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「ここ、埋められてませんよ」

「ほんとですか?」

「ここの空欄ですよここ」

「ほんとだ」


 彼女がペンを取りに戻る間、ぼくは扉の前で待たされた。

 べつに好きに待っていた訳だけれども、すぐ足音とともに彼女が戻ってきて、こう言った。


「どれもインクが切れちゃってました!」

「すごいこともあるもんですね」

「書くモノ持ってます?」

「これを」

 そう言ってぼくは鉛筆を差し出す。普通の鉛筆ではない、しゃもじみたいな形というか。先っぽにクリップの付いてて、使い捨て出来るアレだ。


「ありがとうございます、どうしてこれを?」

偶々たまたまですよ」

 いや。

 のは良くないな。

「いやいや。本当はぼく、これを作っているんです」

「へぇえ。販売員さんじゃなくて?」

「そうそう、小さな工場ですけど」

 そして彼女は、そのあまりに不格好な鉛筆モドキを眺めて。


「なんだか、安心しました」

「どうして?」

「言っちゃったらアレですけど、すごく不出来な感じがするじゃないですか。この鉛筆。先っぽにしか芯が通っていない。」

「認めますよ」

「いやそうじゃなくて。だから他の物と比べて、音信不通な感じというか。だから今こうやって会えて、感無量っていうか!」

「褒められてる気はしませんね」


 しかし、あの爛漫な笑顔はどうだろう?見ているこちら側を屈託させるような笑顔に、ぼくはくらくらとやっつけられてしまう。

「そういう貴方は、広告業でもされているんですか?」

「いえいえ。実は今、絶賛求職中なんです」

「へえ」


 意外にも、ぼくは予測していた。二人気が合うっていうのは一体こういうことなのか?



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