第13話 人のフリ

「いやぁ、起きて早々酷い目に遭った」

 ベッドの上で、シグルは頬を腫らしながらお腹をさすっている。

 ユースとハルトルスティ・ワンに頬とお腹を殴られたのだ。

 アルトレイハウンド・ワンも一発どうだと声をかけられたようだが、さすがに怪我人相手はマズいでしょと辞退したらしい。

 辞退しただけで止めない辺りに、アルトレイハウンド・ワンの感情が窺える。


「ふたりはやりすぎたと思うけど……でも、そのくらい怒ってるってことだからね」

 医務室のベッドサイドに切ったリンゴを置きながら、アルクは溜息交じりに言う。

 やりすぎも事実だし、怒っているのも事実だ。

 ちなみにリンゴといえばウサギを模した向き方があるが、ビーストハント隊では自主的に禁止となっている。

 獣肉は食べるし狩猟に忌避感はないが、そうでないものを進んで獣に見立てて食べる趣味はBB使いにはなかった。


「でもあのときはああするしかなかっただろ?」

「まぁ、それはそうなんだけどね」

 シグルのいうこともまた事実であり、だからアルクは2度目の溜息を吐きながら頷く。

 実際、砲亀種を手っ取り早く倒すならと誰もが考え、口にしなかった案ではあった。

 なぜ口にしなかったのかといえば、スヴィティの爆風を閉所で一身に喰らう羽目になり、そうなればほぼ確実に死んでしまうからだ。


「ありがとう、シグル。あなたのおかげで誰も死なずに砲亀種を倒せた!」

「なんだよ突然」

 目を瞬かせるシグルに、アルクはえへへと微笑みかける。

「お礼だよ、お礼。シグルの言う通り、あのときは他に手段はなかったし、シグルが命懸けで戦ってくれたから、こうして私たちは生きてるわけだし!」


「──そうだな。そうだろ? だから俺、殴られるいわれはないと思うんだよなぁ」

 そう笑うシグルの表情は、砲亀種討伐以前に何度も見た年相応のそれだった。

 明るく笑い、仲間たちと日々を過ごす少年。

 思い返せば、最初に会ったときもシグルは笑っていた。

 その後もそうだ。

 装甲車のドライバーと軽口を言い合い、哨戒の引継ぎを面倒臭がるユースを苦笑交じりに宥めたり、グレンを言いくるめたり。

 

 そうやって軽い雰囲気を纏って過ごしていた。

 軽薄とも違うが、重苦しさを纏うことはなく、戦場で暗さを感じさせない立ち振る舞い。

 それが崩れたのは、旧ラシャベルツ市のあのとき。

 喫茶店を営みたいという夢を語ったあの瞬間だけ。


 そしてユースから事情を聞いて分かった。

 年相応の立ち振る舞いは、戦場で気負わないためだと思っていた。

 BB使いで戦いにも死にも耐性があるからだと思っていた。

 けど実際には違う。


 きっとどうでもいいのだろう。諦観があるから、日々の出来事に一喜一憂しているフリをしている。

 年頃の人間がそうするようなフリを。

 気負わないのではなく、何も背負おうとしない。

 仲間の死も、自分の死も、この争いの行く末も。

 耐性があるのではない。耐性がなかったから壊れた。

 擦り切れて、戦いの中で果てる自分の未来を定めてしまった。


 何とかしてあげたいと思う。兄もきっと、こんな風になってほしくて庇ったわけじゃないと思うから。

 兄が助けた命を無為に散らすようなことはしてほしくないから。

アルク自身も、こんな風に壊れたまま朽ちてしまう人を見たくはないから。




「──またそっちに行きそこないました、班長」

 哨戒があるからとアルクが医務室を去って、ひとりなったシグルは静かに呟いた。

 シグルは班長だ。だがシグルにとっての班長はひとりだけ。

 彼自身も徴兵された身で望んできたわけでもない戦場で、それでも夢があるからと何にも臆することなく戦っていた先任の狼。


 死にたがりなわけではない。自殺をしようと考えたこともない。

 だが別に、生きていたいとも特別思うことはない。

 何か目指すものがあるわけでもなく、ただ刹那的に戦場を生きているだけ。

 ユースは止めろと言うが、そっちこそ止めればいいのにとシグルは常に思っている。

 夢を見たり追ったり、そんなことをしても叶わないのだから。


 あれだけやりたいことあがる。叶えたい夢があると口にしていたヴァルトも結局、それを叶えることなく死んだ。

 俺にようにはなるなと、そんな言葉を遺して逝った。


 アルクもそうだ。喫茶店を営みたいなど、止めておけばいいのに。

 鎧獣との戦いに終わりなどない。

 終わりが無いなら当然、戦い続けるしかない。

 これが国を相手取った戦いなら、勝つにしろ負けるにしろ、いつか戦場から解放されるときは来るだろう。

 そうなれば、戦後に喫茶店を営むことは可能だ。

 

 だが対獣戦線はどうだ。

 かつて獣棲圏に攻め入った人間はことごとくが死に、内部調査すらままならない。

 攻め入れないから減らせない。増え続ける鎧獣を相手に守りに徹することしかできない。

 終わるときが来るとしたら、それは敗北のときだけ。

 そして鎧獣に負けるということは、死ぬということだ。


 別に今すぐ死にたいわけではないから戦うことを止めはしない。

 BB使いじゃない普通の人間には、夢を叶える権利がある。

 だから、せめてそれくらいは守ってやろうと思う。

 羨ましい、なんて思いはとっくに消えた。

 だってもう、自分の夢を思い出せないから。


「……考えることを止めて、目の前の戦いだけに集中すれば生きるのも楽なのに」

 ぽつりと漏らした、最近つくづく思うその考え。

 思考を捨て、戦うことだけを選べれば、叶えられない夢に苦しむことなんてない。

 群れの和を乱すことはしたくないから口にはしないが、みんなそうすればいいのにな、とシグルは心中で呟いた。

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