②―1 あの子は吸血鬼 その1

 商業国ニワナへ向かう途中、いくつか村へ立ち寄ったが、頭巾をかぶっていると人々が俺を恐れないことがわかった。

 しかし顔を隠していればいい、という単純なものでもなく、頭巾が少しズレて話相手と目が合うともうダメ。相手は泡を吹くか全身をガタガタ震わせはじめるので、ティンテに取り繕ってもらいながら逃げ出す必要があった。


 つくづく厄介な能力だな。チートというよりもはや呪いじゃねえか……


「ぐぅ……なんで俺ばっかり……もっとライトの身体強化みたいなカッコいい能力が良かった……」


「まあまあ、キミの能力にもきっと意味があるんだよ。人を羨んでも仕方ないさ」


「ティンテ……! そうだよな、俺の能力だっていつか役に立つよな!」


「うん……たぶん、おそらくは……」


「目を逸らすな目を」


 一週間ほど旅をして知ったのだが、やはりティンテは生真面目な性格らしい。嘘をつけない気質は素晴らしいと思うが、時々傷つくこともあるので建前とかそういう繊細なやつを身につけてほしい。


「ところでニワナって国なんだよな? かなり広いんじゃ……」


「交易都市としては最大級だけど、国土の広さはまあまあかな。私たちがいま向かっているのは東ニワナ。製造業が盛んな地域だよ」


「製造業か……」


 これまで訪れた村を見る限り、この世界の文明レベルは元の世界ほど高くはなさそうだ。

 村では電気やガスを利用している気配は無いが、都市にはそういうインフラも整備されてるんだろうか。


「おっ、この世界の製造業を侮っているな。電話とかあるんだぞ。知ってるかい電話」


「へえ、すごいな。ちなみにボタン式か? それともタッチパネル?」


「タッチ……? ダイヤルを回す最新式のやつだが」


「ああ、そのレベルな……」


 俺のガッカリした表情を見たティンテは不満そうに触手で地面をペシペシと叩いた。


「なんだ、キミのいた世界にはもっと凄いのがあると言いたげじゃないか。詳しく聞かせてもらおう」


「俺のいた世界じゃ携帯電話……スマホっていうんだけど、それを一人一台持っててな」


「携帯……持ち歩けるのか!? しかも一人一台!?」


「カメラとか電卓にもなるし、電話というか異様に便利な万能機械になってるな。あとゲームとかインターネット……はわからないか」


「なんてことだ……惜敗だね……」


 完敗だろ、と思わず言いたくなったが、しょげたティンテの顔を見るとこれ以上追い討ちする気にはなれなかった。まあそういう機器を開発してきた人が偉いのであって、別に俺自身は何も偉くないから威張れないしな。


「アンゴはすごい未来都市から来たんだね。他にも色々面白い話はあるのかい?」


「そうだな、俺も詳しくはないけど、宇宙開発とかってのがあって……この世界にも星があるだろ? あそこに人類が到達してな……」


「星に!? 届くのかあれ!?」


 俺の元いた世界の話をするとティンテは目を輝かせてあれこれと質問してきた。ロケットの仕組みとか訊かれてもド文系の俺にはわからんのだがな……

 まあ、気持ちはわからんでもない。俺だって文明の進んだ星から来た宇宙人に会ったら質問攻めしてしまいそうだしな。


 彼女にとって面白い話を聞かせてあげられたことで、俺の安住の地を探してくれるティンテに多少は恩返しできただろうか。


「逆にこの世界の話も聞かせてもらえねえか? 前代の勇者召喚とか気になるしな」


「もちろん。ただ私も祖母から話を聞いたくらいで、細部は知らないんだけどね。前代は『色の勇者』が召喚されたそうだ」


「色?」


「ああ。赤、青、黄、緑、黒……5人の勇者がそれぞれ召喚されたんだ。まあ、そのうち一人が裏切り者になるわけだが……」


「ふーん……なんか戦隊モノみたいだな」


「センタイ?」


「こっちの話だ、気にすんな。しかしそのメンバーだと黒が裏切りそうだな」


「こら、滅多なことを言うんじゃない。黒の勇者は自らの命と引き換えにこの世界を救った英雄なんだよ。裏切ったのは赤の勇者さ」


 赤が裏切ることとかあるんだ……リーダーっぽい色なのに。血の色って考えると不気味か? いや……安易な発想はやめとこう。さっきティンテに注意されたばっかりだしな。


「私の先祖は黒の勇者のお伴をしていたそうだ。最後の決戦でもたいそう活躍したと聞く」


「なるほどね……」


 ティンテの責任感の強さ、その源が垣間見えた気がした。勇者の仲間の末裔か……ほんとファンタジーじみてるな。

 俺はそんな切った張ったの世界じゃなく平穏に暮らしたいだけなのだが……





 あれこれと話しているうちに、ようやく都市の入口に着いた。もう日は沈みかけており、最悪野宿を覚悟していたのだが、ギリギリ日没までに間に合ったようだ。


 俺たちを迎えたのは都市を囲む堅固な門……もはや城門と言っても差し支えないほど巨大な構造物だった。さすが最大級の交易都市、物々しい石垣は前世で見た大阪城を想起させる。


 しかし妙な違和感がある。何か、何か大切なものが欠けているような……てっぺんの星が欠けたクリスマスツリーを眺めているような、そんなチグハグ感。


「おかしいね。門番が不在なんて……」


 隣でティンテが首をひねる。そうだ、俺の違和感の正体は門番の不在によるものか。砦の門なんて初めて見た俺でもわかる。入口を守る者がいなけりゃ門の意味が無いだろう。


「嫌な予感がする……!」


 八本の触手を器用に操り駆け出したティンテ。俺も遅れまいと彼女の後を追う。都市の入口なのに門番はおろか通行人が一人もいないのは明らかな異常事態だ。何か、良からぬことが起こっているとしか思えない。


 真っ先に外敵やモンスターの襲撃を思い浮かべたが、それにしては門内が静かすぎる。その静寂がかえって不気味で仕方ない。


 門をくぐり、階段を登り、街の入口にたどり着いた俺たちを迎えたのは異様な光景だった。


「なあ、ティンテ……これ」


「まずいぞ……! おい! 大丈夫かおい!」


 街を見渡した俺たちが見たのは倒れている人、人、人。老若男女問わず地面に横たわっている。住民の着衣の乱れや重なって倒れている様子を見るに、いくらか争った形跡もあるようだ。


 どう見ても尋常でない事態だ。まさか死んではいないよな……?

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