第8話 機甲兵器Ⅲ
「──ッ……!」
光の濁流にのみ込まれて吹き飛ばされたシグルが、運よく着地した木の枝の上で呻く。
今のは一体──?
『アスガルド司令部よりウールヴ・ワン。状況を報告せよ』
「ウールヴ・ワンよりアスガルド司令部。近すぎて何が起きたのか確認できていない」
『アル……っと、ウールヴ・スリーです。さっきの攻撃は、砲亀種の甲羅の内側から放たれたものでした』
シグルに代わり、その危機にいち早く気がついたアルクが通信に割り込む。
どうやら無事なようだ。
『甲羅の内側? ……そうか、砲身を介さずにエネルギー弾を撃ちだしたのか』
通信士ではない低い声が通信に混じる。アスガルド基地司令の声だ。
さすがに基地を任されるだけあって頭の回転が速い。
その場にいるわけでも映像を見たわけでもないのに、すぐに答えに辿り着いた。
『アイツの体内、どうなってんだよ……』
「全身砲身みたいなものなんじゃないか。……もう獣じゃなくて兵器だな」
ユースの呆れたような呟きに、シグルが応じる。
どうやらこちらも生きているようだ。
「ルスティ・ワン……ルスティ班、状況は?」
『ルスティ・ワン、無事だぜ。ただ……ルスティ・ツー、ルスティ・スリーが被弾した』
どうやら残っている機銃の射線に入らないように木の枝を跳び移っていたところを、流れ弾に当たったらしい。
ルスティ・スリーはともかく、ルスティ・ツーがまともに一撃喰らったようだ。
「っと。どうするシグル。作戦、結構崩されちゃったけど」
近くの枝に跳び移ってきたアルクの言葉に、シグルは顎に手を当て思案する。
機銃の射線を避けるための
こうなるとまだ機銃の方が、威力も低く回避も容易な気がしてならない。
「ハウンド・ワン。随伴している連中はどうなってます?」
通信機に問うと、ややあってハウンド・ワンが応じる。
『もう結構減らしたよ。ヴェルグ班の援護砲撃も良い感じに刺さってる』
つまりもう少し粘りさえすれば、ハウンド班とヴェルグ班も砲亀種攻撃に参加できる。
主砲は既に潰してあるし、このまま回復されないようにじりじり削れば……。
「ウールヴ・ワンよりアスガルド司令部。ハウンド班とヴェルグ班も加われば、砲亀種撃破は可能です」
元より機銃を無力化したら、各々のBBを使って削るという作戦だった。
そのための手が減ったなら、補充すればいいだけだ。
幸いウールヴ班は3人とも健在で、そのBBは木々の只中にあるこの戦場で有効だ。
『では、作戦継続だ』
その言葉に頷き、シグルは再び狼牙を纏う。
左腕の
「ウールヴ・ワンより各位。砲身を介さないエネルギー弾は俯角が取れないし、他の甲羅に囲まれてるから一方にしか撃てない。ただし、砲亀種が機銃ごとこちらを撃ってくる可能性が……ないとは言えないかな」
あの一撃は、砲身を破壊されたからこそのものだ。
とは言え再び甲羅上に取り付かれれば、機銃で迎撃できない以上、その機銃たちが破壊されるのは確実だ。
そうと分かれば、引き付けて機銃ごと、と言うのは十分あり得る。
甲羅や機銃がどの程度の時間を置けば回復するのかは分からないが、シグルたちは死んでしまえばもう、それでおしまいだ。
「だからこれからは下から攻めよう。機銃の射線に入るけど、最初の攻撃で減らせはしたし、威力はこっちの方が低いみたいだ」
『ルスティ・ワン、了解だ。ルスティ・ツーを下げて、すぐ合流する』
「頼む。機銃を無力化したら、もう一度スヴィティを使う。……行くぞ」
アルクが頷き、ユースが通信で応じた直後、シグルは木の枝を降りて地面を駆けだす。
当然機銃がこちらを捉えるが、むざむざ当たってやるつもりはない。
「ユース!」
『おう!』
シグルに向いていた機銃をユースが拳銃で破壊し、マズルフラッシュのした方に向いた機銃をシグルとアルクが破壊する。
主砲相手は無理だが、小さな機銃くらいならBBで強化した拳銃でも壊せる。
「アルク、横に跳べ!」
「きゃ……!?」
砲亀種の上の方の甲羅から機銃がせり出し、警告の直後に光が弾ける。
ギリギリのところで跳ねたアルクの足元を穿つそれを、シグルが正確に狙い撃った。
「ありがと、シグル!」
「礼はいい、次が来るぞ!」
砲亀種は旅客機並みの大きさを誇る。
最初の攻撃と主砲狙いで外れたヴェルグ班の砲撃で機銃はそれなりに数を減らしているが、それでも上の方にまだいくつか残っている。
あれは拳銃では少し、狙いが付けにくい。
『任せてよ、ウールヴ・ワン』
アルクより落ち着いた女性の声が聞こえた直後、山なりの弾道を描く光が機銃に命中し、爆発する。
「ヴェルグ・ワン。片付いたんだな」
『ええ。少し引き剥がされたけど、ハウンド班もそっちに向かってる』
その言葉の直後、言葉通りに木の影からハウンド班の面々が姿を現した。
スヴィティを最初から持たず、狼種狩りのためのアサルトライフルを手にして。
「上の方は任せろ!」
ハウンド・ワン。シグルたちよりやや年上の、今はもう成人した元少年兵が笑って言う。
「任せた。アルク、ユース、俺たちは下だ」
「オッケー!」
「さっさと減らしちまおう」
頷く2人を引き連れて、シグルは弾幕を縫って木々を駆ける。
確認されている砲亀種の機銃は、既に7割ほど損耗させた。
シグルたち個々の火力は微々たるものだが、ヴェルグ班の援護砲撃があるのが心強い。
「散開!」
シグルの声に砲亀種に取り付く面々が退き、直後に戦車砲が飛来する。
「これで下を狙える機銃は──ッ!?」
破壊した、と続けようとした矢先、砲亀種が動きを変えた。
巨体に対しては短く、けれどシグルたちからしたら長大な四肢が蠢き、首狩りの鎌のように振るわれる。
予備動作も大きく狙いも明確だ。回避指示など出すまでもなく、横薙ぎの範囲内にいた面々が跳ねて避け──。
取り付いたシグルたちを狙える俯角がない、けれど跳ねれば当たるそんな位置にある残存する機銃が火を噴いた。
「しまっ……」
ウルフヘズナルを展開するも、足場が無いため衝撃を逃がすことができずに吹き飛ばされる。
嫌な音がして一瞥すれば、手から滑り落ちた拳銃が機銃の弾丸を受けて破壊されてしまった。
「痛っ……」
『ウールヴ・ワン! 無事か!』
打ち付けた後頭部をさすっていると、通信機にヴェルグ・ワンの声が響く。
無事と言えば無事だが、これはかなり痛い。
だが。
「ああ……問題ない」
痛いだけで死にはしないし、戦闘を抜けるようなダメージでもない。
「ただちょっと……先が見えてなかった」
砲亀種の機銃をあらかた無力化して、ようやくもう一度取り付けると思った矢先だ。
とは言え油断していたのは事実で、シグルは頬を叩いて気合を入れ直す。
「この際だ。見えてる機銃は全部潰そう。頼めるか?」
『頼めるかも何も、やるしかないでしょ? ウールヴ・ワン』
シグルの口癖のようなものである言い回しで応じ、直後に砲弾が降り注ぐ。
「各位、作戦は変わらず──」
『アスガルド司令部からビーストハント隊各位! レーダーが獣棲圏から新たに進出してくる害獣を探知した!』
シグルの言葉に割り込む通信に、歴戦の少年兵たちが僅かに息を呑む。
このタイミングで、新たな鎧獣。
手薄になったアスガルド基地を攻めるためか? それとも──。
『砲亀種の援護と思われる! 会敵まであと8分!』
「15キロメートルを8分!?」
通信機ではなく直接のアルクの声が聞こえ、シグルは思わず足元を見やる。
いつの間にか足元にアルクが来ていた。
「てことは……えっと……?」
『時速112キロメートルね』
首を傾げるアルクにヴェルグ・ワンが応じるのを聞きながら、シグルは司令部へ問い掛ける。
時速112キロメートルで獣棲圏から飛び出してきたそれは、恐らく。
「戦鳥種だな?」
『そのようだ。現在防衛任務に当てているビーストハント隊を向かわせる準備をしているが……』
シグルたちに代わってアスガルド基地で待機している他基地所属のビーストハント隊は、ここまで約35キロメートル。それに対し戦鳥種は約15キロメートルで、遮るもの1つない空を。
「戦鳥種の方がどう考えても先に来る……」
『砲亀種の相手をしながら戦鳥種とも戦うってのは、ちょっときつくないか?』
通信でそう言うのは、四肢の範囲外に逃れて待機しているハウンド・ワンだ。
戦鳥種はいわゆる戦闘機のような存在で、高い機動力と機関銃を持つ厄介な存在だ。
この森は木々があるおかげで隠れることはできるが、戦鳥種は射撃種全体で見ても高貫通な機銃を持ち、恐らく射線そのものは遮れない。
その上戦鳥種はハチドリのようにホバリングが可能で、弾幕を張られるとかなり厄介なことになる。
「同意見です。でも、ここで退いて、砲亀種の前進を許すわけにもいきません」
じゃあ、と短くアルクが呟く声がした。
枝の下を見下ろせば、琥珀色の瞳がシグルを見上げている。
「ああ。会敵までの8……いや、7分で砲亀種を倒そう。……何が何でも」
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