第9話 ツンデレ同僚は怯えてる

 こうして僕は、車上の人となった。女の子は不満そうに始終僕をにらんでいるし、先輩はすっかり寝息をたてているしで、居心地が悪いことこの上ない。


「……あ、そこのマンションみたいですね。ありがとうございます」


 部長にもらった金で僕が支払いをしている間に、女の子はさっさと先輩を下ろしていた。そのまま肩車をして、マンションの奥へゆっくり連れていく。


「あ、僕も……」

「来ないで。後は一人でできるから。あんた、先輩の部屋の中までついてきて、じろじろ見るつもりじゃないでしょうね」

「い、いや。そんなやましいことは……」

「ふん。どうだか。もう帰っていいわよ」


 女の子は、先輩の鞄についていたキーホルダーを手に取る。何度か試して玄関のロックを外すと、足音高く中へ消えていった。


「……帰っていい、って言われてもな」


 一応部長に頼まれたのだから、彼女が降りてくるまではロビーにいようと決めた。……また嫌味を言われるだろうけど、先輩が無事に部屋に戻ったかどうかは、りゃんと確認しておきたいし。


「……そろそろ部屋に入った頃かな」


 寝かせるだけなら数分で済むだろうが、先輩を起こして中から鍵をかけてもらうとなると、もう少しかかるか。僕はスマホの時計を見ながら、ゲームでもするかとアプリを立ち上げた。


 アプリの起動がちょうど終わった頃、マンションの入り口扉が開いた。中から、女の子が走り出てくる。


「あ、先輩はどうな……」


 問いかけて、僕は口をつぐんだ。彼女の顔は恐ろしいほどに強ばり、目尻には涙さえ浮かんでいる。そして僕には一切目もくれることなく、そのまま夜の町へと消えてしまったのだ。


「なんだ……?」


 まるで恐ろしい怪物にでも出くわして、そのまま逃げ出してきたような形相。僕は、部屋に残されているであろう先輩が気になって仕方無かった。……まさか、部屋に強盗や変質者でもいたのではないだろうか。


 その時ちょうど、マンションの他の住民が中から出てきた。僕は開いた自動ドアの中に、何も考えず飛びこんでいた。


「先輩の部屋……何階だ?」


 郵便受けを見ても、記載されているのは部屋番号のみだ。僕はとっさにエレベーターに目をやる。片方は一階に降りている。さっきの人が使ったからだろう。もう片方は、七階で止まっていた。


 急いでいた女の子が悠長にエレベーターを使ったとは思えないから、あれは行きに先輩の部屋を訪れた時、そのままになっているのではないだろうか。


「確証はないけど、行くだけ行ってみるか……」

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