①―8 恐怖の大王、降臨 その8

 あまりにも激しく落ち込む「喜の勇者」ライトを前に、拳を振り上げる気にはなれなかった。

 この落ち込みよう……ティンテを傷つけたことに対する罪悪感とはまた別に、よっぽど堪える事情があったようだ。


「ウチのバカが迷惑をかけてごめんなさい」


「君が謝ることじゃないだろう、ミヤビ! すべて僕が悪いんだ……思い上がっていた僕が……」


「貴方だけで責任が取れる、って態度も思い上がり。せいぜい反省して」


「すまない……ああ、僕はなんて愚かな……」


 ライトは頭を抱えて床にうずくまった。なんか大げさすぎて逆に胡散くさくなってきたな。

 出会った時も思ったが、言動すべてが芝居がかってるというか、自分に酔ってるようにも見える。


「スキュラのお姉さんと怖いお兄さん、本当にごめんね。私は『朽巫女くちきみこ』のミヤビ。こっちのアホは一応『喜の勇者』のライト」


 ミヤビと名乗った少女は、上半身を起こすなり深々とお辞儀をしてみせた。「朽巫女」が何なのかよくわからないが、どうも勇者のお供であるらしい。

 チグハグなコンビではあるが、ある意味バランスは取れているか?


「こちらも名乗っていなかったね。私はティンテ。こっちは転生者のアンゴだ」


「ん。よろしく」


「私はケガも治ったから構わないんだが、ミヤビこそ大丈夫かい? かなり消耗しているように見えるが」


「アンゴも手伝ってくれたから命に別状はないかな。誰かさんのお陰で貧血はひどいけど」


 うずくまったままのライトがピクリと動いたが、ミヤビは気にも留めていない様子だ。


「しかしどうやってティンテを治したんだ? 回復魔法的なやつは誰でも使えるのか?」


「誰でもは無理。私は特異体質だから。体感してわかったと思うけど、魔法なんて便利なものでもないよ。他人の生命力を無理やり分け与えるだけで、一歩間違えれば重傷者が増えるだけ」


 淡々と説明するミヤビ。特殊能力を持つことに対する誇らしさはかけらも持ち合わせていないようだ。

 むしろ、彼女は自身の能力に疎ましさすら感じているのではないだろうか。そう思わせるほど冷たい口調だった。


 しかし説明を聞いていると、この世界には便利な魔法やチート能力は少なそうだ。俺のクソ能力が厄介なのはもちろんのこと、ライトも俺の能力に潰されかけてたし、ミヤビの回復もリスクを伴う。

 三人とも超人じみた能力を持っているものの、その能力は万能ではなく、どこか欠陥を抱えている。

 この世界のシビアな事情を鑑みるに、俺の能力を消すような都合のいい方法は無さそうだなあ……


 さて、他にも聞きたいことはある。


「なんでいきなり俺を襲ってきたんだよ」


「そこは僕から説明させてほしい」


 ようやく顔を上げたライトは、沈痛な面持ちのまま語り始めた。


 ライトも同じく転生者なのだが、不思議と己が「喜の勇者」であることは最初から認識していたらしい。

 勇者特有の高い身体能力や、彼に固有の特殊能力も利用して魔物に怯える村々を助けてきたとのこと。


「勇者として1ヶ月ほど旅を続けていたところ、ミヤビに出会ったのだ。あれはまさに運命の出会いで……!」


「ライト、余計なこと言わないで」


「くっ……ここからがいいところだったのに……!」


 うーん……この勇者、悪い人間ではないんだけどやっぱりバカだよな。ミヤビのように利発そうな少女がなんでこんな奴の補佐をしてるんだろうか。


 気になるが、とにかく話を続けてもらおう。


「ミヤビと旅を続けて半年。感じたことのない禍々しい気配にぶつかったのが昨日のことだ」


「俺そんなにやべー奴に見えるのか……」


「見えるね」


「見える」


「見えるぞ!」


 全員から肯定されてしまった……問答無用で襲われても仕方ない立場とか、俺の異世界生活はハードモードすぎないか。


 まあ、三人とも今の俺には敵意は無いみたいだし、ちゃんと話し合えばこの世界の人たちともわかりあえるのかな……


「そういやライト、『魔王』って言ってたけどこの世界にはそういう悪の元締め的なのがいるのか」


「知らん。ノリで言ってみただけだ!」


 なぜかふんぞり返るライト。やっぱりコイツ一発ぶん殴った方がいいかな。右肩をティンテに押さえられてなければ今すぐにでもお見舞いしてやりたいんだが……


「それで、お二人はこれからどうするんだい?」


「しばらくは旅を続けるつもり。アンゴは黒幕じゃなさそうだけど、世界に危機が訪れてるのは変わりないから、それを突き止めないと」


「勇者だからな!」


「うん。でも次暴走したら勇者の肩書きも返上してもらう」


「うっ……すまない……」


 ミヤビはアホ勇者をうまくコントロールしているようだ。今回のことは本当に不慮の事故というか、今まで問題が起きなかったぶんライトも増長していたんだろうな。


 よく見るとさっきからお祓い棒のようなものでライトのふくらはぎが叩かれている。こりゃ俺たちと別れた後もミヤビの説教が続きそうだな……


「貴方たちはどうするの?」


「俺の安住できる場所を探してて、ティンテには付き合ってもらってる。まだ始まったばっかだけどな」


「そっか。苦労しそうだね」


 ミヤビの同情に満ちた目がつらい。普段冷たい目をしている彼女にすら同情されるレベルなんだな、俺……





 ミヤビの回復にはあと数日はかかるらしい。しばらくは今休んでいる宿屋に泊まり、身体の回復を待ってから出発するとのこと。

 俺とティンテはもう歩けるレベルまで回復したので先に出発することにした。


「今回は迷惑をかけたな! 今度会った時は必ず君たちの役に立つと誓おう!」


「いや、そんな張り切らなくてもいいが……」


「このバカは私が監視してるから気にしないで。またどこかで会おうね」


「そうだね。ここで会ったのも何かの縁だろう。また、どこかで」


 風変わりな勇者・ライトと朽巫女・ミヤビに暇を告げて俺たちは部屋を後にした。宿の主人が俺を見た瞬間震え出したので、代金を支払うのもそこそこに宿屋から外へ走り出る。


「じゃあそろそろ行こうか」


「どこへ?」


「ニワナだよ。この世界では最大級の商業都市さ」


「えっ!? 都市なら人が多いんじゃないのか!?」


「そこは心配だが……ニワナへ行く前にちょっと試していこうか」


 ティンテは持っていた皮袋から頭巾を取り出すと、俺の頭に被せた。かなり目深な頭巾で、正面はほとんど見えない。


「な、何を……」


「一度これで村内を歩いてみよう。ダメならまあ……諦めるか」


「縁起でもないこと言うなよ……」


 とにかく俺たちは(というか俺は)身を隠したままを近くの村へ入っていくこととなった。

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