第5話 射狼の襲来
「じゃあお願いします、ロジェさん」
「ああ、分かった。ちゃんと渡すさ」
アルクが配属された週の週末、まだ朝陽が昇り始めたばかりの時間帯に、シグルはアルクと共にミクストラの街々へ向かうバスの前に居た。
アルクの言葉に頷くのは、休暇で街に戻る第2分隊のロジェだ。
シグルよりも高い180センチの長身の男で、年齢もビーストハントでは上から数えた方が早い23歳。
それでも他の隊員から呼び捨てにされるのは、少し頼りないせい弱気な性格のせいだったりする。
シグルたちが見送る中、バスは数十キロ先の街へ走り去っていった。
「一応、ロジェが渡すってことは伝えてあるんだよな?」
「うん、メッセージ送ったから大丈夫!」
「そっか。なら戻ろう。そろそろ朝食の時間だ」
「はいはーい!」
笑顔で頷くアルクと共に食堂へ行けば、見送りには来なかったユースが丁度居て、その正面にトレーを持って腰かけた。
アスガルド基地では、というか軍隊の基地では大体朝食はバイキング形式で、メインはパンやパスタ、あまり人気のないオートミールなど数種類から選択できる。
野菜に関してもレタス、トマト、コーンなど種類があり、さらにフルーツの類もあってアルクは桃を多めによそっている。好きなのだろうか。
「おはよう、ユース」
「ユース、おはよう!」
「おう、おはようさん」
軽く挨拶をして、手に取ったパンを齧る。
特別美味しいわけでもないが、鎧獣の動きが活発で基地外で野営しなければならないときに食べるレーションより数倍もマシなので文句はない。
まだ鎧獣が人を襲い始める前、人類同士で戦争をしていたときの軍人はしょっちゅうレーションを食べさせられていたようで、シグルは軍人だった祖父からその話をよく聞かされていた。
ちなみにアスガルド基地と獣棲圏最東端の間50キロメートル、アスガルド基地から30キロメートル地点に一定間隔で待機している機甲部隊は移動可能な簡易式食堂を設置していて、そちらも非常時以外は通常の料理を食べている。
「そういや聞いたか? 明け方、ポイント205の機甲部隊が妙な音を聞いたって」
「音? いや、聞いてないけど」
オムレツを食べる手を止めたユースの言葉に、シグルは首を横に振る。
ポイント205は、旧ラシャベルツ市から南に10キロほど離れた場所だ。
先日のフェルニ班救援任務の際にも付近で待機していた。
旧ラシャベルツ市内に侵入しなかったのは、BB使いのフェルニ班があっさりやられた可能性のある戦場に戦車を投入しても無駄死にする可能性が高かったからだ。
ミクストラ主力戦車に限らず、戦車の上部は装甲が薄い。
そのため高層ビルが建つ旧ラシャベルツ市に戦車を投入すると、頭上からの
と言うか実際、それで何十両も破壊されている。
「地響きみたいな音がしたって、それで警戒態勢に入ったんだとさ」
「でも俺たちにスクランブル要請はなかったし、戦闘報告も受けてないぞ」
「ああ、結果的に言えば戦闘は起こらなかったからな」
「ん? ひゃあほのおほって……」
「飲み込んでからにしろ」
呆れ顔を浮かべるユースの言葉に、アルクがコクコクと頷く。
「で、それじゃあ結局地響きって何だったの?」
「倒木らしい。あの辺、戦闘の余波やら元々樹齢の長い木が多いやらで、折れそうなのがあるのを確認してたらしい」
今朝起きたとき、すれ違った指令所の管制官が深々と溜息を吐いていたので聞いてみたら、そんな話をされたという。
「紛らわしいってぼやいてたよ」
「へぇ。でもまぁ何ともないなら良かったんじゃないか?」
「うんう──」
アルクの言葉を遮るように、基地内に鋭い音が響き渡る。
熟睡している兵士すら叩き起こすその音は、警戒用のレーダーが敵襲を感知、機甲部隊と接敵する際の警告音だ。
「っと、言ってるそばからこれだよ」
「食べてる最中なのにー!」
ユースとアルクがぶつぶつと文句を言うのを聞きながら、シグルは立ち上がって背もたれにかけていた軍服の上着を羽織う。
トレーやら料理やらを置き去りに歩き去る姿を、複雑そうな顔をした給仕班が眺めていて、手刀を切って謝罪して足早に食堂を後にする。
一刻を争うこの状態で、後片付けをしている余裕はない。
「中尉! 車両を!」
グレンがグッと親指を立てるので、シグルたちは装甲車の後部ハッチへ駆けこんでシートに座った。
「ウールヴ班、出るぞ!」
『了解。ハウンド班はいつでもでれる状態で待機しとくよ』
通信に割り込む同僚の言葉に短く答え、同時に装甲車がエンジン音を響かせて動き始めた。
司令部からの通信によれば、接敵予想地点はポイント205──件の倒木のあった場所だ。
旧ラシャベルツ市の近くなので、到着まで約20分ほどだ。
「205の機甲部隊はなんて?」
『狼種が30、その後ろから射撃種が20だそうです』
装甲車内のホロウィンドウに、機甲部隊のガンカメラの映像が映し出される。
密林を駆ける四足の獣は、ただの狼種だけではない。
その背後、木々の闇の中から姿を覗かせるのは、単銃身の砲身を背負う狼種の亜種。
鎧獣が身にまとう鎧殻を弾丸として放つ、人類の武器を模した獣の知恵。
「射撃種……! アスガルドの街を壊した奴と同じのがこんなに……!?」
「いや、そいつは似て非なる砲撃種だ。だが……まぁ、厄介なのは同じだな」
どうするシグル、とユースは視線を向けてくる。
どうするもなにも。
「機甲部隊が止めてる間に横から食い破る」
ポイント205は森林に面した丘陵地帯だ。
主力戦車群はそれぞれ稜線を利用したハルダウンで迎え撃ち、仮設拠点からの砲撃も交えての防衛戦を展開している。
真正面から破られるまで、まだ多少の猶予はあるだろう。
特に森林を出てしまえば、いかな鎧獣と言えど戦車砲の的でしかない。
「了解だ。優先目標は射狼種でいいな?」
「当然。あれさえ倒せば、狼種は戦車でどうとでもなる」
短いやり取りの後、装甲車はポイント205を迂回し、鎧獣たちの側面を突ける位置でシグルたちは降車する。
鎧獣たちとの距離はおよそ1000メートル。鼻が効く獣と言えど、飛び交う砲弾の硝煙の匂いのせいでシグルたちには気がついていないようだった。
「よし……行くぞ!」
3人は同時にBBを発動し、シグルとアルクが木の上へ。ユースがそのまま大地を駆ける。
ここでようやく鎧獣たちがユースの接近に気がつき、射狼種の砲身がユースに向く。
一拍間を開けて砲声が鳴った。
しかしユースはそれを軽々と避け、木々の間を走り抜けていく。
ユースのBBは馬だ。その脚力にものを言わせた疾走で、鎧獣たちの意識を引き付ける。
そしてその隙に、2匹のウールヴが上方から襲い掛かった。
「シッ!」
「ええいッ!」
シグルは狼牙を用い、アルクは身に着けているものにも力を与えられる特性を活かし、大振りのナイフを振りかぶる。
アルクはまだシグルのように、四肢から牙の力を使うイメージができていない。
だから腕の延長線上にあるナイフにも、狼爪のイメージを付与していた。
狼の爪は本来、積極的に他者を傷付けるためのものではない。
とは言え獣の要素を付与されたナイフは鎧獣の纏う鎧殻を破りうるだけの力を得る。
「やッ!」
着地と同時に横薙ぎを繰り出したアルクのナイフが、跳び上がった狼種の鼻っ面を斬る。
そんなアルクに砲口を向けた射狼種をシグルの蹴りが吹き飛ばし、辺りは敵味方が入り混じった混戦になる。
そしてそれが、シグルたちの目的だ。
この状況では射狼種も下手に撃つことができず、そうなれば実は通常の狼種より弱いのが射狼種だ。
射狼種に限らず射撃種に大別される鎧獣は、自身が身に纏う鎧殻を弾丸とする。
そのため身を守る鎧殻が薄くなり、脆いのだ。
「こうなりゃ後は、機甲部隊の立て直しを待つだけだな!」
「冗談! 立て直しなんか待たなくても、私たちだけで倒しきれるって!」
馬の特性を得て途轍もなく強化された蹴りを放つユースに、アルクが獰猛に笑って応じる。
──アルクは戦場への適応が早い。けれどその分、獣に強く引っ張られているのかもしれない。
そんなことを考えていたシグルは、急な悪寒に襲われて身震いする。
肌を金属が撫でるような、嫌な感覚だ。
直感が示すのは、遥か頭上──否、放物線を描くその軌道。
刹那、頭上で妖しく光りが弾ける。
「ッ! 対砲撃防御!」
次の瞬間、シグルたちの体を激しい痛みが駆け抜けた。
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