①―9 恐怖の大王、降臨 その9
「やあティンテ様! お勤めご苦労様」
「どうも村長。そろそろ稲作が忙しくなってくる時期かな」
「お陰さまでなあ。しかし、そろそろ『
「お互い大変な時期に生きてるものだね」
「こればっかりはなあ。平凡に往生した親父が羨ましいでな! ははは!」
ティンテに挨拶したハゲ頭の村長はずいぶん気さくな人らしい。しかし「長」と名のつく人と対等以上に話すティンテは、やっぱり偉いんじゃないか……?
「してティンテ様、そちらの方は……?」
「ああ、最近近くを訪れた旅人さ。ちょっと縁があって案内してるんだ」
「なるほどのう。ずいぶん目深に頭巾をかぶっておるで、ティンテ様の知り合いでなければ不届き者かと思いましたわ」
「悪いね。彼は私と同じ『
「慎ましい方ですな! はっはっは!」
何とも快活なご老公だ。顔も見せない客人を咎めないのは、彼のおおらかな性格から来るものだろうか。あるいは、ティンテがそれだけ村人たちから信頼されているのか。
ちなみに「人魔」とは、ティンテのように人間とモンスターの特徴を併せ持つ存在を指すらしい。
「人魔」にも色々なタイプがいるらしく、人と親しくする者から人に害をもたらす者までスタンスは様々なようだ。「人間だって善い奴と悪い奴がいるだろう?」とはティンテの談。
魔物の力を持つだけあって、たいていは人間より戦闘力が高いのだが、個体数が少ないため必ずしも人間の集団に勝てるとは限らないようだ。
さて……今のところは順調だ。ここはもう一歩踏み込んでみるかな。
「あの……俺、怖くないですか?」
「何をおっしゃいますやら! 頭巾をかぶっておれば旅人どころか只人にしか見えませんで!」
「そっすか……」
つとめて素っ気ない態度を取ってみせたが、本当は泣き出したいくらい嬉しかった。この世界に来てはじめて、人から恐れられずに済んだ。そんな当たり前のことに胸が打ち震える。
「ティンテ様にお客人! せっかくですからお茶でもいかがですかな? ちょうど家内が餅をついたところで……」
「すまない、実は先を急いでるんだ。少し買い物をしたら出るから、またの機会にね」
「失敬失敬。お忙しい方には僭越でしたな」
「近くまた顔を出すから、それで許しておくれ」
ティンテは村長に向かって触手を振りつつ進む。俺も遅れまいと彼女の後ろについていくと、村から出たところで彼女が振り返った。
「どうだった?」
「どうもこうも……俺は感動で前が見えねえよ」
「結構結構」
「顔を隠すだけで効果があるなんてな……ありがとうティンテ、久しぶりに人間に戻れた気分だ」
「お役に立てて何よりだよ」
そう言うとティンテは満足そうに微笑んだ。彼女の聡明で美しい笑みに、思わずドキリとしてしまう。これでタコ脚で無ければなあ、と悔やまずにはいられない。
「どうした? 妙な顔をしているが」
「元々だよ」
なんだか妙に気恥ずかしくなってきたな。何か話をしないと……そうだ。色々と確認したいことはあるのだ。
「ティンテはもう俺のこと怖くないのか?」
「そんなには、ってことかな」
「ちょっとは怖いのか……」
「正直に言えばね」
「本当、我ながら嫌な能力を授かったもんだ……」
「でも喜の勇者や朽巫女に出会ってだんだんキミの能力の特徴もわかってきたんじゃないかい?」
「まあな」
仮説ではあるが、俺に対して「恐怖」以外の強い感情を持った人間はそこまで俺を恐れなくなるのかもしれない。
ティンテが俺に「感謝」を感じたり、喜の勇者ライトが俺に「罪悪感」を覚えたりしたことで、「恐怖」の占める割合が低減したのではないだろうか。
「ミヤビはどうなんだろ。初めて俺に会ったはずなのにビビってなかったぞ」
「ライトを助けたい、という一念がキミへの恐怖を上回ったのかもね」
「なるほどね……」
しかしこの仮説が事実だとすると非常に厄介だ。初対面の人間はほぼ確実に俺に恐怖を抱き、敵視してくることになるのだから。
「頭巾かぶってコソコソ生きるしかねえのかな……犯罪者みてえだ」
「いや……むしろ私は逆だと思ってるよ」
「逆?」
「キミが誰からも知られる存在になればいいんだよ。初めて会う人ですら尊敬の念を覚えるような、そんな存在に」
「それは……」
確かに理屈としては筋が通っているが、現実に可能なんだろうか。この世界にyoutubeでもあれば、動画配信者のトップを目指して顔出ししまくればいいんだろうけど。
誰よりも有名になって、そのうえ尊敬される方法なんて……
いや、待てよ……
「つまり、俺にこの世界を救えってのか?」
「その通り」
「また無茶なことを……」
「しかし最適な道だと思わないか? キミは堂々と生きられる、私たちは危機を逃れられる。一石二鳥じゃないか」
ティンテは大真面目な顔で言ってのけた。そもそもこの世界に訪れる脅威が何かすらわかっていないのに、俺に何ができるというのか。
「キミがこの世界に来たのは偶然じゃないはずだ。なら、キミが救世主になったっていいだろう?」
「俺だってそういうのに憧れたことはあるけどさあ……現実味が無いというか。ライトみたいに勇者の自覚があれば別なんだろうけど」
「勇者、ね……」
ティンテは触手を折りたたんで行儀よく座る。いつ見ても器用なものだ。俺なんて2本の足を操るので精一杯だってのに。
「『喜の勇者』がいるということは、今回は『喜怒哀楽の勇者』が召喚されたのかな」
「俺が『哀の勇者』だったりする可能性は?」
「おそらく無いだろうね。もしそうだったらライトのように自覚があるか、ライトの方がキミを勇者として認識してただろうし……」
「うん……薄々気づいてたけどやっぱそうだよな……」
俺の司る「恐怖」という感情は「喜怒哀楽」とはまた別次元なんだろう。勇者でなければ俺は何なんだ、という疑問は残るが、現実は直視しないとな……
「そう落ち込むな。キミにはキミの役割があるはずだ、たぶん」
「勇者に倒される役割だったりしてな、はは……」
「……」
「えっ、なんで黙るんだよティンテ……ちょっ、頼むから否定して……!」
複雑な表情のまま目を逸らすティンテ。なんだろう、やっぱり俺この世界でやっていける自信無いかも……
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