第2話 獣の牙

「残りもって言ってるそばから出てきやがった」

 雪の降る旧ラシャベルツ市、その中心にある大きな交差点。

 狼種鎧獣を一匹仕留めた直後、他のビルから次々と狼種が姿を現し、こちらに迫って来ている。その数、大よそ20匹。

「昼時を過ぎる前に片付けちまいたいな」

 そんなユースの呟きに、シグルは頷いて拳銃を抜く。


「ああ、アルク。一応戦闘についての最低限の知識は学んでるって人事ファイルには書いてあったんだけど、どう?」

「えっと、はい。BBを使った戦い方についてはある程度」

「オッケー。なら大丈夫。教わった通りにやればいいから」

 シグルの言葉に頷き、アルクも握っていた拳銃の銃口を上げ、迫る狼種の一軍に向けた。

 鎧獣に通常兵器は効果が薄い。そしてビーストハントの面々は火器が無くても鎧獣に対抗できる力がある。

 ではなぜ拳銃を携行しているのかと言えば、それは結局、火器があると便利だからだ。


 シグルがBBを発動すると、グリップを握る手の平、引き金にかける指から紋様が広がり、それが艶消しの拳銃を飲み込む。

 BBはその人間の体に獣の特性を付与するものだ。

 そしてそれは、拳銃など身に着けているものにも応用が効き、BBで強化された実弾は──。

「やった!」

 狼種を1匹仕留めたアルクが声を上げる。

 BBで強化された兵器は通常兵器の域を超え、鎧獣の纏うオーラを貫通する。

 だから数が多いときや距離があるときは、こうして拳銃を使うと簡単に数が減らせて楽なのだ。

 それに、アルクのような少女を前面に押し出して接近戦をやらせるのは気が乗らない。


「ユースはアルクの援護を頼む。俺は突っ込んで数を減らす」

「ああ、任せとけ。基地には俺の方から報告しておく」

 グッと親指を立てるユースを背に、シグルは狼種の群れへ突撃した。

「ガルルッ!」

「退いてろッ!」

 飛びかかって来る1匹目掛け、シグルはBBで強化された蹴りを見舞ってやる。

 シグルの持つBB、獣の因子はウールヴ──狼であり、ある種同族殺しのような行為だが、そんなことに感傷を抱くようなことはない。

 シグルも彼らも獣という点で同一だがそこに同族意識はなく、殺すか殺されるか、それしかないのだから。


 牙を剥き出しに跳躍した狼種目掛け、シグルは右手に握る拳銃を向けて発砲トリガー

 オーラごと胴体を撃ち抜かれて失速したソレを蹴飛ばして他の個体の動きを止め、左手の一薙ぎで裂いて殺す。

 狼種は鎧獣の中ではいわゆる雑兵的ポジションで、そう強くはない。

 ──だから恐らく、狼種以外にもこの街には鎧獣がいる。

 フェルニ班はシグルと同じ少年兵たちで構成された部隊だが、その実力は決して低くない。

 そんな班が一言も発する間もなく通信途絶するなど、そうとう厄介な敵が潜んでいるはずだ。


「これで最後っと!」

 ユース、アルクの援護射撃もあり、狼種の群れはあっという間に数を減らし、最後の一匹もシグルの横蹴りで死んだ。

「増援は……なさそうかな」

「みてぇだな。ひとまずお疲れ、シグル。アルクも」

「うん、2人もお疲れ様」

 拳銃をホルスターに収めながらユースが言い、ホッと息を吐き出したアルクが頷く。

 初陣ということで恐慌したり焦ったり、何かしらトラブルの1つでも起きるかと思っていたが、そんなことはなかった。

「アルク、鎧獣を見るのは初めてだった?」

「ううん、小さい頃に1度だけ」

「それでそんなに驚いてなかったんだな」

 シグルの問いかけにアルクが首を振り、納得顔でユースが頷く。

 

「っと、そろそろ戦闘の痕跡が見えてきてもおかしくないんだけど……って、アルク?」

 会話をしながら周囲を見回していると、アルクが「あっ」と声を上げて駆け出した。

 慌てて追えば、崩れかけの店の入り口に血痕──と言うより血だまりがあって、そこから血を引きずって移動した跡がある。

 鎧獣かもしれないが、恐らく。

「フェルニ班か」

 鎧獣は死後、あるいは瀕死になると体から粒子をこぼす。

 それは鎧獣の纏うオーラに由来するものだと研究で解明されたが、それ以上は何も分かっていない。

 そしてこの血だまりにはその粒子がない。


「……」

 シグルは空気に溶かすように息を吐き、引きずられた血を追って店内へ入る。

 するとその血の主は、既に商品の消えた棚に寄りかかっていた。

「……フェルニ」

 そこにいたのは、茶色の髪を血で汚したフェルニ班の班長だった。

「……ウールヴ、か……げほっ、げほっ」

「喋らない方がいいんじゃ……!」

「……いや、喋ってくれ。何があったのか」

 シグルの言葉に、アルクが目を見開く。

 だが仕方ない、もうフェルニは助からない。出血量と青ざめた顔を見れば分かる。致命傷を喰らっていた。

 なら、死ぬならせめて、喋ってもらわなくては困る。

 それが本人の死を苦しみに満ちたものにすることになっても。本人を静かに休ませることをしてやれなくても。仕方がないことだから。

「アイツは──」


「……そっか。ありがとう」

 返事はない。ソレの名前と接敵した場所を告げて、フェルニは事切れた。

「どうするの、隊長?」

「どうもなにも、戦うよ。ここで仕留めておきたい相手だからな」

 厄介ではある。だがここで逃がすのは癪だ。

 狩れるチャンスを逃すのも、フェルニ班の仇を逃がすのも。

「だけど危険な敵だ。ユース、接敵したときはお前が守ってくれ。前衛は俺がやる」

 頷く2人を見て、シグルは店の外へ。

 フェルニの遺体を回収するのは、この街に残っている鎧獣を狩ってからだ。


 店を出た一行は、フェルニが口にした場所へ向かう。

 その場所というのは大種商業施設の立体駐車場だ。

 どうやらソレは突然頭上から降ってきて、運悪く足元にいた1人を踏みつぶしたらしい。

 そして着地直後の攻撃でもう1人を切り裂き、残ったフェルニにも傷を負わせた。

「──見つけた」

なるほど確かに、何の前触れもなく降って来てはどうしようもないだろう。

 けれど来ると分かっていれば、避けるのは容易い。


「ルラァァツ!」

 頭上からの咆哮と攻撃、それが聞こえるより早く動いていたシグルたちは危なげなく回避し、降ってきたソレと相対する。

 3メートルはあろうという大きな体躯から生える、太い四肢。腕の先にある鋭利なかぎ爪と、全身を覆う毛とオーラ。

「出たな、熊種……!」

 熊種鎧獣。フェルニが口にした、彼らを追い詰めた鎧獣の正体だ。

「でっか……!」

 呆然とするアルクの前にユースが立ち、シグルはそれを見て一歩踏み出す。

 掛かって来いと言わんばかりの行動に、熊種の目がシグルを睨んだ。


「ガァァッッ!」

「っと!」

 シグルが跳ねた直後、直前まで立っていたアスファルトをかぎ爪の衝撃波が抉る。

 地面の舗装がまるで飴細工のように簡単に砕け、飛び散った破片がシグルを叩いた。

「図体のわりに速い……!」

 アルクの驚きはもっともな感想で、そして熊種鎧獣が厄介な要因の一つだ。

 3メートル近い、個体によってはさらに大きい場合があるにも関わらず、熊種は俊敏だ。真正面からの格闘戦ではまず勝つのが難しい。

 その上──。

「隊長!」

 援護のつもりだろう、シグルを射線上に入れないようにしつつアルクが拳銃の引き金を引く。

 しかし、BBを使って強化された9ミリ弾は、熊種の体を貫くことなく弾かれた。

「うそっ……!?」


 熊種は狼種より身にまとうオーラも、そもそもの体皮も分厚い。

 だから拳銃も、持ってきていないが強化されたライフルも効かない。

 ──だが、弱点がないわけではない。

 図体のわりに素早くても、熊種の攻撃は大振りだし、四肢が短いからその分だけリーチも短い。

 フェルニ班のように至近距離まで近づかれるとかなり厳しい相手だが、真正面から距離を保って相対すれば狩ることは可能だ。


「シッ……!」

「ガァッ!」

 敢えて間合いに踏み込み、大振りを誘発。

 横薙ぎと読んで跳躍すれば、丸太のような腕が足元を通り過ぎていく。

 そのまま勢いを乗せて飛び蹴りを放ち、側頭を蹴った姿勢から肩に足を乗せて踏み台に。

 再度跳躍し、今度は迫りつつあったもう一方の腕をかわした。

 2度の跳躍で熊種の背面に回り込んだシグルは、口元をニヤリと歪めて貫手を突き出す。

 外郭を破り、直後、確かに伝わる肉を裂く感覚。

 鋭い狼牙ろうがの特性を持つ一撃は熊種のオーラを破り、その下の外皮を破り、肉を裂き──風穴を開けた向こうで、血にまみれて開かれていた。

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