第12話 押し寄せる絶望よ
僕の横で、シャーロットさんも小さく息を吐いた。その顔は、心なしか青ざめている。
「体を硬化させた……でも、この短時間でこんなに強度が上がるなんて、信じられな
い!!」
「連発すればあるいは……」
サイカさんが再び杖に力を集め始める。さっきよりも明るく、杖先が光り始めた。
「危ない!!」
しかし物陰から、なにか動物が飛び出してくる。とっさにシャーロットさんが跳ねたが、間に合わなかった。
僕の耳に入ってきたのは、猛獣の唸り声。目の前にいるのは、石と同じような灰色の毛並みをした大虎だった。その虎の爪は、血で真っ赤に染まっている。
「サイカ!!」
虎の爪は、老人の胸から腹にかけてをざっくりと切り裂いていた。みるみる石畳に血が広がり、周囲に金気くさい匂いが漂う。老人の取り落とした杖から、光が完全に消えた。
「治癒魔法!! 応急処置!!」
「はいっ!」
控えていた騎士たちが、一斉に魔法をかける。しかしその青い光の大きさは、先輩のものとは全く比較にならない。
「やっぱりダメだ、先輩じゃないと……」
「姫様、攻撃を一点に絞って外殻を破りましょう。聖女様を放してくれれば、サイカも助かります」
嘆く僕の横で、屈強な騎士がシャーロットさんに声をかけた。いかにも歴戦の戦士といった低くて渋い声で、僕の盛り上がった感情もわずかに落ち着く。
「そうね。化け物の足の付け根に、範囲を絞った魔法を集中させましょう。その間、ハイノタイガーたちは任せていいですか?」
「はい、承りました」
騎士はそう言ってシャーロットさんに背を向ける。僕は足下に転がってきた杖を支えにして、なんとか立ち上がった。
「攻撃用意──放て!!」
僕の周囲で轟音が響く。しかし、何十発の魔法でも、キラービーと呼ばれた巨大蜂を打ち倒すことはできなかった。
蜂は忙しなく羽をすり合わせ、耳障りな音をたてる。その音を聞きつけて、巨大な巣からぞろぞろと仲間が出てきた。
「も、もうダメだ!! 聖女様には悪いが撤退しよう!!」
「サイカ爺さんだって、早くちゃんとした治癒師に見せなきゃ手遅れになるぞ……」
周囲がざわつき始める中、騎士がシャーロットさんに視線を向けた。
「姫様」
「しかし、聖女様を見捨てるわけには……」
「おそれながら、聖女様は常人より遥かに頑丈な体をお持ちです。蜂の巣の中でも生き残る可能性がある。しかし、サイカはこのままでは死んでしまいます」
「……っ!」
シャーロットさんは唇を噛んで、サイカさんを見つめた。
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