①―5 恐怖の大王、降臨 その5

 怒気に満ちた太い触手が俺に迫る。しかしここで退くわけにはいかない。世界の危機がどうとか以前に、俺だって生存の危機なのだ。


「待てよティンテ。俺をここで始末して本当にいいのか?」


「どういう意味だ?」


「俺の能力の詳細はわかってないんだろ。俺が怒るだけで村の人間が全員気絶したんだ。もしも俺が死にかけたら、どうなると思う?」


 目の前で触手がピタリと止まる。ティンテも俺の言わんとする意味がわかったのだろう。彼女が勘のいいタイプで良かった。理性的な相手となら交渉が成り立つものだ。


「私を脅すつもりかい?」


「そんな物騒な。俺は警告してるだけだよ、自分でも制御できない力なもんでね」


「狡猾な……」


 実際のところ、俺だって自分が死にかけたらどんな事態が起こるかはわからない。ただ、「人を怯えさせる能力」が俺の精神状態とリンクしているのは間違いないだろう。


 もしこのままティンテに殺されかけたとして、ティンテ自身がショック死するだけに留まらず、この周辺一帯の生物が死ぬ可能性は低くない。

 さらに「周辺」がどの範囲まで広がるのか不明な点も我ながら不気味だ。


 人里に影響を及ぼす危険性がある以上、この地域の管理者であるティンテは俺に手が出せない。

 腕力では明らかに分が悪い俺が強気に出られるのは、顔も名も知らない人質のお陰だ。


「ハァ……それで、私にどうしてほしいんだ?」


「そうだな……俺が安住できる場所を一緒に探してほしい。ちゃんと人間らしい生活が送れるところな」


「断ったら?」


「とりあえずこの近辺で住めるところを探そうかな。誰にどんな被害が出るかは知らんが、仕方ないよなあ。ティンテに断られたんだから」


「やっぱり脅迫じゃないか……」


 呆れつつもティンテは触手を自らの元まで引っ込めた。問答無用で撲殺されるかもと内心ヒヤヒヤしたが、ティンテが比較的穏便なタイプで助かった。

 いや、穏便というより責任感が強い統治者なんだろうな。可能性のレベルであっても領民を危険に晒すわけにはいかない、立派な判断だ。


「キミの住む場所を見つければいいんだな。それ以上のことは望むなよ」


「もちろん。頼むぜ、領主サマ」


「ふん……絶対キミは勇者じゃないね、アンゴ。こんな卑劣な勇者なんて……」


 ブツブツ呟きながらティンテはあの村とは逆の方角へ歩いていく。ついてこい、という暗黙のサインだろう。

 歩行に使われていない触手がウネウネ動いているところを見るに、彼女は苛立っているのかもしれない。


 初対面でずいぶん嫌われたものだが、こればっかりはやむを得ない。なりふり構っていられないのだ、こっちは。





 開けた平原をしばらく歩くと、徐々に田んぼや畑が見えてきた。人里が近い証拠だろう。ただ近くの村に俺を案内するわけじゃないよな? 「焼き討ち村」の二の舞になっても仕方ないし……


「なあティンテ、村が近いのか?」


「ああ。ただし、村へは私一人で行くよ。キミが行ったらまた騒ぎになるだろうから」


「そうかい」


「誰かさんのお陰で長旅になるからね。部下に留守を託しておく必要があるんだ」


「領主ってのも大変だなあ」


「光栄なことだよ、まったく……」


 大げさなため息とともに、ティンテはようやく見えてきた村の入口に吸い込まれていった。


 物騒な能力を持った異世界人を助けてやらないといけないなんて、皮肉ではなく彼女には同情する。

 嫌々の同行だとしても、彼女が俺の居場所を見つけてくれた暁には礼をしてやらないとな。人々に恐怖を撒き散らすだけの俺が何をしてやれるかはわからないが。


 一人残された俺はぼんやり思案にふける。


 村人の服装や食事、ティンテがカジュアルな着物を着てた点からも、どうもこの世界は昔の日本に近い生活様式なんだよな。

 元々こちらの文化が和風なのか、転生者によってもたらされた文化が和風だったのか。


 「約200年ごとに勇者がやってくる」というティンテの言から考えると、毎回日本から転生者が来てるのかもな。

 197年前に異世界転生してきた人も、当時の文化をこの世界に与えた可能性がある。


 しかし197年前って江戸時代だっけ? 徳川何光が将軍の時代だ? 日本史より世界史の方が好きなんだよ俺は……


 それにしても勇者ねえ……やっぱり魔王と戦ったりするんだろうか。完全にRPGの世界だな。

 レベル上げとか、ステータス画面みたいな概念もあるんだろうか。俺の特殊能力も含めて、「スキル」って概念はありそうなものだが。


 試してみる価値はあるかもしれない。とにかく今はこの世界の情報が欲しいのだ。運が良ければ俺の能力の詳細だってわかるかもしれないし。


「ステータス、オープン!」


 ……目の前の景色はさっぱり変わらない。俺の張り切った声が空気に霧散していっただけだ。

 周りには誰もいないのになぜか妙に恥ずかしい。渾身のギャグが滑った時のような気分だ。


 気を取り直して、色々試してみるか。


「スキルボード、オープン!」

「ステータスを示せ!」

「俺の現在のレベルは!?」

「マップリロード!」


 遠くで鳥の鳴く声が聞こえるほか、何の物音も聞こえてこない。強いて言うならそよ風の吹く音が聞こえるくらいか。のどかだなあ……


 もしかして俺に与えられたのは、周りの人を震え上がらせるだけのハズレスキルだけってことか? どうせならもっとマシな能力を授けてくれよ神様。


 なんかだんだん虚しくなってきたな。大人しくティンテが戻ってくるのを待つか……






 村の入口から少し距離を取って無心で田んぼを眺めていると、突如ドガン!!という轟音とともに眼前に槍が降ってきた。


 は? 槍? な、なんだよそれ……


「見つけたぞ魔王!!」


 再びドカンと轟音。槍の次に降ってきたのは、人か……?


 オレンジ色のジャージを着た若い男の子だ。短髪でスポーティな少年。高校生くらいだろうか。 穂のデカい槍を掴んでこちらに猛然と突っ込んでくる。


 突然の出来事に理解が追いつかない。いきなり槍と人が降ってきて、俺に向かってきて……それに、魔王って……


「覚悟せよ!!」


 槍男は俺の腹に照準を合わせ、まっすぐ突っ込んでくる。


 あ、やべえ。これ、死……

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