第11話 氷刃
「最初はアイツも、俺たちとそう変わらねぇやつだった」
そんな言葉を皮切りに、ユースはぽつぽつと語りだした。
アルクの上司にして年上の男の子で──なのに酷く諦観している彼のことを。
「アイツとは2年の付き合いだって、前に言ったっけ?」
「えっと、聞いたような聞かないような……」
「そか。とにかくそういう関係だ」
ユースは廊下の壁にもたれかかり、腕を組んで天井を見上げる。
「徴兵に従ってアスガルド基地に配属されて、最初は別々の部隊に居たんだ。俺は第1分隊アルス班。アイツは第1分隊ウールヴ班……旧ウールヴ班にいた」
「旧……」
今のアルクのように、班員として同じウールヴ姓の集まる班に配属になったのだろう。
2年前はまだ、同じ姓で班を組むことが容易だったようだ。
今も第1分隊にはその傾向があるが、第2分隊はかなり混ざっている。
「でまぁ……最初の半月で、第1分隊の3分の2が死んだ」
「……え?」
分隊構成が今と変わらないなら、1分隊15人を3人ずつの5班に分けていたはずだ。
その3分の2ということはつまり。
「10人も……?」
無言でユースは頷いた。
半月で10人も戦死。それも配属された手の部隊で。
「しかもその10人の内には、同じ班の仲間もいた。堪えただろう」
「……どうして10人も?」
砲亀種戦ですら死者を出すことのなかったビーストハント隊。今と2年前で戦力に差もあろうが、いくらなんでも死にすぎだ。
「砲亀種との戦闘の直後、戦鳥種を見ただろ? 2年前はあれがうじゃうじゃいたんだよ」
戦鳥種。鎧殻は薄いがその分攻撃力と機動力に秀でるという。
確かに先ほどの戦闘で、上空を飛んでいるのを見た。
陽炎のような鎧殻を纏い、獰猛な影を地上に落とすその威光。
なるほどそれは、苦戦もしようというものか。
「それだけじゃない。ダジュウ……って、聞いたことあるか?」
「ううん、無いけど……」
「堕ちた獣と書いて堕獣。けど意味合いとしちゃ、獣に墜ちたって方が正しいな」
獣に、墜ちる。それを聞いて少し、思い出した言葉があった。
「前にユースが言ってた、獣性に引っ張られるって、もしかしてそのこと?」
シグルが狼牙を腕でも使えるのは、2年に及ぶ戦いでBBに慣れたからだと、以前ユースは言っていた。
「ああ。そうだ。……これもビーストダイブ同様……ってか、関連付けられて情報統制されてることだ」
BB使いは力を使いすぎると、人を捨てて獣に墜ちる。ユースは静かにそう言った。
「堕獣化すると、理性が飛ぶ。だから誰彼構わず襲い掛かるし、それで仲間だった奴に殺された奴も──仲間だった奴を殺した奴もいる。シグルは、そのどっちも知ってる」
ユースの目が、天井から窓越しのシグルに向いて、次いで細められた。
「今から1年前だ。旧ウールヴ班はシグルの配属以降、さっきも触れた戦鳥種で死者を出してからは誰も欠けずにいた。最後に配属された奴とも、もうすぐ1年ってときだった」
ソイツが堕ちた、と淡々とユースは語る。
「俺の班も2人死んだ。そんで……当時のウールヴ班班長も、堕獣化した仲間からシグルを庇って致命傷を負った」
「そんなことが……」
ビーストダイブも堕獣も知らなかった。
情報統制されていると聞いて、どうしてだろうと疑問に思った。
けれど確かに、これは言えない。こんな情報が外に出てしまえば。
「BB使いたちの心象は最悪だろうな。だから、国も持て余してんだろ」
アルクの内心を察したかのように、ユースは溜息交じりに言った。
「だからビーストダイブを使う場面があって、堕獣化のリスクが高い軍人にだけ知らされてる」
「そっか……そうだよね」
それからユースは話を戻し、当時のことを思い出すように目を眇めながら言葉を続けた。
「結局堕獣化した仲間にケリをつけたのは、シグルだった。当時の班長が腹に風穴開けられてまで動きを止めた隙に……狼牙で頭を吹き飛ばした」
静かに語られる、けれど声色に反して壮絶なその内容に、アルクは思わず息を呑んだ。
鎧獣を倒し、街を、国を、人を守るために徴兵されたはずなのに。
それはシグルも、堕獣化してしまった仲間も変わらないはずなのに。
「それからもずっとだ。仲間は戦場で死に、ときには自分で殺した。BB使いだけじゃない。機甲部隊の連中も、それこそ数えきれないくらい死んで──ときに殺した」
トリアージだ、とユースは言う。
「助けられないから……楽にしてあげようってことね?」
「そうだ。横倒しになった戦車の中で、計器に潰されて苦しんでた奴。戦車ごと射狼種や戦鳥種に撃ち抜かれ、体中穴だらけになって、それでも死にきれなかった運の悪い奴」
そういう人たちを
「兵士の士気は死活問題だ。それも、BB使いとは言え俺らみたいな徴兵された少年兵、少女兵は特に。だからメンタルケアには力が入ってたが……あの1年は、異常なくらい死にすぎた」
「……そっか」
戦闘以外のときは明るく話し、他の隊員たちと軽口を交わしたり遊んだりしているシグルが、どうして夢の話をしたときだけ、あれほど冷たかったのか。
その理由が、今分かった。
「擦り切れていく内に……やめちゃったんだね。夢を見るのを」
死地で夢を抱いて縋るのではなく、夢を切り捨てて後悔をなくす。
シグルが選んだのは、きっとそういう道なのだ。
少年である自分自身と、軍人である自分自身。
その二面性を合わせて、噛み合わない部分を殺した結果の現在。
「ああ。だからアイツは夢を見ない。アイツを庇った班長……ヴァルトランさんが遺した、俺みたいにはなるなって言葉を刻んでな」
「ヴァルトラン……!?」
その名前を聞いた瞬間、アルクは腰を浮かせて目を見開いた。
だって、その名前は。
「ヴァルトラン・ウールヴ。俺たちはヴァルトって呼んでたが……知ってるのか?」
「知って、る……。だって、ヴァルトは……私の、お兄ちゃんの名前だから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます