第15話 亡霊廃墟Ⅰ
「うわぁ……ここがウェステル」
ミストルティア基地に派遣された一行が準備をして向かったのは、基地の西側にある廃墟、ウェステルだ。
街についてすぐ、アルクがきょろきょろと周囲を見回して声を漏らす。
生誕祭直前という時期で、周囲には雪が積もっている。
どうやら昨夜も降ったようだ。
そんな中をさくさくとアルクは進んでいき、それをシグルとユースが後ろから歩いてついていく。
ウェステルは石レンガ造りの建物が多く、現代的な建築物が極端に少ない。
ここは獣棲圏の北部に位置する国からの観光客が多く訪れた町であり、ミクストラの特色を敢えて多く残した人工的な観光街なのだ。
もっとも、観光街などえてして人工的に用意されたものなのだが。
「あんまりはしゃぐなよ。遊びに来てるわけじゃねぇんだぞ」
「まぁまぁ、そう言うなよ」
呆れ交じりのユースにシグルは肩をすくめながら言い、自身も周囲を見回した。
古き良きミクストラの街、がウリだったウェステルは都会やただの田舎出身の人間には物珍しい街だ。
昔はもっとウェステルのような街が多かったミクストラだが、戦線後退に伴う避難の結果そういう街はことごとく焦土とかしていたりする。
「珍しいんだよ。こうやって形が残ってる観光街」
「とは言え10人だ。何かあるのは間違いねぇだろ。浮かれ気分で負けましたは困るだろ」
「分かってるさ。気は配ってる。それにアルクだってウールヴだ。何かあればすぐに気がつくだろ」
根拠はないが、獣とはそういうものだ。
だから同じ獣であるユースもそれ以上は何も言わず、黙って周囲を見回した。
ウェステルは今から3年ほど前の戦闘で今の状態になったと聞く。
敵味方入り乱れる乱戦で、最後は撤退する友軍を援護するための砲撃で吹き飛ばしたそうな。
そのせいかいたるところで地面が抉れていて、見るも無惨という言葉かこれ以上ないほど当てはまっていた。
「シグルー! ユース!」
と、先行していたアルクがブンブンと腕を振っている。
2人が向かった先には、見慣れた戦闘服を着こんだ若い男性の遺体が残されていた。
「ミストルティア所属のビーストハントで間違いないみたい」
アルクが示したのは、戦闘服に描かれた牙の徽章だ。
獣の多くに共通する外見的特徴として、ビーストハント隊の徽章には牙が用いられている。
「外傷がほとんどないけど、死因は何なんだろう……?」
きょとんとした表情でアルクが首を傾げるが、今のところシグルにも分からないので答えようがない。
衰弱している様子もないから、当然餓死や窒息死といった可能性もないだろう。
目の前の死体は、状況を把握していない人間なら死体とは思わない程に綺麗なままだった。
「あ、あっちにも……っ!?」
目敏く何かを見つけたらしいアルクが近寄り、それから息を呑んだ。
男の死体をユースに預けてアルクの下に駆けよれば、視線の先には死体が倒れていた。
だが。
「どういうことだ……?」
顔は半分が抉れ、腕はもがれ、足は普通曲がらない方向に折れ曲がっている。
さらに胸には大きな風穴が開いていて、体中どこもかしこもまともに形を維持している部位がない。
目の前の死体は、それが人間であるとは考えられない程──否、考えたくない程に歪み、壊れていた。
「向こうにもまだ……」
震える声でそう言うアルクの視線の先、それを目で追えば確かにそこには死体があった。
だが妙だ。
壊れている死体もあれば、先ほどの死体同様綺麗なものもある。
前者は鎧獣との戦いの果てによく見るが、後者のようなケースは初めてだ。
原型を留めぬほどの破壊を伴う死と、血の一滴も零さない、静かな死。
その相反する死が、ウェステルに広がっていた。
「鎧獣の仕業……って考えるのが自然なんだろうけど、壊れてない死体の方はちょっと分からないな」
鎧獣は文字通り獣だ。人を襲い、人に危害を加える鎧を纏う害獣である。
だから当然、襲われた側は死体がかなり破損していることが多い。というかほとんどだ。
それは獣の性質もあるし、それ以上に奴らの身体的特徴が理由でもある。
鎧獣の中に、人に傷をつけずに殺せるタイプの生物は存在しない。
毒を使う鎧獣がいないでもないが、そもそも毒が巻かれていればビーストハント隊が必ず装備しているセンサーが感知するし、それ以上に狼の鼻で気がつく。
そして何より、その毒は人を静かに殺す毒ではない。
鎧獣の使う毒は必ず人を傷つける。体の外も内もお構いなしに。
「……ん? これで全部じゃねぇな」
「どういうことだ?」
追い付いてきたユースが言い、聞けばユースは死体たちを数え上げていく。
すると確かに。
「9人だ。1人足りねぇ」
「あ、ほんとだ。別の場所か……もしかして、まだ生きてるのかも……!」
そう言ってアルクは駆けだした。
──その背後、シグルとユースを置き去りにして迫る影がひとつ。
目にも止まらぬスピードで駆けたソレは、アルクの背後でその腕を死神の鎌のごとく振り上げた。
「アルク!」
「えっ──?」
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