第9話 機甲兵器Ⅳ

 シグルたちが攻撃を中断してすぐ、砲亀種が再び動き出した。

 主砲は既に破壊されているというのに、その巨体を揺らし、周囲の木々を薙ぎ倒して歩き出す。

 さらに会敵直後に壊した機銃の類が、どうやら復活しつつあるらしい。

『7分って、あのデカブツをどうやって?』

 通信越しのヴェルグ・ワンの言葉に、シグルは砲亀種を注視しながら口を開く。

「目には目を、デカブツにはデカブツ……ってか、デカい一撃だよ」

 言って、シグルは自身の深く息を吸う。

 肺に、体中の血管に、力の源たる酸素を流し込んで力を込めた。

 すると体中に血管が浮き出たかのような赤い紋様が現れ、頭には狼耳、口には鋭い牙が出現する。

 

「シグル、お前……!」

 アルク同様近くに移動してきたらしいユースが、足元で鋭く声を発する。

 一瞥すれば、ダークブルーの瞳がこちらを睨みつけていた。

「代われ。お前はビーストハント隊隊長だろうが。大人しく指揮を執って──」

「お前じゃ殺しきれないだろ」

 ユースの言葉に割り込んでシグルは言う。

 それに。

「これ以上誰かが擦り切れるのを見たくないって言うなら、もう擦り切れた俺のことは放っておけよ」

「お前、聞こえて……」

「獣だからな。……アルクを頼む」

 木の枝から降りてユースの肩を叩いて笑う。

 

「ビーストハント各位。指示系統を崩す。ウールヴ・ワン、ハウンド・ワン、ルスティ・ワンで砲亀種を直接叩く。残りはウールヴ・ツーの指示に従って機銃……っと」

 途中で言葉を切り、その気配がする方を一瞥する。

 戦鳥種とは別の気配──恐らく鎧殻が濃くレーダーが機能していない戦域からやって来たであろう狼種と熊種だ。

「気付いている奴もいるかもしれないが、隣の戦域から狼種と熊種が来てる。森に機甲部隊を入れたくはない。これも頼んだ」

 追加で指示を出す頃には、下がっていたルスティ・ワンが合流してきた。

「で、直接って言うけど策はあるのかよ」

「ええ。ダイブして仕留めます」

「結局それかよ。なら、最初からそうした方が早かったな」

 鼻で笑うルスティ・ワンに「そうだな」と返しながら、こちらも合流したハウンド・ワンに頷きかける。

「行くぞ」

「「了解」」

 頷く2人を見て、シグルは脚に力を込めた──次の瞬間。



「うわっ……!?」

 近くに並んでいた各班の班長たちが、それこそ砲弾のような速度で飛び出した。

 あまりの速度に土煙が舞い、思わず片目を閉じてしまう。

「あれって……」

「ダイブ……ビーストダイブだ」

 隣に立つユースが、どこか忌々し気な表情でシグルたちを見ている。

 ビーストダイブ。BB使いの力を一時的に高める、言わばリミッター解除状態。

 配属前の教育課程で聞いたことがあるが、あれが──。



「その口振りじゃ、使ったことはないみたいだな」

「うん。存在も知らなかった」

 ビーストダイブはミクストラ政府によって情報統制されている存在で、BB使いでも知らない人間が多い。否、多かった。 

「ま、軍人にならない限りは使うことなんて一生ねぇだろうからな」

 嘆息するユースから視線を移せば、砲亀種の顔目掛けて跳ねたシグルが鋭い狼牙の一撃を放つところだった。

 放たれた一撃を砲亀種が展開した六角形の障壁が受け止めるも、障壁にはヒビが走り、一瞬の後にガラスのように割れて消える。


「あれがダイブ……。私にもできるのかな……」

 やってみたことはない。そもそも名前を聞かされただけで、使うことを推奨されはしなかった。

 教育課程で授業を受け持った人間も、知識として知っておくようにと言っていただけで。

「やめとけ」

 拳を握るアルクを、ユースが鋭い声で静止する。

 見上げれば、ダークブルーの瞳がアルクを見据えていた。


「情報統制してまで隠しておきたい特性だ。あんなもん、使わずに済むならそれでいい」

 それより、とユースは周囲に視線を巡らせた。

「任された仕事をこなすぞ。ここでいつまでも駄弁ってると、シグルたちがヤバい」

「あ、うん。そうだね!」

 話している間にも狼種と熊種が接近しているようで、周囲を敵意が取り囲みつつあった。

「ヴェルグ班と、ハウンド2人は機銃を頼む。拳銃より狙いやすいだろ。残りは近づいてくる害獣駆除だ。……手早く片付けるぞ」



「踏み付けくるぞ!」

「──ッ!」

 接近したシグルたちを鬱陶しがるように、砲亀種が前足を持ち上げる。

 ギリギリまで引き付け、シグルは後ろに跳ねてそれを回避。 

 その瞬間を狙ってハウンド・ワンとルスティ・ワンがシグルの両サイドから飛びかかった。


「かたっ……!」

「甲羅以外もガチガチだな!」

 とは言えダイブ後のBB使いの攻撃力は、戦車の装甲すら容易く切り裂く威力を持つ。

 口々に呻いたり喚いたりしているものの、前足は確実に削れていた。

 だが。

「やっぱり頭に一撃入れるのが手っ取り早そうだな……」

「簡単に言うが、さっきから防がれまくりじゃねぇか」

 呟くシグルに溜息交じりのルスティ・ワンが応じる。

 同調してハウンド・ワンもやれやれと溜息を吐いて肩をすくめた。


 砲亀種の最も堅牢な部分は体の上下にある甲羅だが、ただでさえバカでかい図体にそれを覆い尽くすだけの鎧殻を持つ砲亀種は陸亀の類でありながらその凡例を大きく外れ、体中いたるところが堅い

 そして堅いだけならパイルドライバースヴィティでどうにかなるのだが、厄介なことに大きい。と言うか、堅い以上に大きいというところが面倒くさい。

 巨大な砂の城に指を入れても貫きこそすれど崩せないように、巨大な体に鉄杭パイルを放っても、致命傷にはならないのだ。


「内から壊すしかないか……?」

「おいおいシグ……ウールヴ・ワン。そりゃいくらなんでも……」

 呆れた口調のハウンド・ワンだが、かと言って他の案を出すでもない。

 いや、出すことはできない。

 今の戦力、戦鳥種到着までの残り時間を加味すれば、手段はこれしかないのだ。

「奴の口の中に入り込んで、中から喉をぶち破ります」

「正気かよ……! いや、それしかねぇのは分かるが……くそっ」

 行き場のない感情をぶつけるようにルスティ・ワンが拳を叩く。

「俺が行きます。アレを使って援護を頼みます」

「チッ……了解」

「……分かった」

 いかにも不承不承といった様子の2人に思わず苦笑を浮かべながら、シグルは砲亀種を見据えて待つ。

 それから1分ほどで戻って来た2人から「アレ」を受け取り、装備すれば、それで準備は完了だ。


「──ッ!」

 低く跳ねたシグルが加速し、木々を抜ける。

 この攻撃は2度目だ。当然砲亀種も対応してきた。

 先ほどよりもさらに分厚い六角形の障壁が広がり、行く手を阻む。

 否、阻もうとした。

「おぉぉッ!」

「でぇやッ!」

 両サイドから跳ねた2人が、砲亀種の頬に鋭い一撃を見舞った。

 ダイブした直後の一撃や、それ以降の攻撃の主軸がシグルだったことから、シグルに意識を割きすぎたのだろう。

 ハウンド・ワンとルスティ・ワンは障壁を張られるより早く肉薄し、取ってきたスヴィティの引き金を引くことができた。


「──■■──ッ!」

 砲亀種が咆哮する。痛みか、怒りか。だが、知ったことではない。

 空中で身を捻り、回転を加えた狼牙を放てば、砕いたという確かな感触が腕を振るわせる。

「墜ちろ……ッ!」

 口内に着地すると同時に両腕を突き出し、連結したスヴィティの引き金を引いた。

 両腕に余すことなく装備した計6本の鉄杭パイルが放たれ、衝撃波が口内を反射して荒れ狂う。

 甲羅すら撃ち貫くほどの攻撃を超至近距離で甲羅より薄い口内に、それも爆裂させるための炸薬を取り付けた特殊仕様のものを6本も喰らったのだ。

 もはや咆哮を上げることすらままならず砲亀種の頭部は爆ぜ、その光景を、シグルは赤く染まる視界の中で見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る