①―4 恐怖の大王、降臨 その4
落ち着いてきた俺はその辺に転がっている岩に腰かける。スキュラ女は巨大な下半身を折りたたみ、地面に腰を落ち着けた。
「今さらだけどアンタは誰で、どうして俺を襲ってきたんだ?」
「申し遅れたね、私の名はティンテ。キミが訪れた村も含め、この辺りの統治を行っている」
「統治? 結構偉いんだな」
「そうだぞ、私はなかなか偉いんだ……と言いたいところだが、実質的には用心棒のようなものさ。外敵を排除する代わりに付近の村から対価をもらっているんだ」
「なるほど、俺を攻撃したのも仕事の一環ってわけか……」
いきなり殴られたのには腹は立ったが、警備員が不審者を取り締まるのは仕方ねえよな。ティンテ本人からも謝られたし、これ以上文句を言っても仕方ないか。
それより、やっと話せる人(人間かどうかは微妙だが)に出会えたのだ。この世界のことを色々と聞いておきたい。
「俺の名前は留萌安吾だ。殴った分の詫びだと思ってこの世界のことを教えてくれ」
「アンゴか。何でも聞いてくれたまえ」
「そうだな、まずは……」
聞きたいことは山ほどある。あるのだが、さっきから気になって仕方ないことが一つ。
まずはそこをクリアにしないとゆっくり話をするどころじゃない。
「なんでさっきから小刻みに震えてんの?」
「震えてないが?」
「いや絶対震えてんだろ! 触手が小刻みに揺れてて気になるんだって!」
ティンテは表情こそ余裕そうに見えるが、彼女の肩から触手まで目で見てわかるほど震えている。
俺が野宿できるくらいの気温だし、寒いわけではないんだろうが……
「なんというか、その……気を悪くしないんでほしいんだが……」
「なんだよ」
「怖いんだよ、キミのことが」
「はあ?」
怖い? 俺が怖いだと? 元の世界にいた頃は小型犬にすら吠えられまくってた貧弱な俺が?
見た目も筋力も変わってないし、何ならティンテの異形じみた見た目の方がよっぽど怖いんだが……
「俺のどこが怖いんだ? どこにでもいる普通の男だろ」
「確かに見た目は冴えない男なんだが……なんだろうね。アンゴと対峙していると、途方もなく大きな怪物に睨まれているような圧迫感を覚えるんだ」
「マジか……」
「冴えない」と言われた点は引っかかるが、村人の無法な襲撃にも納得がいった。村にいきなり正体不明の化け物が来たなら、うまく言いくるめて焼き討ちにしたくなる気持ちもわかる。
だからといってアイツらを許すつもりはないが、理屈は飲み込めた。
「じゃあ俺の能力は人を怯えさせるものってことか……最悪じゃねえか」
「残念ながらそうだろうね。実のところ、さっきキミに怒鳴られた時は本気で逃げ出そうと思ってしまったよ。手が震えすぎて、キミを再度殴るだけの力は込められなかった。凄まじい能力だね」
ティンテは誉めてくれているようだったが、正直全然嬉しくはなかった。
もうちょっとこう、炎使いとか氷使いみたいな派手でカッコいい能力にしてほしかった。俺を転生させた神がいるなら、いつか文句を言ってやらねば。
「キミが異世界から来たという主張も、その力がなければ私は信じていなかっただろう」
「さっき言ってた勇者とかってのは、異世界から来たチート能力持ちの人間を指すのか?」
「チート……? 特殊能力ってことでいいのかな。勇者はだいたい200年に一度、この世界に現れる。前回の『降臨』から197年が経つから、みんなピリピリしてるのさ」
「ピリピリ? 勇者が来るのは喜ばしいことじゃないのか?」
「勇者が来るということは、同時に世界の危機の訪れを意味する。どんな危機が来るのかもわかってないから、なおさらね」
「ふぅん……喜んでいいのか悪いのか難しいな」
「そうだね。まあ、勇者の出現が我々の希望なのは間違いないよ。ただ……」
そこまで言いかけてティンテは上目遣いで俺を見た。
人間体である上半身だけを見れば凄まじい美人だ。袖のないラフな着物もよく似合っている。これでタコ足じゃなければなあ……
「祖母から聞いた話だが、前回の『降臨』では勇者と思われていた人間がこの世界を滅ぼしかけたんだ。私のご先祖様は善人側の勇者の仲間として闘ったらしい」
「へえ……勇敢な人だったんだな」
「そうさ、ご先祖様は私にとっても誇れる存在なんだ。世界を救ったわけだから」
「なるほどね……」
村人やティンテの反応を俺は過剰防衛だと思ったが、世界の危機が迫っているならば過剰にもなるか。
まして恐怖の権化みたいな男が目の前に現れればパニックにもなろう。だんだん事情は理解できてきた。しかし、だ……
「じゃあ俺、どこの村や町に行っても追い出されるんじゃね?」
「だろうね。ご愁傷さま」
「待て待て見捨てるんじゃねえよ! 気の毒だと思わないのか!」
「同情はするけど、私も忙しいし……」
「嘘つけ! こんな辺鄙な村の用心棒とか絶対暇だろ!」
露骨に目を逸らすティンテ。怪物からも見捨てられるなんて、いくらなんでも俺が可哀想すぎるだろ。
やっとまともに話せる相手と出会えたんだ。この好機を逃してなるものか。
「俺が勇者じゃないかもとは言ったが、逆に勇者の可能性もあるだろうが!」
「うっ……それは……」
「お前の先祖も勇者と共に闘ったんだろ! 一族の誇りとか無いのか!?」
「そりゃ私だってこの世界を救いたいけど……でもなあ……」
一族の誇りをかなぐり捨てるレベルで俺と一緒にいるのは嫌なのか。無性に悲しくなってきたぞ。なんか席替えで隣になった女子に泣かれたのを思い出すなあ……
「助けてくれねえと、またあの村みたいに気絶者多数になるぞ。ここで俺を見逃していいのか?」
「それは良くないけど……」
「しょうがねえ。手始めにまたあの村行ってくるか。世話になったぶん、『お礼』してやらなきゃいけないよなあ」
「なんだと?」
ティンテの目の色が変わる。最初に出会った時のように、怒りと猜疑心に満ちた目だ。
太い触手の何本かが俺にゆっくり近づいてくる。文字通り俺の首を狙っているのだろう。
散々俺を怖いと言っておきながら、すぐ臨戦態勢に入るんだな。まったく勇敢なこった。
「やはりキミは、ここで処分しておかないといけないようだ」
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