①―6 恐怖の大王、降臨 その6

 突然の強襲に思わず目をつむってしまう。逃げなければ、と考える暇もなかった。


 ……あれ? 痛みがこない。腹を貫かれていたら、こんなに冷静にはなれないはずだ。


 おそるおそる目を開けると、槍を寸止めした少年が俺をまっすぐ見据えていた。

 切っ先が今にも腹に触れそうな距離で、思わず生唾を飲んでしまう。


「なぜ抵抗しない!? 何が狙いだ!」


 少年が叫ぶ。ここで返答を誤れば即死だろう。

 覚悟を決めろ俺。何度も死んでたまるか。


「お、俺は……俺は魔王じゃない!」


「嘘をつけ! そんな禍々しいオーラを放っていて、只者なわけないだろう! 魔王じゃないなら何者だ!」


「俺は留萌安吾るもいあんご、転生者だ……!」


「転生者だと!?」


 オレンジのジャージを来たこの少年も、きっと転生者なのだろう。

 俺を転生者仲間だとわかってもらえればその槍を収めてくれるかもしれない。


「なるほど……貴様がこの世界に災いをもたらす転生者というわけか!」


 少年は改めて槍を強く握った。切っ先が徐々に上がり、俺の首に触れる。やべえ、コイツは話が通じない系の人間だ。


「待て待て、俺は……」


「なめるなよ! 200年ほど前にも転生者がこの世界を滅ぼそうとしていたようじゃないか! 知らないとでも思ったか!」


 こちらの言い分を聞こうともしない態度に腹が立ってきた。槍で貫かれる恐怖もあいまって、俺の中でどんどん怒りが膨らんでくる。


「人の話を聞けってんだよ……!」


「ぐっ!?」


 ジャージの少年は槍を取り落とし、その場に片膝をついた。その隙に俺は数歩下がって距離を取る。勇ましい相手にも俺の能力は通じるようだ。このまま大人しく話を聞いてくれればいいが……


「そもそもお前こそ何者なんだよ!?」


「俺は『』の勇者、ライトだ! この世界を救うために転生してきた!」


 やっぱり勇者か……文字通り「勇ましい者」ではあるけど、人の話を聞かないのはいただけないな。それにこういう暑苦しい奴は苦手なんだよ、昔から。


「なあライト君よ、なんで俺を襲うんだ。俺はお前に危害を加えるつもりはないんだが」


「すでに攻撃しているだろうが! 貴様を見た瞬間から震えが止まらない……これが精神攻撃と言わず何と言う!?」


「いや、これはその……体質というか……」


「やはり危険人物じゃないか! 自分の能力をコントロールできないのか!?」


「それは……」


 何か反論してやりたかったが、村に恐慌をもたらした以上、俺も自分が絶対安全な存在であるとは言いきれなかった。比較的話の通じるティンテですら、パニックになって襲ってきたぐらいだしな……


「とにかく俺のことは見逃してくれ。この世界に転生してきて間もないんだ」


「そうか……それは気の毒だったな」


「だろう?」


「気の毒だが、貴様の異世界生活はここまでだ!」


 槍を再度掴んだライトはわずかな溜めのあと突っ込んできた。今度は寸止めしてくれないだろう。終わりだ。

 俺も一瞬油断してしまっていた。その時点で決着はついていたのかも。


 短い異世界生活だったな……


 刺される激痛はまた襲ってこなかった。その代わり、あたたかい液体が全身に飛び散るのを感じた。


 なんだ……? どこかで嗅いだ臭いがする。鉄の臭い……まさか、血……?


 目を開けるとそこには、腹を貫かれたティンテが膝をついていた。ティンテの胴をぶち破った切っ先はギリギリ俺に届いていない。


「う、うわああああああ! ティンテ!!」


 倒れてきた彼女の細い上半身を反射的に支えるが、その軽さに身震いがした。

 待てよ、なんで俺を庇うんだよ、見捨てろよ、馬鹿野郎!


「魔王を庇うとは……直属のモンスターか!?」


 ライトは血まみれの槍を再び構えた。仕留めきれなかった俺を刺し殺す気なんだろう。

 だが、もはや俺に怯みは無かった。俺の心を支配するのは、たった一つの感情。ドス黒く、それでいて熱い、地獄の底から湧き上がるような激情。


「ふざけるな……! ふざけんじゃねえぞ!!」


「ぬっ!?」


 俺が叫ぶとライトは槍を取り落とし、スローモーションのようにゆっくり倒れ、そのまま地面に張りついた。


「なんだ、これ……デカい重力に押しつぶされるような……」


 うつぶせに倒れたままの姿勢で、指一本動かせない様子のライト。そのまま這いつくばってろ。ティンテの命を奪った償いはすぐにさせてやる。


「殺す……」


 地面に転がった槍を持ち上げる。何十キロもありそうな重みを両手でなんとか支えながら、切っ先をライトの背中に乗せた。

 この槍の重さと俺の体重を乗せれば、勇者だろうが何だろうが流石に死ぬだろう。ティンテが受けた痛みと同じだけ……いや、それ以上の苦しみを与えてやる。


「ま、待て!」


「お前は人の静止を聞いたか?」


「やめろ……俺には世界を、救う、役目が……」


 そこまで言いかけて、ライトは白目を剥いた。泡まで吹きやがって、そんなに死ぬのが怖いか。人の命を容易く奪っておいて、ずいぶん都合のいいこった。


「あばよ……!」


 切っ先を下に向けたまま槍を高く掲げる。怒りのバロメーターが振り切れた俺にとって、この少年を殺すことに最早ためらいはなかった。

 俺を庇って刺されたティンテの弔いだ。これで罰せられるなら構わない。


 覚悟しやがれ……!


「ふんっ……ぐっ!?」


 槍をいっそう強く握った瞬間、横から強い衝撃が襲ってきた。


 脇腹が痛い。突然の衝撃に加えて槍の重みのせいでバランスを崩してしまった。ライトは刺せなかったようだ。

 何が起こった? 何か……いや、誰かがぶつかってきたのか?


「やめて。この人を殺さないで」


 俺にタックルを仕掛けてきた人物が顔を上げる。年端のいかない少女だ。ライトよりさらに年下、中学生くらいの年齢か?


 彼女は静かに立ち上がると、俺を見下してきた。

 ゾッとするほど冷たい目。顔立ちは綺麗だが、彼女の目は凍った湖のように酷薄な色を湛えていた。


 だがそんなことはどうでもいい。仇を殺す邪魔をしやがって。


「どけ! 俺は、俺はソイツを……」


「待って。スキュラのお姉さん、私なら助けられる。だから、話を聞いて」


「え……?」

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