワシの目が光っているうちは勝手なことはさせんぞ」

 

 ヴォルフはまた牙を剥いて軽く唸った。思わずビクッと身体が竦む。心臓に悪いのでいちいち脅さないでほしいのだが……


 それはともかく、街の人が倒れているのはどういう訳なんだろうか。ナギたちの言い分をそろそろ聞かせてもらわないと、こちらとしても据わりが悪い。

 ひとまずティンテを起こしてもらわないとな……


「あのー……そこで倒れてるスキュラの女性だけでも起こしてやってくれねえか。知り合いなんだ」


「ええか? ヴォルフ」


「構わないだろう。八本の足から察するに、スキュラの女王だな。この者の先祖は200年ほど前に勇者とともに戦ったはず」


「ほな」


 ファゴットを構え、かすかな音で演奏を行うナギ。一人だけを起こすのは結構難しいのかもしれない。


 それにしても、ヴォルフは「女王」って言ったか? やっぱりティンテって偉い人物なんじゃ……


「ん……おはようアンゴ。確か私たちは村に入って……ん!? なんだこの者たちは!?」


 半分寝ぼけつつもティンテは戦闘体勢を取った。触手が立ち上がりそれぞれ鎌首をもたげる。四方から攻められても対応できそうな、隙の無い構えだ。


「落ち着け、スキュラの女王よ。我々は貴殿と争うつもりは無い」


「どーもお姉さん。ウチは『楽の勇者』ナギ。こっちはなんか偉そうな狼のヴォルフ」


「偉そうなのではない、偉いのだ。まったく……」


 ヴォルフのため息を聞いたティンテは、ハッとした表情を見せ、その場に跪いた。なんだなんだ、起きてそうそう忙しいな。


「失礼ですが、銀古狼ぎんころう様でしょうか。お初にお目にかかります」


「ああ、堅苦しくする必要は無い。ヴォルフで結構だ。貴殿も女王格であろう」


「いえ、私はまだ半人前ですので……」


「謙遜はいかんな。ずいぶん鍛えておるではないか」


「お誉めにあずかり光栄です」


 ティンテはゆっくり頭を上げたが、まだ姿勢を低くしている。あの狼、どうやら相当偉いようだ。普通にタメ口利いてた俺、処罰とかされねえかな…… 


「なあティンテ、ヴォルフってそんなに偉いのか?」


「『人魔じんま』の中でも最古老だよ。朽巫女と言い、やけに伝説じみた人物と出会うな……」


 ティンテと小声でやり取りするが、ヴォルフはそれを気に留める気配は無い。どうやら警戒心は解いてくれたようだ。俺を信用してくれた、というよりティンテに対する信頼感なんだろう。


「ところでヴォルフ様、この街に何が起きたのでしょうか」


「それはだな……」


「聞いてーな! ウチらが着いた時にはもーひどい有り様で!」


「おいナギ。割り込んでくるな」


「ほんま乱癡気騒ぎってゆーか。あっちこっちで吸血鬼のネーチャンが暴れとってな!」


「おい」


 ヴォルフの制止も聞かずペラペラと話し出すナギ。これは深い意味とかなく、単に話好きなんだろうな。あるいは、堅苦しい雰囲気に耐えきれなくなったとか。


「吸血鬼? それも人魔か?」


「ああ。吸血鬼の女王は私の幼なじみなんだが、そんな騒ぎになっていたとは……申し訳ございません。ヴォルフ様、ナギ様」


「ウチは敬語とかいらんって! それより、吸血鬼ってあんな見境ないもんなん? もっと高潔な種族って聞いてたけど」


「確かにおかしいな……協定ではむやみに人を襲ってはならないと取り決めがあるのに」


「協定?」


「ああ。東ニワナは吸血鬼の管轄領で、人々は血を捧げる代わりに外敵から守ってもらっているんだ。人間と『人魔』が共生している、平和な街のはずなんだが……」


 ティンテは悩ましげな顔でうつむく。眉間に寄った皺が彼女の絵画のように美しい顔にヒビを生んだ。彼女の表情で、部外者の俺でも事態の深刻さはなんとなく理解できた。


 どんな原因があれど、吸血鬼が人を襲ってしまったのは事実だ。今まで仲良くやれていたとしても、今回の事件が致命的なわだかまりを生む可能性は大いにある。


 吸血鬼が街から排斥されるか、あるいは人間たちが逃げ出すか。そのどちらが起こっても悲劇的なことに代わりはない。


 しかし吸血鬼ねえ……よくよく見ると倒れている女性の中に口から牙が覗いている人がいた。ものすごい八重歯ってわけでもなさそうだ。


「吸血鬼って男のイメージだけど、女の人が多いんだな」


「ああ。そもそも『人魔』自体女性率が高いからな」


 そうだったのか……元の世界の常識が通用する場面もあればズレてる部分もあるんだな。


「ちなみに我は気高き雄であるぞ」


「オスのワンちゃんやもんなあ」


「犬扱いするなと言うておろう!」


「おー、よしよし」


 毛深いヴォルフの顎を撫で回すナギ。どうも彼女は『楽の勇者』の名に恥じず、お気楽な性格らしい。ナギのお陰で、シリアスな場面のはずなのにいまいち緊張感に欠ける。


「ヴォルフ様、今回の騒動の原因はやはり……」


「うむ。あの噂は本当だったようだ」


 ティンテとヴォルフはそれぞれ深刻そうに頷いた。

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