第10話 知らないこと

「アイツ、とんでもねぇ無茶を……!」

「シグル!?」

 突然凄まじい爆音と衝撃波が駆け抜け、次いでその理由を聞かされてユースは思わず声を上げる。

 近くで戦っていたアルクも目を見開き、心配そうな表情を浮かべている。

 こちらに移動してきた狼種と熊種をあらかた片付け、シグルたちの援護に向かおうとした、まさにその瞬間だった。


「シグルを助けないと……!」

「っ……! 戦鳥種が来たぞ!」

 爆心地に駆け寄ろうとしたアルクが動きを止めて空を見上げ、ユースもまた木の葉の向こうの空を見る。

 ハウンド・ツーの言葉通り、極薄の鎧殻を身に纏う戦鳥種がこちらに向かって来ているのが見えた。

「くそっ……」

 シグルの生死を今すぐにでも確認したいが、戦鳥種が来てしまった以上応戦しなくてはならない。

 苛立ちを押し殺して通信機のスイッチを入れ、作戦行動中の全員に叫ぶ。


「各位応戦準備! 射撃姿勢を取らせるな……って、ああ?」

 自身も拳銃を構えようとしたそのとき、戦鳥種が妙な動きを見せた。

 普通なら体の下に付けている機銃の銃口をこちらに向けながら突っ込んでくるか、銃口だけ向けてホバリングに移る戦鳥種が、そのどちらもせずにただ上空を旋回している。

「……もしかして、気がついてない?」

 アルクのきょとんとした声に、まさかと思いながら怪訝な表情を隠せない。

 そのまま眺めていると、なんと戦鳥種は背を向けて飛び去って行く。

「……何がしたかったんだ……?」

「……って、それどころじゃないよ! シグルが!」


「退いた、だと?」

 七三に分けた鉄色の髪に、きっちりと着込んだ軍服と胸元につけられた徽章。

 アスガルド基地の作戦指令室の中、砲亀種撃破の報告と、直後にもたらされた戦鳥種の

不審な行動に、アスガルド基地司令のワグナー・カーラインは疑問の声をこぼす。

 余計な損害を出さずに済むのだから戦闘を回避できるにこしたことはないが、いささか。否、かなり不自然な行動だ。


「そもそも砲亀種の援護が目的なら、最初から随伴していればよかっただろうに」

「鳥類種は人類圏での長時間活動ができないのでは、という研究報告もありますし、足の遅い砲亀種の護衛には向かないのでは?」

 そう応じるのはワグナーの右腕である補佐官で、それは確かに言う通りなのだが。

「だとしても、タイミングが遅すぎる。ビーストハント隊が接敵してから時間を置いて出現というのはやはり不自然だ」


 もっと早く戦鳥種が出てきていれば。もちろん増援は送るし、作戦継続が不可能であればビーストハント隊を退かせもした。だが、恐らく被害は今より大きくなっていただろう。

 何より砲亀種を仕留めそこなえば、もう15キロメートルの前進を許せば、アスガルド基地は壊滅していた。


「……所詮は獣、ということかもしれませんよ」

「ふむ。それはまぁ、そうなのかもしれんな」

「我々はアレを、遥か昔に人と袂を分かったモノ、としか知りません。なぜそうなったのか、その後何百年も不干渉を貫いておきながら、なぜ今になって人類圏を攻撃するのか」

 そして。

「なぜその攻撃が中途半端なのか」

 ワグナーの言葉に補佐官は頷く。


「今のところ獣棲圏からの攻撃に計画性を感じるものはありません。通常兵器相手なら力押しで勝つことができるから、ということも考えられますが……」

「計画を練っているのなら、やはり今回の砲亀種の動きが解せないか」

 頷く補佐官を見て、ワグナーはどうしたものかと背もたれに身を預ける。

「アレらは軍団ではなく獣の群れ。……獣棲圏と一括りにしても、その中でのなわばりのようなものが在ると考えるのが自然か」

 であれば。

「奴らの目的や生態、一度本格的に調査した方が、将来のためになるのかもしれんな」


「──取り敢えず、一命は取り留めたみたいでよかった」

 アスガルド基地内の病棟で、アルクは長椅子に三角座りしながら言う。

 その視線の先には大きなガラス窓があり、その向こうには様々な器具が取り付けられたシグルがベッドに寝ている。と言うか、寝かせられている。

「だな。……ま、起きたら一発ぶん殴んねぇと気が済まねぇが」

 壁に長身を預けて立つユースの言葉に、アルクは思わず吹き出してから苦笑した。

「起きてすぐはダメだよ。安静にさせないとなんだから」


 砲亀種との戦いの後、シグルは爆心地の只中に倒れ伏していた。

 ウルフヘズナルで防御したことは分かったが、それでも炸薬付きのスヴィティを6本も至近距離で起爆させ、狭くはないが閉じられた砲亀種の口内で反射した衝撃波を全身に浴びたのだ。無事なはずがないのは一目瞭然だった。

 だから後処理をウールヴ・ツー。つまりウールヴ班の序列で2番目にして、ビーストハント隊の副長でもあるユースが事後処理を引き受け、すぐに後送させたのだ。

 そして基地につくやいなや治療室にぶち込み、現在に至る。


「……誰も死ななくて良かったね、ユース」

「だな。負傷者も、シグルとベネットルスティ・ツーオルカルスティ・スリーだけで済んだ」

 砲亀種討伐作戦に参加したビーストハント隊第1分隊、現隊員12人の内、最終的な負傷者は3人で、死者はゼロだ。

 相手の強大さを鑑みれば上出来だと、作戦終了後に基地司令のワグナーは言っていた。


「……とは言え、死者が出なかったとはいえ、だ。やっぱ無性に腹立つから回復したらぶん殴ってやる。アルトレイハウンド・ワンハルトルスティ・ワンにも声かけてな」

「あはは……お手柔らかにね」

 荒っぽい口調をユースがその実、他の誰よりも周囲の人間を見ているというのは、配属以来何となく分かっていた。

 何かと隊員に声をかけ、また声をかけられてもいたから。頼られているのかな、とは思っている。

 そしてそんな、周囲をよく見ているユースが2年ともにいるというシグル。ユースなら、知っているかもしれない。


「……ねぇユース。聞いていいかな」

「なんだ?」

「シグルって、前からこんな風だったの?」

 こんな無謀をするような。

「……ああ」

 肯定の言葉に、「そっか」とアルクは短く応じる。

「けど、最初は違った」

 付け加えられたその言葉に、アルクは膝に付けていた顔を上げてユースを見る。

「最初はアイツも──」

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