第4話 アスガルド

「結局、こんな時間になったな」

「ああ。おかげで腹減った」

 フェルニ班の救援から哨戒任務へスライドしたシグルたちが、駐在するアスガルド基地へ帰還したのは、14時を過ぎたころだった。

 旧ラシャベルツ市の戦闘で狼種や熊種を殺し、逆に殺された仲間の遺体を見たばかりだというのにこんなことが言えるのは、シグルたちが少年兵として擦り切れているから──というだけではない。

「私もお腹空いたなー。BB使うとすぐお腹空いちゃうよね」


 不謹慎というか無遠慮と言うか、とにかくこういう感性はBB使い共通のものだ。

 その身に人ならざるモノの因子を内包する彼らは、生物の生き死にに対して良く言えば耐性があり、悪く言えば鈍感だ。

 もっとも、BB使いに限らず兵士とはこういう職種であり、死人のでる戦場で生活するのだからいずれ慣れるし、慣れなくてはやっていけない。


 ハンガーに装甲車が収まると後部ハッチが開き、シグルとユースが黒い袋を持って降車する。

「おう、帰ったか」

 野太い声がして顔を向けると、ガタイの良い軍用の作業着姿の男が1人、こちらに手を振って歩いてくるところだった。

 同じミクストラの、けれどシグルたちとは違う純粋な人間。

「戻りました、中尉」

 グレン・オルクス技術中尉。アスガルド基地の技術関連部署を束ねる人間で、ビーストハント隊が使用している備品についても彼の管轄だ。


「フェルニ班、残念だったな」

「ええ。あの街はオーラ……鎧殻が濃いせいでレーダーが機能してませんでした。それで熊種の奇襲を防げなかったんでしょう」

 鎧殻は鎧獣が纏うオーラのことだ。

 鎧獣は当然ながら生物なので、生体反応を感知するレーダーに引っかかる。

 そのため獣棲圏との境界線の至る所には、警戒用のレーダーが設置されていて、その反応に基づいて迎撃に出ることもままある。

 とは言えそれが常に万全に機能しているのかと聞かれれば首を横に振るしかないのが現状で、今回のように鎧殻が濃すぎてレーダーが使えず、人力での哨戒を必要とすることもあった。


「……それを俺に言っても、どうにもなんねぇぞ」

「またまた。中尉は技術者ですよね? 何とか鎧殻の濃い場所でも使えるレーダー、作ってくださいよ」

「俺はメンテ専門だ! 新しいモン作るのは無理だっての」

「まぁまぁ。そう言わずに。なら現存している機種の改造でも構いませんから」

「それができたら苦労しねぇっての!」

 すり寄るシグルを鬱陶し気に払い除け、それからグレンはバツが悪そうに溜息を吐く。

「まぁ、哨戒で死人が出るのは初めてじゃねぇ。一応俺の方で手を尽くすし、上にも報告しちゃみるがな。期待はすんなよ」

「ありがとうございます、中尉」


「……言いくるめられちゃった」

「シグルは口が達者だからな。ことあるごとにああやって人を動かすのさ」

 歩き去って行くグレンを見たアルクの呟きに、ユースが肩をすくめて応じる。

 人を動かすとは聞こえが悪い。

 シグルはただ、必要なことをそれができる人間に催促しているだけだ。

 ──言い直してもあまり言いようには聞こえなそうなので、口にはしないが。

「フェルニを運んだら、飯にしよう。次の出撃がいつになるか分からないから」

 そう言うシグルが顔を向けた先、ハンガーの前を輸送トラックが駆け抜けていく。

 向かっていく先にあるのは、駐留する戦車連隊の格納庫のある方だ。

 アスガルド基地にはシグルたちビーストハントの他に、ミクストラの主力戦車、装甲車などで構成された機甲部隊があり、人類圏と獣棲圏の境界付近に防御陣地を構築し、鎧獣の襲来に備えている。

 

「そう言えばアルク。俺たちが出撃から戻ってきたとき、アスガルドの街の方にいたのはどうしてなんだ?」

 遺体袋を霊安室へ運んだ帰り道、ふと思い出した疑問を問う。

 アルクを始めとする補充要因が配属される日付は予め決まっていて、当然シグルたちも通知を受けている。

 本来なら出迎える予定だったが、件の機甲部隊の防御陣地に敵襲を受け、その援護に向かったために留守にしてしまった。

 その援護から戻ってきて基地の人間に尋ねると、ビーストハントの新人は基地の外、廃墟の方へ向かったと聞かされたのだ。

「えっと、私の友達がさ、小さいときアスガルドの街に住んでたみたいなの」

 アスガルドが廃墟となったのは、今から5年程前だ。

 聞いた話によれば、獣棲圏からの砲撃で街は破壊され、住民たちにも多くの犠牲を出したとか。


「で、その子は避難のとき、祖父母からプレゼントされたっていうオルゴールを置いてきちゃったんだって」

「探してきてくれって言われた?」

「ううん、私が勝手に探しに出たの。その子の家、基地のすぐ近くだったから」

 なるほどそれで、アルクは基地の外へ。

 それでオルゴールは見つかったのかと聞こうとして、装甲車に飛び乗った後、アルクが車内に古びた箱を置いていたのを思い出した。

 そのときは深く追求しなかったが、恐らくそれが。

 そう考えていると、アルクが戦闘服のポケットから、手の平より少し大きいくらいの箱を取り出した。

「やっぱりそれが」

「うん。見つかってよかった」

 アルクは手の平の上の箱──オルゴールを優しく撫でる。

 長らく放置されていたので汚れてはいるが、破損は見られない。


「なら、今度後送される部隊員に預けようか? 休暇のタイミングだと、まだ少し先になるし」

 鎧獣狩りに朝も昼も夜も、平日も休日もない。

 アスガルド基地に所属しているビーストハント隊は30人を定数とする小隊で、それを15人ずつの2分隊に分け、さらにそこからBBの特性や本人たちの相性も加味した3人5班に細分化されている。

 そしてビーストハント隊は完全週休2日制ではあるが、30人全員が一度に基地を留守にするわけにはいかない。

 そのため、ある週は第1分隊が基地内待機。その翌週は第2分隊が基地内待機というローテーションが組まれているのだ。

 そして今週は、シグルたち第1分隊が基地内待機の週だ。


「うーん……そうね、そうするわ。早く届けてあげたいし」

「分かった。じゃあ後送される隊員か、休暇で街に戻れる第2分隊の誰かに伝えておこう」

「うん、ありがと!」

「アルクの友達ってことは、同じ街に住んでるんだよな?」

「ならロジェに預けりゃいいだろ」

 シグルの問いかけにアルクが頷くと、頭の後ろで腕を組んでいたユースが応じる。

 アルクがどの街に住んでいるのかは人事ファイルで見て知っていて、ロジェというのはその街の近くに住んでいる第2分隊員だ。

「ならお昼食べた後、ロジェって人の所に案内してもらっていい? 頼むなら、直接お願いするべきだろうし」

「ああ、構わないよ」

 午後は第2分隊が即応待機で、つまり今ロジェの班はいつでも出撃できるように待機しているわけだが、そのくらいならいいだろうとシグルは頷く。

 獣の命は短い。できることは、できる内にしておくべきだろう。

 口にはせず、けれどシグルは心の内で呟いた。

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