①―7 恐怖の大王、降臨 その7
助けられる、って言ったのか? 出血が止まらず今にも死にそうなティンテを?
そうか……ここは異世界なんだ。回復魔法だってあるのかもしれない。俺の常識で測るのは早計だった。
「それなら早く……!」
能面のような表情の少女に取りすがるが、彼女は慌てる様子もなく平然と俺を見下ろしている。巫女のような装束を身にまとう彼女は、神の遣いと呼ぶにはあまりに冷酷すぎた。
待てよ。ここまで冷血そうな子が本当に助けてくれるのだろうか。それにこんな旨い話、信用していいのか?
俺の怪訝そうな視線に気づいたのだろう。少女はうつむいて小さくため息をついた。
「信用しなくてもいいけど、そしたらお姉さん死んじゃうよ」
「それは……それは困る!」
「じゃあどうする?」
「わかった……助けてくれ」
「いいよ。でも、一つだけ約束して。ライトには手を出さないでほしい」
「ああ。俺が何より許せねえのはティンテをやったことだ。それが解消されるなら、文句は言わない」
「ん。手を出して」
俺が右手を差し出すと、少女はその手を取ってティンテの傷口にあてがった。溢れ出した血は止まる気配を見せない。生ぬるい嫌な感触が直に伝わってくる。こんな重症、本当に治るのだろうか。
「いくよ。ゆっくり呼吸して」
「ぐっ……!?」
ティンテの傷口が光り出すのと同時に、強い脱力感が襲ってきた。虚脱感や疲労感と言い換えた方が適切かもしれない。何もしてないのに息切れがしてきた。身体の芯から体力が吸われるような……
「なんだ、これ……」
「我慢して。私たちの生命力をお姉さんに移してるから」
彼女の言葉に嘘は無さそうだ。気を抜くとこちらまで倒れてしまいそうな、激しいエナジードレイン。ティンテの顔色がゆっくり赤みを帯びてきているところを見ると、効果はありそうだが……
このまま続けると俺の身がどうにかなってしまいそうだ。これ、本当に続けて大丈夫なのか?
巫女服の少女の顔色を窺うと、彼女は先ほどまでの落ち着いた表情を崩し、顔じゅうに酷い汗をかいていた。息切れも俺よりずっと激しい。下手すりゃ腹を貫かれたティンテより苦しそうだ。
「だ、大丈夫か……?」
「大丈夫では、ないかな」
「だよな……俺もかなりキツい」
「やめとく?」
「いや……俺の命なんざ好きに使ってくれ。ティンテを助けるためだ」
「そ」
朦朧とした意識の中、冷たい目の少女が、初めて微笑んだような気がした。
巫女の少女とともにティンテの傷を治し続けること10分。
めまいと吐き気に耐えかねていたところで、ようやく俺たちの手がティンテの傷口を離れた。
重心を失ったティンテの身体は、そのまま地面へと横倒れになる。受け止めてやりたかったが、俺ももう限界が近い。
飛びそうになる意識をこらえ、じっとティンテの顔を見つめていると、彼女のまぶたがゆっくりと開いた。
「アンゴ……? 私は、刺されたんじゃ……」
ティンテの声を聞いた瞬間、世界がぐるりと回り出した。もう堪えきれない……意識が……薄れて……
次に目を覚ましたのは、落ち着く匂いのする布団の上だった。古びた旅館のような風情だ。天井の木枠も妙に懐かしい。そういや、ばあちゃんの家がこんな感じだったな……
「なんか、腹ぁ減ったな……」
「アンゴ!? 気がついたのかアンゴ!」
「うわぁ!?」
ティンテの細い腕と太い触手が同時に俺を絡め取った。柔らかな感触に身体が包まれたが、あまりに激しいハグのため肺が圧迫されて苦しい。
息が……息がしづらいんだが……
「すまない……私のために、命がけで……!」
「わかったから離してくれ! 今度こそ死んじまう!」
「ん? おっと悪いね」
ようやく開放された俺は、布団のうえで深く息を吐いた。まだ身体は重いようだ。腕を起こすのも億劫で、天井を眺めるのがやっとなくらい。
「話は『
「くちきみこ? ああ、あの子か……俺はティンテに助けられたから、礼を返しただけだよ」
「キミが死んだら大変なことになると思って庇っただけさ。感謝されるほどのことじゃない」
「お前の意図がどうあれ、俺の命が救われたのは事実なんだ。感謝ぐらいさせろ」
「ならお互いに恩人ってことにしよう。それなら文句ないだろう?」
「ああ、悪くないな……」
古びた部屋に穏やかな空気が流れる。この世界に来て始めて、人のあたたかさを感じた。(人かどうか微妙な見た目の相手だが)
「そうだ! あの子とクソ勇者は!?」
「朽巫女は別室で休んでいるよ。勇者はそれに付き添ってる。動けるなら顔を出しにいくかい?」
「あの野郎、一発殴ってやらなきゃ気が済まねえ……!」
「うーん……気持ちはわかるんだが、その……」
ティンテからは妙に歯切れの悪い答えが返ってきた。彼女こそ、クソ勇者に借りを返したい立場だろうに。どんだけ人格がクズでも勇者には手出ししちゃいけないルールとかがあるのか?
まあ俺はこの世界じゃ異世界人なのだ。律儀にルールなんか守ってられるか。覚えてろよあのクソ……
目を覚ましたのは、倒れた日の翌朝だったようだ。すぐにでも勇者を殴りに行きたかったが、身体がまだ自由に動かせなかった。
ティンテの看病でしばらく休んでいるうち、もう夕方になりかかってきたらしい。ようやく身体も動かせるようになってきたし、そろそろあのクソ勇者に「お礼」をしに行かなきゃな。
「止めるなよティンテ。俺はアイツ大嫌いなんだ」
「わかったよ。でもねえ……」
ティンテは何とも複雑な面持ちで戸を開いた。真新しい畳の張られた部屋。そこには、布団の上に横たわる「朽巫女」とうなだれる「喜の勇者」ライトの姿があった。
「お、おい……」
開口一番に怒鳴りつけてやるつもりが、いきなり気勢を削がれた。まるでお通夜みたいな雰囲気だ。巫女の女の子、生きてるよな? 顔色は悪くなさそうだが。
「君たちか。いきなり無礼を働いてすまなかった。愚かな僕を好きなだけ殴ってくれ」
出会った時の威勢はどこへやら、勇者ライトはしなしなと崩れ落ちるように土下座の姿勢を取った。そこまで全力で反省されると殴るに殴れないんだが……
そもそもなんでここまで落ち込んでるんだ? コイツ。
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