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これはなんだっけ?
たぶん思い出せるが、思い出すことに脳のメモリを使えないせいでひどくもどかしい。ただ聞き覚えのある声だ。加えてまたもや聞き覚えのあるような曲が流れているから、聞こえてくるのが声として成立しているかよく分からない。
「ワタシは君を知っている」
「ぼくの方は、何も知りませんけど」
そうして強がってみてから、どうやら状況的に劣勢であることに気づく。まずここはどこだ?
暗い、とにかく暗い。ただ全くの暗闇ではなく、目の前に何かがいることは分かるくらいの明るさがまだ残っている。そして突っ立っているからか、どうにも落ち着かない。
冷え性特有の手足の感じ、あのひどい感じがずっと残って...
「待ってください」
ぼくは何も見ずに虚空に向かって話しかけるようにした。もし目の前の何かをはっきり認識したら、たぶん喋るどころではなくなる。
「すみませんでした」
いや、全くの別口だったらしい。視線を向けてはいないからはっきりとは分からないが、そこにある気配はなにかアクションを起こす様子でもなく、こちらの反応を待っているようだった。カウンセラーのように聞き上手に徹している。
「やっぱり、心当たりがありません。人違いじゃないですか?」
「名前は?」
「井手口、イ・デ・グ・チ」
すると、耳慣れた音が聞こえてくる。何かが擦れるような音と、マイク越しみたいなくぐもった音。
そして、何かを壁にぶつけたような音が響き、異邦人はこう告げた。
「どうやら、ワタシは人違いをしたらしい」
その声はまったく素直に聞こえた。
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