いっそ未読スルーでいい?

 朝から疲労困憊ひろうこんぱいでフラフラしながら学校に辿り着くと、校門の近くで生徒会長に遭遇した。


 遭遇したって言うとなんか敵キャラとエンカウントしたみたいだけどさ。朝からオジサン構文の波状攻撃を喰らって、気持ち的にはそれに近い。まだ午前中だけどライフも残り少ない気がする。

 結局スタンプしか送れてないし。アレ本当に会長だったの?


「……おはようございます」

「おはようございます」


 恐る恐る挨拶をすれば、穏やかで上品な声が返ってくる。ほんのり口角を上げた楚々とした笑顔、軽く傾げた細く長い首元から、絹糸のような髪が零れ落ちる。

「うう、目が、目がぁあああ!」と叫びそうになるくらい、会長様は今日もキラキラエフェクト付きで輝いている。普段と変わりないその様子を見るにつけ、あの文面が信じられない。

 グループチャットでは普通の文章だったよね?ただの連絡事項だけど。絵文字なんて一個も使ってなかったぞ?


 会長の周りをぐるりと囲むのは、副会長の竪穴たてあな弥生やよい、会計の平安ひらやす貴史たかふみ、同じく会計の鎌倉かまくら大将ひろまさ、書記の室町むろまち阿弥あみ。ちなみに俺たちは2年、鎌倉くんと室町さんは1年生だ。


「縄文時、おねえさまをじろじろ見ないでくださる?」


 呼び捨てかよ、と思ったけど文句は言えない。見たら減るとばかりにシッシッと手を振って、会長をおねえさま呼びしているのは副会長の竪穴。おねえさまったって同い年だろうが。

 代々斑鳩家に仕える分家筋だとかで、常に会長にくっついて周りをけん制している。


 世界中を武者修行して格闘技を極めたそうで、カポエイラや譚腿たんたいなどのマイナーな格闘技にまで精通している。

 小柄ではあるが勝気そうな釣り目の猫っぽい美少女。地毛らしい栗色の髪をツインテールにしている様は本当に猫みたいだ。可愛らしい外見に騙されそうになるが、指先一つで喉仏を砕くくらいはしそうである。


 中身はあれだ。胸に七つの傷を持つ世紀末に現れた暗殺拳の使い手。鍛えたことなど一度もないヘナチョコの俺なんてあっという間に肉片にされそう。

 俺は目を伏せて、自分の喉をそっと押さえた。まだ人と会話はしたいし何より生きていたい。


 鎌倉くんも警護担当で剣道と空手と柔道の有段者だと聞いている。180cmを超す長身で、筋骨隆々って言葉がぴったりだ。無口でコワモテ、何を考えてるのかイマイチ分からない。

 眼光も鋭くてうかつなことを言ったら一刀両断にされそうな気配がある。「つまらぬものを斬ってしまった」とかボソッと言われそうだよな。

 俺は唇を噛み締めて正中線が悟られないようにこっそり体を斜めに向けた。あ、でも胴と脚を切り離される可能性も……。


「縄文時くん、寝癖ついてるよ」


 くだらないことを考える俺の後頭部に触ってきたのは同じクラスの平安。確か公家の血を引いているとかいないとか。

 もっちりした白い顔にマロ眉糸目、背はあんまり高くなくて少しふくよかな体型。優雅に微笑んだ彼の背景に牛車ぎっしゃの幻が見えそうだ。のんびりとしたマイペースな男で、糸目同士、なんとなく親近感がある。

 とは言ってもお金持ちばかり集まるこの学校で、一般家庭出身の俺が気軽に付き合える相手でもない。


 そもそもなぜこのメンバーに俺が入っているのか……。会長が立候補したと知って、役員になりたがる奴は大勢いたけど、周りを固める面子めんつを見るに出来レースだったんじゃないだろうか。

 バランスを考えて、書記は一般からってこと?にしても天秤傾きすぎだろうよ。シーソーだったら俺下に降りられないよ。


 あの時は熾烈な戦いが始まりそうになり、我も我もとまさに群雄割拠の戦国時代。見かねた担任の江戸川えどがわ泰平たいへい先生がクジ引きを提案したのだ。

 どうせ当たる訳ないと適当に選んだら幸運だか不運だかの神様に選ばれて。なんか全然やる気なかった俺が引き当てちゃってごめん、だよな。


 しかし今朝はあまりの衝撃に呆然としてるうちに時間が過ぎて、きちんと鏡を見てくる暇もなかった。自分でやってみようと髪を押さえるも、硬めの癖毛についた寝癖はなかなか直らない。


 鎌倉くんの隣にいた室町さんがクスクス笑っている。一見美少年風のスラリとした体躯に耳元で揃えたショートボブ。黒目勝ちの大きな目が印象的な女の子だ。日本舞踊だか能楽だか忘れたけど、家元の娘らしい。背も高いし女子だけの歌劇団に入ったらウケそうだよな、とぼんやり考える。


「ありがとう、平安くん。後で直すよ」


 諦めてお礼だけ言ってそそくさと去ろうとすると、会長が何か言いたげに口を開いた。

 なんだろう。まさかあの話はしないよな。竪穴の目つきが怖い。頼むからこの場から離れさせて。まだ肉片になりたくない。


「……また放課後に」

「あ、はい」


 会釈をして、教室に向かう。放課後昨日の書類の整理もしなくちゃな。今日は少し早めに行ってみようか。

 しばらく歩くと俺の制服のポケットの中で、マナーモードにしてあるスマホが震えた。


……まさか。


 危険物のように上部を摘まんで持ち上げ、通知が見えるようにステータスバーに指を触れると、そこには絵文字が咲き乱れているのが見えた。

 既読をつけずに読める設定にしてあるので、とりあえず内容は分かる。


『智司クン、🙏さっきはごめんネ‼( ノД`)( ;∀;)😢😰💔弥生っちが失礼なコト言って‼(~_~メ)😡💢大丈夫❓❣❓🤔ちゃんと注意しておくからネ✊😑メッ\(◎o◎)/!』


 さっきの出来事に対しての謝罪。これは本物だ。会長が送っていることは間違いない。

 弥生っちって……メッって何?もうツッコミが追い付かない。いっそめまいすら感じてぼんやり画面を見ていたら、またスマホが震えて通知が表示された。


『智司クン、寝癖可愛いかったネ(^▽^)😍♡♡安ミンが羨ましいゾ😩🤨(-“-;)可愛すぎてアスルンは授業に集中できなくなっちゃいそうダヨ💓😰(;^_^A (^^; ( ̄▽ ̄;)どうしてくれるの💗😨😀😁😂』


 ア・ス・ル・ン。内容も内容だけど、自分のことアスルンて。魔法少女?オジサン構文なのに?

 安ミンて平安くんのこと?魔法の絨毯で空飛んじゃう系の姫かな?A Whole N○w Worldだよね。陽気な青い魔神出てきちゃうよね。


 俺は本物のめまいを感じて目頭を押さえた。会長のイメージがガラガラと崩れていく。

 まだクラッキングでID乗っ取った愉快犯が遠隔で俺を監視してからかって遊んでるだけって妄想の方が信じられる。


 泣いていいかな。ていうかマジで泣いちゃうよ?思春期の情緒舐めんな。

 風に戸惑い雲に乱され鳥に驚き雨に心濡らすセンシティブなお年頃なんだよ。見つめ合うと素直におしゃべりだって出来やしないし、壊れそうなものばかり集めてしまうし、盗んだバイクで走り……出すのは犯罪だからやんないけど。


 選曲古いとか言うな。今時どの世代どの国の音楽だってネットで聴き放題だぞ。なんならイエヴァン・ポルッカだって歌えるぞ。


「サリヴィリヒップトゥップタップトゥアップティップヒリヤンレン♪」


 静かに錯乱して地べたにうずくまり、糸目の端から涙をこぼしながらフィンランド民謡を口ずさむ俺。

 それを不気味そうに見ながら通り過ぎて行く良家のお坊っちゃまお嬢様たち。

 ちくしょう、同情するなら金くれよ。全生徒憧れの生徒会長様の素顔?なんて知りたくなかった。さっきから誰にツッコんでんだ、俺。


 あああもう。このまま兵馬俑へいばようになって地中深く埋まりたい。二千年後の人類、あとは任せた。

 あれ?兵馬俑って古代中国か。土偶って副葬品だったっけ。混乱した頭がグラグラする。


 もうこれ見なかったことにしていい?未読スルーしていい?


 始業10分前のチャイムが聞こえる。どのみち授業中はスマホに触るのは禁止だ。

 俺は涙を拭って立ち上がった。そして電源をオフにして、鞄の奥深く深くにスマホを埋めたのだった。



◇◇◇◇◇


カポエイラ・・・格闘技・ダンス・アクロバット・音楽・文化など様々な要素をふくんだブラジルの伝統武術。


譚腿・・・東トルキスタン(新疆)のトルファンで発生したムスリム武術。

映画「カンフーハッスル」にも「十二路譚腿」として出てくるよ!(・∀・)

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