第7話 エルザ・ベフトォンの謀略
「おい!エゴン!起きろよ。ヤバいことになっている。」
フィンリーはその日の朝刊でエゴンを引っぱたいた。
「なんなんだよ!」
「これを見ろ。」
その朝刊の横見出しは衝撃的だった。『弱腰将軍ジョージ・パットン、敵前逃亡か?!』しかもそれはヴィマナ王国最大の新聞社、日刊ユニバーサル新聞だ。エゴンの目は一気に覚める。
「弱腰将軍ジョージ・パットンは悪魔への恐怖心からか、アンデリングを放棄せよと代議員を通じて公人評議会で提言した。愚かな提言だ。住民の心に寄り添わないだけでなく、自分だけは助かりたいという臆病な弱腰将軍の考え方が明らかになっただろう。このような無能で、怠け者で、臆病な無能将軍は即刻死刑に値する?ふざけんじゃねえ!」
「朝からうるさいぞ。」
「これを見ろ。」
エゴンが怒っているとその声でエゴン班の仲間も目が覚めた。彼らにとっても衝撃的だった。
遡ること一日前、パットン少将は王都の公人評議会にいる自分の代議員に頼んで、作戦承認を得るために貴族たちへの説得を試みた。だが、王政への忠誠心が強い貴族たちがパットン少将の動きに強く反対した。その結果、アンデリングを統治する貴族、ロビン・ネヴィル大佐が第四軍団第一師団と第二師団に対するアンデリング死守命令の原案を提出、そのまま賛成多数で可決され、エゴンの作戦は潰された。
「どうするのよ、エゴン。」
「まあ、何とかする。」
エゴンは学校を改装した兵舎から走り出した。エルザは心配そうに窓からそれを眺めた。エゴンが向かった先は第一師団の野営陣地であった。撤退してきた兵士たちが集まりつつあって、その中にはエゴンの同期もいた。
「おい!みんな!」
「エゴンじゃないか。」
「丁度良かった!新聞見たか?」
「まさかパットン少将が弱腰だと思わなかった。」
「俺達は戦うぞ!」
「そうだ!俺たちはここで何週間でも何か月でも抵抗してやる!」
「死んだ仲間の敵をとるぞ!」
「うおおお!!!!!!」
兵卒たちは興奮状態だ。
「エゴンからもパットン少将に言ってやれ!」
「落ち着け。そもそもアンデリングの放棄を提案したのは俺だ。」
「www何冗談言っているんだよ。」
「いやマジだ。指揮官不在の部隊がバラバラに撤退していて態勢が整っていないこの状況じゃあ勝てない。お前らもわかるだろ!」
「逃げる前提で戦うのは無理だ!弱腰将軍の命令は無視する!」
「おい、今なんつった?もう一回言ってみろ!」
一触即発の状況になった。その時、一台のジープが急ブレーキをかける音が聞こえた。
「おい!エゴン!作戦のことで話がある!」
マイクとフィンリーがエゴンの元に駆け付けた。エゴンは感情を抑えてジープに乗り込む。
「弱腰野郎!逃げるのか!」
エゴンは冷静になると誰も自分の話に聞く耳も持とうとしなかったことにショックを受けた。
「あんな新聞がばらまかれたんだ、あいつらは簡単に煽動される。」
「そうだな。」
「気を付けろよ。変に動けば治安維持局に捕まるかもしれない。」
「フィンリー、今はそんなことは言っていられない。」
「とにかく、作戦の根回しはエルザに任せろ。何とかしてくれるらしい。」
「エルザが?」
「司令部に行ったらしい。エゴンは軍事だけを考えていればいい。」
エゴンは兵舎に戻った。エゴン班のみんなは作戦に向けて訓練や手筈の確認を行った。
「エゴン、何ボーっとしてるんだ?」
「俺は今まで作戦しか考えなかった。そのせいでパットン少将は今大変なことになっている。なのに俺は何もできない…やっぱり俺は…」
「エゴン班は尖った才能を持つ兵士を集めて苦手分野を補完し合って最強の戦闘ユニットを作るってお前が言って作った部隊だろ。創始者が忘れるな。」
「まあ、そうだよな…」
「チェスでもやるか?」
「やろう!」
二人は適当な部屋で対局をした。対戦成績はエゴンが75勝、フィンリーが61勝である。
「あんたたち、作戦の準備は?」
グレースが休憩の合間に話かけてきた。
「もうできている。」
「お前ら!そんなところで下向いてボーっとしているから、俺には勝てないんだ!殺すぞ!」
「いやチェスしているのわかるだろ!」
「早くこっちに来い!筋トレするぞ!」
エゴンとフィンリーは腕を掴まれた。
「こっちは頭の筋トレしているんだよ!」
「終わったら来い!殺すぞ!」
「…」
「相変わらず脳筋ね。」
「うん。にしてもフィンリーは上手いこと言うな。」
「だろ。」
「おーい、スージーちゃーん!作業中に怪我しちゃった!」
「何であいつら嬉しそうに怪我するんだよ。」
「マイクとティオはそういう奴だろ。」
エゴンとフィンリーは夢中になって昼までチェスを指した。静寂の中ラジオの音だけが響いていた。避難民に向けの疎開列車などの情報が流れる中、突然、ニュースが入った。
「今入ってきた情報です。アンデリングの防衛を担当するパットン少将が避難民の退避が完了し次第、西に120km離れたヴィマナ川要塞群まで撤退する旨を発表しました。公人評議会から出された死守命令を事実上無視する模様です。これを受けて公人評議会はパットン少将に軍事裁判への出頭命令を出しました。一方、市民義勇軍に召集された市民たちはパットン少将を支持するデモを開始、警察はこれを鎮圧できていない状況です。また、一部の将校が兵を率いてデモ隊に加わり、デモ隊と共に警察と対峙しているとのことです。」
エゴンとフィンリーは目を合わせた。
「おい!見に行くぞ!」
「緊急出撃!」
エゴンはエゴン班を率いてジープに乗り込み、街の中心部に出た。そこはカオスだった。一部の市民が角材をもって警察官に突撃、警察官は盾を捨てて逃げ出した。さらに空軍の基地警備隊が駆け付け、デモ隊を警察から守った。
「徹底抗戦、絶対反対!徹底抗戦、絶対反対!徹底抗戦、絶対反対…」
「クソ領主――!!死ねーーー!!!」
デモ隊の掛け声と怒号で街はうるさかった。
「すごい。」
「おかしい、警察官の数が少ない、本来なら3000は動員できるだろうけど、ここにいるのはせいぜい300人ぐらいだ。」
「号外の新聞だぞ、アンデリング市民新聞、『市民の九割以上が撤退に賛成、王政への不信感つのる』って書いてある。」
「誰かが政治工作をしたってことだ!」
「フィンリー、どういうことだ?」
「警察を買収し、マスコミに根回ししてデモ隊を煽った人がいる。」
「まさかそれって…」
その時、銃声が聞こえた。そして3両のフクス装甲兵員輸送車がデモ隊に突っ込む。陸軍の車両だった。
「お前ら!敵前逃亡するのか?!売国奴め!」
デモ隊は散り散りになっていく。そして叫びながら民間人に向けて機関銃を無差別発砲した。
「総員、戦闘用意!市民の安全を第一に行動せよ!各自の判断で発砲を許可する。」
「了解!」
みんな拳銃しか持っていなかったが、素早く対応した。スージーは迅速に負傷者の手当をしていく。グレースは近くの建物に入り2,3階あたりから機関銃手を狙撃しようとする。アレックスは敵車両に乗り込んだ。他は民間人の避難誘導と保護に努めた。一両の装甲車が動かなくなった。後部の扉からアレックスが出てくるとその直後、装甲車は内部から爆発して破壊された。アレックスを狙う他の装甲車の機関銃手はグレースが狙撃で倒れる。その隙にアレックスが装甲車の操縦席のフロントガラスを破壊、そのまま操縦手をナイフで殺して外に放り投げる。その装甲車にマイクが乗り込み、暴走してデモ隊を轢こうとするもう一両の装甲車を止めるため、体当たりする。エゴンはデモ隊を安全な場所に誘導しつつ、建物とマイクが操縦する装甲車に挟まれて動けなくなった暴走装甲車のハッチからアレックスが敵から奪った手榴弾を投げ込んで沈黙させた。戦いは一瞬で終わった。エゴンたちの息は荒くなっていた。
「エゴン班のおかげで助かりました、ありがとうございます!」
デモ隊や空軍の基地警備隊はエゴン班に感謝し、エゴンの名声はさら高まった。
生き残った兵士を治療のために装甲車の中から引きずり降ろした。顔を負傷していたがすぐに誰かわかった。朝に会ったばかりのエゴンの同期の兵卒である。
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