②―2 あの子は吸血鬼 その2
そこかしこで倒れている人たちは、みな一様に目を閉じて横たわっている。苦しそうな表情には見えないし、ケガをしている様子もないが、それがかえって不気味さを感じさせる。
ひとまず倒れている若い男性の手を取り、脈拍を測った。トクン、トクン、と指先から命の脈動が伝わってくる。その事実で少し安心したが、生きているイコール平穏無事とは限らない。
呼吸や瞳孔もチェックしたところ、表面的な問題は無さそうだが……
しかしそうなると、何故倒れているのか一層わからない。
未知の病気がばらまかれたか、あるいは呪いでも受けたのか。とにかく、人為的なものではありそうだ。いくら異世界とはいえ、自然現象でこんなに人がバタバタ倒れているなんてありえないだろう。
そうなると、俺と同じように人を気絶させる能力を持っている人間が近くにいる可能性が高い。
「アンゴ! そっちは!?」
「生きてるよ! ただ寝てるだけに見えるな……」
「こっちも同じだ。なんでこんなことに……」
「襲撃か、あるいは……」
「シッ、静かに……!」
突如ティンテの触手じゃない方の手に口を塞がれる。不気味な静寂に耳を澄ませると、遠くで楽器の演奏される音が聞こえてきた。
どこかで聞いたことのあるメロディーだ。穏やかな低音、それでいて語りかけてくるような……
「音の元に行こう……!」
音の鳴る方を探りながら辺りを見回すが、演奏者の姿は見えない。だんだん音が近づいてきているようには思うのだが……
それより、なんでティンテから返事が無いんだろう。まさか……
「ティンテ……!? おい、ティンテ!」
隣に立っていたはずのティンテはいつの間にか地面に横たわっていた。触手を枕にしてスヤスヤと静かに寝息をたてている。
ミイラ取りがミイラになるってやつか……! 俺もこのままじゃヤバい気がする。とりあえず指で耳を塞いではみたが、この状態じゃ音の正体にたどり着けないぞ。
どうする……どうすれば……
「みーんな寝とるなあ。よしよし」
「ふむ、存外うまくいくものだな。しかしこの後どうするつもりだ? 起きるたび演奏するわけにもいかぬだろう」
「せやなあ、まずは……」
大きく細長い楽器を携えた女と、人語を話す巨大な狼がゆったりと俺の目の前を通る。ここだ、この瞬間を狙え!
「うわぁ!? なんやゾンビか!?」
突如脚を掴まれた女は、慌てて俺の頭を踏んづけてくる。バカめ。怒れば怒るほど俺の能力は威力を増すというのに。
食らいやがれ、俺の力を……!
「ぐっ、なんやこれ……」
女は楽器を庇うようにして地面へ倒れ込んだ。同時に、女の横にいた狼も脚を崩して腹ばいになる。ひとまずは上手くいってよかった。ティンテという貴重な戦闘力が無い状態では、正面から戦うのは不可能だしな。
「貴様、何者だ……!」
狼が唸るように問いかけてくる。ものすごい迫力だ。ジブリか何かでこんなデカい狼いたな。むき出しの牙は俺の貧弱な身体ならたやすく噛み砕けそうだ。
怖すぎて漏らしそうだが、いま街の人を助けられるのは俺しかいない。腹の底から勇気を振り絞れ。
「お前らこそ何なんだよ! 街の人を襲いやがって!」
「ちゃうねん! ウチらは街の人を救済しようと思って……」
「死は救済とかそういうやべー宗教か!? 許せん!」
「わからん兄さんやな……! だいたいなんでウチの演奏で寝てへんねん!」
「濡らした綿を民家から拝借して耳栓代わりにしてたんだよ! 水分子は音を通しにくいんだぜ、プールに潜ると音が聞こえにくいようにな!」
「分子? プール? アンタももしかして転生者か?」
「アンタ『も』?」
「いやー、久しぶりに日本人に会ったわ。ウチはナギ、こっちは相棒のヴォルフ」
「ああ、よろしく……俺は留萌安吾だ」
「あっ、ウチも苗字ゆった方がいい? 山田ってゆーねんけど、普通すぎてなあ」
ケラケラ笑うと若い女性。大学生くらいの年齢だろうか。ショートカットの茶髪と耳に刺した複数のピアス。服装こそこちらの世界に馴染んだ和装だが、柄が結構派手ではある。
それに気安い態度や独特の方言は「大阪のネーチャン」といった風体だ。そういやライトも日本人っぽかったし、転生者ってのはやっぱり全員日本人なのか?
「お互い大変やなあ。ウチもな、急に世界救えとか言われて。この高そうなファゴット渡されて」
「はあ……」
人の背丈くらいありそうな長い楽器はファゴットというらしい。オーケストラの楽器とかであったな、こういうの……なんか音楽の教科書に載ってたような。
「色々あってヴォルフとは仲良うなってんけど、二人でブラブラしてたら流れ着いたこの街がえらいことになっとってな。しゃーないからウチの演奏で眠らせとってんけど」
「やっぱりアンタらが犯人だったのかよ!」
「だからちゃうねんって! ウチも不本意やってんけど、これしか手段が思いつかんかって……」
「おいナギ。何故こんな奴と馴れ合う。得体の知れん怖気がするというのに」
「固いこと言ーなや。そらこのオニーサンは怖いけど、転生者ってことは勇者やろ? やったら味方やん」
「いや、勇者かどうかはわからないんだが……」
俺が口を滑らせた途端、場にピリッとした緊張が戻る。ナギは即座に立ち上がり、ヴォルフは牙を剥いて飛びかかるための姿勢を見せた。
しまった! せっかく友好的な態度を取ってくれていたのに、不要にビビらせるようなことを……今のは俺が悪いな。
「違うんだ! 勇者じゃないかもだけど、俺は怪しい者じゃなくて……」
「怪しいかどうかは我らが決める。貴様の自己申告に意味は無い」
「せやなあ……アンゴの兄さん、悪いけど試すわ。正直に答えてな」
「な、なにを……」
「好きな映画は何や?」
「は?」
「だから、好きな映画や。答え次第では見逃したる」
映画? 映画ってあの、フィルムムービーの話だよな?俺の好みなんざ聞いてどうするつもりだ。何かのトンチか?
そりゃ俺だって好きな映画くらいあるが、それを答えてどうなると言うのだ。このシリアスな場面にそぐわない、トンチンカンな質問。何を試されているのかすらわからない。
どう答えるのが正解なんだ。さっきみたいに言葉を間違えると酷い目に遭いそうなんだが……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます