第7話 機甲兵器Ⅱ

「──それじゃ、作戦を説明する」

 ビーストハント隊を集結させ、再び足を運んだ作戦指令室。

 今度はスクリーンの隣に立って、シグルは集まった面々を見返した。

「再確認だが、現在稼働状態の班は4班。そして作戦だけど、ウールヴ班、ハウンド班、ルスティ班が前衛だ」

 ハウンドは犬の、ルスティは猪の因子を持つBB使いたちの班で、班を構成するメンバーが同じ姓を持つ部隊。つまり、3人が同じBBを持つ部隊というわけだ。

 ビーストハントの隊構成では本人たちの相性も加味されるが、最優先の基準は同じBB

であるか否かだ。

 だから新人のアルクが隊長のシグルの班に配属されるという事例も起こる。

 ちなみにユースは、アスガルド基地には馬の因子を持つBB使いが他にいないためにシグルの班に所属している。


「そしてヴェルグ班。キミたちには狙撃による主砲の破壊を任せたい」

 そう言えば、ヴェルグ班班長の女性隊員は、グッと親指を立てて頷く。

「頼んだ。で、砲身破壊後、俺たち前衛担当が取りついて仕留める。その間周辺の機甲部隊が作戦域の封鎖を実施するが……まぁ、どの程度保つかは、敵種次第だろうな」

 その後もいくつか説明をし、それが終わったタイミングでアルクが手を挙げた。

「はい、質問!」

 元気よく声を上げるアルクに微笑んで促せば、アルクはこの場にいる面々を見回してからこてんと首を傾げた。

「第1分隊総出で砲亀種の討伐にかかるのは分かったんだけど、そうなるとアスガルド周辺の防衛はどうするの?」

 土曜日の今日、アスガルド基地には第2分隊がいない。そのため第1分隊総出で出撃すると、当然ビーストハント隊が留守になる形になってしまう。


「第2分隊を呼び戻すのだと時間がかかる」

 一応何かあれば呼び出されるということは全員承知だが、とは言え休暇は休暇だし、それは最終手段だ。

 国防の要を担う軍人、それもビーストハントという希少性の高い特殊部隊とはいえ、福利厚生はしっかりしていなくては運用がままならなくなる。

「ので、他戦線の手すきのビーストハントに作戦の間は防衛を任せることになった。彼らが到着し次第、砲亀種討伐作戦が開始されることになってる」

「そっか。了解だよ!」

「他に質問のある奴は?」

  作戦指令室を見回しても、誰も手を挙げることはない。

 ならば。

「作戦の説明は以上だ。各自、準備に取り掛かってくれ」


『アスガルド司令部より各隊』

 砲亀種の第1射から7時間が経過した昼過ぎ。

 木々の間を静かに走りながら、シグルは司令部からの通信に耳を傾ける。

『ヴェルグ班が配置に着いた。ウールヴ、ハウンド、ルスティ班が配置に着き次第作戦を開始する』

「ウールヴ・ワンからアスガルド司令部。あと5分で配置に着く」

 ウールヴ・ワンはシグルのコールサインだ。

 1班での哨戒任務などでは面倒なので使わないが、他部隊も絡む作戦にもなるとそういうわけにもいかない。

『アスガルド司令部、了解』

 

 シグルたちが現在いるのは、アスガルド基地から35キロメートル地点。

 ミクストラ軍の砲撃を受けながらも、砲亀種は強引に前進してきているのだ。

「砲亀種をこれ以上前進させるわけにはいかない。あれの前進を許せば、アスガルドはすぐに射程内だ」

 事実、5年前はアスガルドの街は20キロメートル地点に前進してきた砲亀種に破壊された。

 当時は獣棲圏から狼種と鳥獣種が今より大量に押し寄せ、旧ラシャベルツ市周辺は獣たちに制圧されていたため、むざむざと砲撃を喰らってしまったのだ。


 5年かけてそれらの地域を奪還してなお、アスガルドより先に新たな基地を建設せず、仮設基地で防御陣地を構成しているのには、獣征圏との距離が関係している。

 砲亀種以外にも獣棲圏には厄介な鎧獣が多い。

 5年前に旧ラシャベルツ市周辺を徘徊していて、高機動と鎧殻による射撃が可能な戦鳥種がその最たる例だ。

 獣棲圏と基地が近ければ近いほど、迎撃は難しくなる。


「……ウールヴ・ワンからアスガルド司令部。……配置に着いた」

 前進してきた砲亀種がいる森の中、砲亀種から2000メートル地点の木の上で、シグルは司令部へ報告する。

『了解した。ヴェルグ班、砲撃用意』

『了解。グランニルとの接続を開始します』

 ヴェルグ・ワンの言葉の後、ややあって『接続完了』の声が通信を駆ける。


『──作戦開始』

 その短い言葉の直後、シグルたちの後方から一筋の光が駆け抜け、展開中だった砲亀種の甲羅を叩いた。

 ──ミクストラ主力戦車、グランニルの持つ120ミリ滑腔砲だ。ただし、射手は機甲部隊ではない。

 弾着に遅れて砲声が聞こえ、それから再び光が木々の間を縫った。

 再び弾着。今度は砲身を穿ち、瞬間蓄積された鎧殻が暴発したように爆発した。


 ヴェルグは鷹であり、鷹に限らず鳥類は目が良い。

 その目の良さと、自身の所持しているものに力を付与できるBBの特徴を活かした砲撃。

 通常兵器では分厚い鎧殻を撃ち抜くことはできないが、獣の特性を付与された兵器は通常兵器の域を出ている。

 そして砲身を破壊した直後、つまりはもっとも脅威となる要素を削ってからが、シグルたちの出番だ。


「行くぞ!」

 シグルの声に応じ、3班9人のBB使い──いや、3班9体の獣が木々の中を疾駆する。

 そして砲亀種を囲うように展開していた狼種を始めとする雑兵たちが、それを迎え打たんと動き出した。

 それを見て、シグルたちは即座に散開。

 砲亀種を随伴する鎧獣たちが護衛しているのは当然分かっていて、役割分担を決めてある。


「シッ!」

 先行するハウンド班が狼種に襲い掛かり、その機動力を持って露払いを行う。

 ウールヴ、ルスティ班はハウンド班が明けた風穴を突っ切り、狼種などお構いなしに砲亀種へ走る。

 とは言えただまっすぐ突っ込んでは、各部の甲羅に格納された機銃の的だ。

 だから。


「よっ……と!」

 シグルは地を蹴り、木の枝へ跳び移る。

 他の班員も同じように跳び移り、そこから砲亀種の上部へ飛び出した。

「急がば回れって、獣には通じねぇんだろうな!」

 ルスティ・ワンが嗤いながら言い、2班が同時に飛びついた。

 上面攻撃トップアタック。対戦車戦において、装甲の薄い上面から攻める常套手段。

 だが今回は少し事情が違う。

 砲亀種はその体の上下に甲羅を持っていて、硬度だけなら地上から手足を狙った方がマシだ。

 にも関わらず上から攻める理由は、砲亀種の砲身にある。


「森を迂回すれば、こうはならなかったのにな」

 低く呟くシグルは甲羅に着地、同時に左腕に装備した、縦長い箱のような特殊兵装の矛先を足元へ。

 砲亀種の持つ砲身は全て、甲羅を押し上げて展開するものだ。

 そのため上部からの攻撃に強く、半球のおかげで俯角は十分とれる。

 しかし仰角は違う。装甲が干渉して、砲身がほとんど上を向けないのだ。

 だからある程度の高さから仕掛ければ、迎撃されにくい。

 そして。


 甲羅の上面に取り付いた6人が、一斉に引き金を引く。

 直後に放たれたのは、弾丸ではなく鉄杭パイルだ。

 試作型対鎧獣杭打機、スヴィティ。

 ウールヴの姓を持つシグルやアルクが使うにはいささか皮肉の効いた名前を持つそれは、アスガルド基地でグレンが発案した重装甲鎧獣への対抗手段だ。

 パイルドライバーとはそもそも炸薬を用いて内蔵した杭を打ち出すもので、貫徹力に秀でている。

 それをBBで強化すれば分厚い鎧殻を纏った鎧獣も、体皮や外殻の厚い鎧獣も倒せるという、そんな理由で。

 もちろん欠点もあって、射程がほぼ無に等しいとか、打ち出したパイルを引き戻す機構がまだ無いためパージせざるを得ないとか、それならもう銃でいいとか散々な言われようである。


 とは言え。

 既存の銃よりも大きい、片腕に括り付けて運用するほどに大きなそれは、破壊力も相応だ。

「──■■■!」

 言語化できないような呻き声を砲亀種が上げ、砲身ごと貫かれた体から血を流す。

 装填リロードの手間はあるが、スヴィティは有効のようだ。

「ウールヴ班が引き付ける! ルスティ班はリロードを!」

「了解だ!」

 ルスティ班が木々に跳び移って行くのを見て、シグルは狼牙を腕に纏う。

 リロードの間、砲亀種の注意を引きつけなければ──。


「ッ! 2人とも、危ない!」

 瞬間、アルクの声がして、咄嗟にシグルは跳躍する。

 彼女が視線を向けた先、破壊したはずの甲羅の内に──何かが見えた。

「ウルフヘズ──」

 その言葉を遮るように発光。直後弾けた光の濁流が、シグルたちを飲み込んだ。

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