それっぽっちの事で

けろけろ

第1話 それっぽっちの事で

 山辺さんと身体だけの関係になって、一年以上は経つ。切っ掛けは何だったか。

 ああ、そうだ。

 母さんから町内会の資源回収係を頼まれて、まぁ僕も卒論を終えて暇だったから行ったのだ。

 そこで同じ係をしていた山辺さん。僕の仕事ぶりが良かったのか、すっかり気に入られカフェで奢って貰った。

 最初はただ、それだけで。

 次に会ったのは居酒屋のお一人様コーナー。偶然隣り合わせになったのだ。そこで僕は、山辺さんがアラサーの独身女性で、その割に可愛くて、めっぽう酒に弱い事を知る。レモンサワー二杯で眠ってしまう人を初めて見た。まぁ同じ町内会のよしみだし、最後は送っていこうなどと考えそのままにしておく。僕はそれから何杯かウィスキーのロックを頂いた。飲み足りた僕は山辺さんの財布を漁り、免許証を入手する。やっぱりウチの近所だった。


 ここから先、実を言えばよく覚えていない。山辺さんがあまり歩いてくれなくて、だいぶ肩を貸したためか、思ったより酒が回ってしまったのだ。山辺さんのアパートに辿り着いたのは奇跡と言えよう。

 そんな場所で、僕は山辺さんを抱いていた。ぼうっとしつつも、それを認識したのは、いわゆる真っ最中の出来事。終わったら眠気を覚えて寝てしまう。


 翌朝、頭痛で目が覚めたら、山辺さんは僕の腕の中に居なかった。代わりにテーブルの上へ『これを食べて』という感じの食パンとイチゴジャムが置いてある。それと『仕事に行く、また来たければ来て』の走り書き。


 そこから僕は、気が向いた時にふらりと山辺さんのアパートへ行き、毎回抱かせてもらうようになった。その時に山辺さんが僕をどう思っているのかは判らない。一度だけ尋ねたが煙に巻かれた。ついでに言えば、行為を持ちかけるのは百パーセント僕からだし、番号を教えても僕の携帯は鳴った試しがない。僕は半ば意地になり、この気怠い関係に名前を付けなかった。無論、僕が山辺さんをどう思っているのかも考えない。山辺さんからは連絡の一本すら無く、セフレとも呼べない程度であるから、もし僕が山辺さんを好きだなどと思っていたら悲し過ぎた。

 そう考えていたら不思議なもので、山辺さんを抱くたび僕の中には虚しさが溜まっていった。身体が重なっているのに心は遠く離れていたから、仕方ないのかもなと感じる。でも、惰性なのか関係を止められなかった。 


 そんな僕が逆ナンされたのは、ちょうと山辺さんのアパートに向かう途中。僕は見た目が悪くないので、特に珍しい事ではなく、普段はすっぱり断っていた。でも今夜は、山辺さんを抱いてもこの娘を抱いても同じ気がして、話に乗ってみる。彼女はとても喜び、でもその日はバーへ飲みに行くだけ。当日に抱かれるほど軽くは無いらしい。しかし、その代わりにうるさいほど連絡をくれた。一目ぼれ、運命の出会い、僕の事が好き、今度どこかに行きたい、などなど。山辺さんからは決して受け取れない言葉に眩暈がした。だからといって僕から彼女への好意が増すわけでも無いのが不思議だ。眩暈はむしろ不愉快で、頻繁な連絡に返信するのも億劫になっていく。

 それでも三回目のデートでは身体の関係を持つ事に――いや、正確には持つ機会を得たというところか。僕は彼女とホテルに行き、でも僕自身が反応せず困惑した。彼女が色々と努力してくれてもダメで、どこか他人事に思える。本来なら感謝すべきなのだろうが、それくらい僕はぼうっとしていた。その時の感情は灰色だ。途中で彼女が涙を見せ始めたので、僕は「ごめんね」と謝り、ホテル代をテーブルに置く。


 僕はホテルから出て山辺さんのアパートまで急いだ。ぜひ確かめたい事があったのだ。幸い山辺さんは在宅していて「久し振りだな」などと言っている。僕はぺらぺらどうでもいい事を喋る山辺さんに口づけし、それだけで鮮やかな色合いと快感を得たから確信した。もうセフレ以下だと思われていてもいい。どれだけ悲しい結果であろうと伝えてみる。

「あの……僕はどうやら山辺さんが好きみたいです」

 僕が告白すると、山辺さんはくしゃっと表情を崩した。

「そういうのは早く言ってよ! 馬鹿!」

「なんで泣くんですか」

「アラサーのオバサンはね、君がいつでも気兼ねなく他へ行けるように、性の捌け口になっときゃいいかなって……!」

「はぁ、それでセフレ以下の対応を。僕たち無駄な時間を過ごしていましたね……」

 僕はまだ泣いている山辺さんを押し倒し、ひとつひとつ自分の気持ちを確認するように抱く。口づけの合間に「好きですよ」と、もう一回言ってみたら「私も」と小さく返ってきた。それっぽっちの事で飛び上がりそうなほど嬉しいから、きっと僕たちは上手くやっていけるだろう。

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それっぽっちの事で けろけろ @suwakichi

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