第14話 MIA
「揃ったな」
砲亀種討伐から2週間ほど経った、生誕祭の近づく冬の日。
アスガルド基地の会議室に呼び出されたシグルは、アルクとユースと共にワグナー司令の前に直立していた。
深々と雪の降る、静かな日だった。
「突然呼び出してすまない。緊急の案件なのでな」
ワグナーはそんなことを言うと、「座れ」と近くの席を示した。
3人が座れば、すぐに室内の灯りが消え、それぞれの席にある投影機器がホログラムの映像を表示させる。
そこに映っているのは、アスガルド基地より北部にある基地だった。
「ミストルティア基地。先日の砲機種討伐の折に防衛部隊を融通してもらった基地だ」
ワグナーの言葉にシグルたちは頷く。
「今度はお前たちに行ってもらう」
「ん? ……失礼。派兵ということですか?」
シグルが問えば、ワグナーは「そうだ」と応じた。
「実はな、ミストルティア基地所属のビーストハント隊が全滅した」
「ぜん、……え?」
さらりと発せられたその古馬にアルクは驚きの声を漏らし、シグルとユースも声こそ出さなかったが目を見開いた。
対獣戦線の要、最前線の文字通り穂先であるアスガルド基地ではなく、北部の比較的侵攻が控えめなミストルティアが?
「全滅って、そんな……じゃあ、誰も……」
「いや、アルク。軍隊の全滅は言葉通りじゃない。部隊の50%が戦闘不可になったらそこで全滅だ」
軍人としては基本であるこの辺りのことも、BB使いたちは知らないことが往々にしてある。
特にシグルたちのような徴兵世代はそうで、グレンに聞くまでシグルも勘違いしていた。
「シグルの言う通りだ。だが戦闘不能という意味では、50%減ろうが全損しようが、そう変わらんな」
ワグナーはそんなことを言って画面を切り替えた。
「事の発端は3日前。ミストルティア基地西部で鎧獣との戦闘が起こった。射狼種と狼種が確認されている」
射狼種も狼種も、鎧獣の中では特別驚異的な存在ではない。
軍隊で当てはめれば歩兵のそれだ。
「出撃したのはハウンドのBB使いらしい。経歴で言えばお前ら……シグルとユースよりも長い。兵士として熟練とは言わないが、対鎧獣においては十分だ。だが、戦闘中に突然音信不通になった」
つまりは
戦死が確認できているわけではないが、戦力にならないのは間違いない。
「……話が見えてきませんね。ミストルティア西部で、射狼と狼でしょう? 俺やユースより戦歴の長いハウンド持ちがやられるとも思えませんが」
ハウンドはいいBBだ。癖がない。
人と獣の混ざりものであるBB使いだが、四肢の感覚は人間のそれだ。
だから当然、獣の特性を人の体に置き換えて発動したとき、使いやすい力と使いにくい力が存在する。
例えば鷹であるフェルニなどは、人にない羽を持っていて、人体に置き換えたところで役に立ちはしない。
だがシグルのウールヴや犬であるハウンドは、人体に獣の感覚を置き換えたときに両腕には前足が来る。
だから前足の持つ爪を活かした攻撃ができる。
もっとも、BBを使えば使うほど人と獣の境界は曖昧になり、シグルのように腕に牙を生やすことも可能になるが。
そしてもう1つ解せないのは、場所だ。
ミクストラ西部にある獣棲圏だが、実際に西部一体が全て獣棲圏と面しているわけではない。
アスガルド基地以南は獣棲圏と面しているが、北部はそうではないのだ。
だから侵攻が激しくない。
当然現れる鎧獣も多くなく、またそれほど強くもない。
つまり、負ける要因がないのだ。
シグルたちより戦歴の長いBB使いが、ミストルティア基地が担当する北西戦線で。
「それも、ハウンド班だけじゃ終わらないんでしょう? 全滅と言うからには」
露骨に嫌な顔をしたユースの言葉は正しい。
話の最初にワグナーは全滅と言った。
確かミストルティア基地のビーストハント隊はアスガルド基地より規模が小さいはずで、構成人数は20人。それを2個分隊に分け、1分隊10人1班5人の計4班だったはずだ。
つまり。
「ああ。10人。最初にハウンド班がMIAになった後、同じ現場に向かった班も音信不通。これによりミストルティア基地のビーストハント隊は第1分隊が全員MIAだ」
「うわっちゃぁ……」
さすがの惨状にシグルもそれしか言葉が出ない。
決して状況を軽んじているわけでもおちょくっているわけでもなく、本当にそれしか言葉が出ないのだ。
「で、だ。ようやく話が本筋に戻るわけだが……。お前たちウールヴ班にはミストルティア基地に赴き、その後件のポイントを調査してもらう」
「あの、ワグナー司令」
「なんだアルクルーナ」
「任務そのものに文句があるわけじゃないんですけど、なんて私たちなんですか?」
それは確かにそうだ。
わざわざアスガルド基地から、それも10人がMIAになっている場所に3人で。
「簡単な話だ。砲機種討伐の際の借り、ミストルティアの防衛シフト、アスガルド基地の防衛シフト、そして──嗅覚」
「嗅覚? ああ、狼のってことですか?」
「そうだ。今回の目的はあくまで調査だ。現地で何があったのか、何かいるのか、何がいないのか。調べるうえで、索敵に秀でたお前とシグルの能力は適任だ」
ユースが「俺は何も無しか」とぼやいているが、この際無視する。
実際、1人だけ馬だからしょうがないし。
「もちろん、こちらからもハウンド班を出す案もあったが、
つい先日の戦闘で、戦鳥種と交戦したハウンド班は少なくない被害を負った。
その1つが、
「残り2人も、班長抜きで働き詰めだ。色々とな」
色々と、の色々は事務作業や車両整備など本当に色々だ。
ハウンド班の面々は資格持ちが多く、防衛シフトから外れている分様々な部署から引っ張りだこだ。
「そういうことなら……というか、最初から拒否する権利もつもりもありませんでしたから。了解です、指令」
シグルの言葉にアルクもユースも頷き、そうしてウールヴ班の新たな作戦が決まった。
「それで司令、件の場所はどこなんですか?」
「──ここだ」
司令の言葉に合わせて控えていた副官が端末を操作し、再びホログラムの表示が切り替わる。
「わぁ……これまた雰囲気があるというか、なんというか……」
「分からないでもねぇな」
アルクの感想にユースが同意を示すその場所の名前は、ウェステルという街だ。
無論人など住んでいなく、手入れなどされていない。
それは旧ラシャベルツ市と同様だが、このウェステルには旧ラシャベルツ市とは大きく違う点がある。
それは、高層ビルが立ち並ぶ都会的な雰囲気だった旧ラシャベルツ市とは違い、ウェステルは石レンガ造りの建物が目立つミクストラの歴史を感じさせる街だということだった。
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