第6話 機甲兵器Ⅰ
「ってて……」
激しく待った土埃の中、シグルは全身の痛みに堪えながら呻いて目を開ける。
突然頭上から襲い掛かった光の散弾。あれは──。
「砲撃種、だよな」
同じように痛みに顔を顰めながらユースが言う。
「ミズガルズのおかげで多少マシだけどよ」
「こっちもウルフヘズナルのおかげで致命傷は避けた。……アルクは?」
「いったた……。私も大丈夫。……いや、致命傷じゃないってだけですんごい痛いけど」
ミズガルズもウルフヘズナルも、BBを用いた防御用の技だ。
「砲撃種って、今度こそアスガルドの街を壊したっていう……?」
「ああ、間違いねぇ。……ミサイルの一斉射で死なねぇ本物のバケモンさ」
ユースの言うミサイルの一斉射は、5年前にアスガルドの街が砲撃にさらされた直後に行われたものだ。
鎧獣相手には基本的にミサイルを用いていない。
確かにミサイルは破壊力も誘導能力も優秀で、狼種を屠るくらいわけないだろう。
だが狼種はあくまで雑兵、人間の軍隊に置き換えれば歩兵だ。
戦争において、歩兵1人をミサイルで迎撃することはほぼない。
だから対獣戦線ではほとんどミサイルを使用しない。
にも拘わらずそれを使った、しかも一斉射と称されるほどの物量で。
それはつまり、砲撃種がそれだけ巨大で強敵で驚異的であることを示していた。
「こちらウールヴ班、アスガルド司令部」
『こちらアスガルド司令部。砲撃種の攻撃は既に報告を受けている』
「距離は?」
『正確な数字ではないが、恐らく20キロメートル。ギリギリ獣棲圏の外だ』
「わざわざ外からってことは、20キロメートルが奴の最大射程ってことか……?」
『恐らくは』
その言葉を聞きながら、シグルは辺りを見回した。
機甲部隊が聞いたという倒木の音と、その原因。
「試し撃ち……だったのか?」
「連中の射撃は実弾じゃなくて鎧殻……つまりはエネルギー弾だ。どの程度の量でどのくらいの火力になるか、調整はお手の物だろうさ」
ユースの言葉を受け、シグルは思考する。
恐らく明け方、砲撃種は試射をしている。
威力を最低にし、空中で弾ける散弾が木の枝や幹を貫く程度に弱くしたのだろう。
エネルギー弾は着弾地点を貫通するだけで爆発しない。だから威力を抑えてしまえば派手な音は鳴らず、存在が露呈しにくい。
「厄介だな……。とにかく、次の砲撃までインターバルがあるだろうから、今は目の前の敵に集中しようぜ」
「だな。アルク、行けるか?」
「うん、大丈夫!」
頷くアルクに微笑みかけ、シグルたちは残存する狼種と射狼種を撃滅していく。
射撃種、砲撃種は必ず身に纏う鎧殻を弾丸として消費するため、弾丸の威力を上げれば上げるほど、射程を伸ばせば伸ばすほど、射撃間隔は長くなる。
そして砲撃種は現在、1個体しか確認されていない。
奴が同じタイミングに複数の戦線に現れたという報告もないため、それは間違っていないだろう。
それから狼種と射狼種を撃滅したシグルたちは、機甲部隊に後処理を任せてアスガルド基地への帰路に就いた。
基地に戻ったシグルは、大して休む間もなく作戦指令室に呼び出される。
議題は当然、砲撃種への対応だ。
「これが、監視衛星が捉えた砲撃種──
真四角で薄暗い作戦指令室の最奥。壁面スクリーンに表示される映像に、シグルは思わず顔を顰めた。
知識として、知ってはいた。
それが鎧獣における陸戦の王であることと、そう称される理由も。
画面にでかでかと映るのは、旅客機ほどにデカいその図体と、それを覆う甲羅だ。
監視衛星の映像の隣に、新たな画像が表示される。
今より5年前、アスガルドの街が砲撃された際に撮影した真正面、側面からの画像だ。
砲亀種──つまり、亀だ。現在人類側が確認している唯一の砲撃種であり、ミサイルの一斉射でも追い返すことしかできなかった陸亀。
それが、砲亀種。
亀は獣なのかというツッコミは、それを言ったところで砲亀種が消えるわけでもないので誰も口にしない。
「第1射から1時間。ミサイルと自走砲による攻撃を継続していますが、効果は然程見られません。一応、砲亀種の砲撃を阻止する程度には命中しているのですが……」
スクリーンの隣に立つ士官の言葉に、アスガルド基地の司令は深々と溜息を吐く。
「まるで移動要塞だな」
その感想は、なるほどこの場にいる全員が揃って抱いているものだ。
砲亀種は椎甲板の内側にある砲身を椎甲板ごと持ち上げて展開させるタイプで、甲羅の内に格納されてしまうと砲身を破壊することができない。
だから攻撃している内は甲羅を展開させずにいることができるが、その甲羅を貫くことが現状できていない。
この甲羅、単純に戦車の前面装甲以上に堅牢なのだ。
「装甲薄いのが射撃種の弱点だというのに、こうも堅牢ではやっていられん」
「──ですが、倒さなくちゃいけない。ですよね?」
「そうだ。ビーストハント隊長」
司令の目が、鋭くシグルを見る。
ウールヴ班班長、第1分隊の分隊長──そしてビーストハント隊の隊長であるシグルを。
「そしてそのためには、キミたちの力が必要だ。……やってくれるか?」
「やってくれるかもなにも、やるしかないでしょう?」
元よりアレは獣の獲物だし、上層部の司令を断ることは軍人であるシグルにはできない。
「そうだ。……取り急ぎ、準備に取り掛かれ」
「──と、言うわけで。第1分隊は哨戒任務と起動防御の任を一時的に解かれ、砲亀種攻撃作戦の先鋒を勤めることになったから」
「呼び出しから戻ってきて開口一番にそれかよ。ま、分かっちゃいたけどよ」
作戦指令室からビーストハント隊の隊舎へ戻ってきてすぐ、ロビーで遭遇したユースは呆れた顔を隠さずに言う。
「まぁ俺たち以外にアレを相手取れるやつなんていないからな」
5年前は爆撃機による爆撃も行われたが、空中であっさり撃ち落とされてその計画は頓挫した。
ミサイルでも無理なのだ。足の遅い爆撃機など的でしかない。
「そういうわけで第1分隊は総員集合──っと、アルク」
他の隊員を呼びに行こうとしたところで、女子棟からアルクが顔を覗かせた。
「ん、呼び出し? 私呼んで来ようか?」
「頼む。ありがとな」
アルクがぱたぱたと引き返していくのを見送ると、その背を見ていたユースが静かに口を開く。
「アイツも連れて行くのか?」
「何言ってるんだよ。作戦だ。当然だろ?」
「アイツはまだ経験が浅い。居てもいなくても変わらねぇだろうし、だったら置いてった方が今後のためにも──」
「今後ってなんだよ、ユース」
ユースの言葉を遮り、シグルは言う。
「俺たちはいつ死ぬかも分からないビーストハントだぞ。今後っていうなら、それこそ今後の作戦のためにも経験は積んでおくべきだろ?」
「そりゃあ、そうだけどよ……」
ユースは歯切れ悪く答え、目を逸らす。
こんな口調でぶっきらぼうな態度で、それでいてどうしてこいつは。
「俺たちは等しく獣だ。夢があるとか無いとか、そんなもの関係ない。──夢半ばで死ぬなんてことはな、ユース。夢を抱いた奴が悪いんだよ」
男子連中を呼びに行くと男子棟へ歩いていくシグルを見て、ユースは静かに息を吐く。
「──俺たちが捨てちまったモンをまだ持ってるんだぞ」
シグルの言いたいことが分からないわけではない。
夢を抱かなければ、それを悔いて死ぬこともない。
だがそれでも。
「俺たちは獣だが、同時に人間でもあるんだ」
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