第4話 勇者であれ ―テルジェ川の戦い①―
訓練学校の目の前にはテルジェ川と呼ばれる南北に流れる川幅の太い川がある。ヴィマナ軍はこの川を挟んで悪魔と対峙、渡河しやすい訓練学校の北側に主力部隊が配置された。訓練学校の付近は川が蛇行して水深が深い箇所があるため、悪魔は渡河しにくいが、警戒部隊が配置された。
「総員戦闘配置!総員戦闘配置!」
クルトたちは血だらけの負傷者を横目に自分たちが所属する第一訓練中隊の集合場所に走った。
「第一訓練中隊、注目!これより東側防御陣地に入り、これを死守せよ!」
「了解!」
教官から命令を受けて、クルトたちは装備を整え、訓練学校の東側防空陣地付近の、塹壕を掘っただけの簡易的な防御陣地で自動小銃を持って待機した。
「手、震えているよ。大丈夫?」
銃がガチャガチャ鳴る。
「ダイ…ジョウブ」
「おい!あれ見ろ!」
上空では2発の地対空ミサイルがドラゴンの顔に直撃した。ドラゴンは腕で目を抑えながら咆哮し、制御を失って地面に落下した。
「やったー!」
「おい!あっちでも落ちているぞ!」
防空部隊が次々にドラゴンを撃墜し、訓練兵たちは大歓声を挙げた。
「さすがゲパルト自走対空砲!」
しかしそれも束の間、一体のドラゴンが地対空ミサイルと対空機関砲の攻撃を受けて塹壕の目の前に落下したが、かすかに動いていた。
「おい!こいつまだ生きているぞ!」
「よっしゃー!俺の手柄だ!」
「取んな俺のだ!」
数人の訓練兵が対戦車ロケット弾を抱えて勝手に塹壕の外に出た。ドラゴンはその訓練兵たちをにらみつける。
「後方の安全確認よし!手柄は俺の…」
その時、瀕死のドラゴンが最後の力を振り絞って全力で走って訓練兵たちに近づき、大きな炎を吐いて倒れ込んだ。
「逃げろ!」
ドラゴンに挑んだ訓練兵は全員戦死した。ドラゴンは咆哮を挙げた。そして立ち上がり、塹壕の中の訓練兵を威嚇した。
「嘘だろ…」
「対戦車ロケットを撃て!」
防御陣地の中は混乱状態になっていた。
「早く持っている奴撃てよ!」
太鼓持ちの奴が声を荒げる。
「これ、撃てばいいんですよねぇ…」
「早くしろよ!」
太鼓持ちにせかされた、ある訓練兵が後方の安全確認をせずに対戦車ロケット弾を発射、命中しなかった。さらに太鼓持ちの奴が爆風に巻き込まれて倒れる。
「お前のせいで死にかけたじゃねぇかよ!ふざけんなよ!」
太鼓持ちの奴が切れて胸倉を掴む。その間もドラゴンは炎を吐いて訓練兵が焼け死ぬ。クルトは恐怖心で一杯になった。だが同時に今こそ動くべきだとも感じた。ドラゴンが再び羽を上げて威嚇し、コアを狙いやすくなる。いつもこういう時にクルトは逃げていた。訓練も格闘競技会も、やらなければ強くなれないことはわかっていたが、結局逃げて教官やガキ大将の奴に怒られた。そして怒る人をウザい奴としか認識していなかった。でも、もうそれは終わりにしないといけなかった。
クルトは覚悟を決め、直感を信じて対戦車ロケット弾を持って塹壕を出て走る。
「おい!クルト!危ないぞ!」
「ドラゴンがこっちを警戒していない今しかない!逃げちゃだめだ!逃げちゃだめだ!」
そしてドラゴンを狙いやすい位置に着く。
「後方の安全確認良し!」
そして対戦車ロケット弾を発射した。命中するまで自分の心臓の鼓動しか聞こえなかった。ミサイルは炎を吐こうとするドラゴンの胸部に命中、成形炸薬弾がコアを貫いて、ドラゴンは死んだ。
「おい…やったぞ、あいつ。」
「やったぞ!!!」
戻ってきたクルトをみんなが囲んだ。
「すごいな!クルト!」
「助かったよ!ありがとう!」
太鼓持ちの奴は独りでいた。クルトにとって大勢から褒められるのは初めての事で、顔が赤くなった。だが、事態はさらに悪化する。
「おい!あれヤバいぞ!」
「マジかよ…」
多数のドラゴンが防空陣地に突っ込んで、火を吐いて暴れている。鼓膜が破れそうになるほどけたたましい咆哮に訓練兵たちが腰を抜かす。
教官が塹壕に来た。
「第一訓練兵中隊、注目!これより、携帯地対空ミサイルを各班に一セット配る!ドラゴンの襲撃があればこれを使って自衛しろ!」
「了解!」
「それともう一つ、さっきドラゴンを殺したのは誰だ?」
「はい!私であります!」
「クリーガーなのか!?本当にお前か!?」
「はい!」
普段冷静なラフ・バローネ教官は驚いた。
「俺たちも見ていました。」
「そうか、貴様、成長したな。」
「ありがとうございます!」
鬼教官のバローネ教官だがこの時は優しかった。
「お前たち、死ぬなよ。」
「了解!」
クルトはいつものルームメイトの四人と一緒にドラゴンを警戒した。
「これは俺が使う。クルト、次は俺が倒す番だ!」
ジャンはミサイルのランチャーを担いだ。その時、ドラゴンが猛スピードで急降下してきた。速過ぎて、誰も反応できなかった。そして衝撃波がクルトたちを襲った。何とか塹壕の中で伏せてやり過ごしたが、恐る恐る塹壕の外を覗くと、巨人の投石で廃墟になった兵舎の上にドラゴンがいた。
「逃げろ!」
その瞬間、ドラゴンは下に降りてきて、塹壕の中に向けて炎を吐いた。クルトたちは何とか助かったが、近くにいた数十人の訓練兵が焼け死んだ。ドラゴンは対戦車ミサイルの攻撃を受けて退散したが、中隊は壊滅した。
「お前ら!」
「教官!」
「これ以上の犠牲は許容できない!班ごとに分散して隠れろ!」
「しかし、巨人の投石で塹壕の外は危険です。」
「ここにいれば、ドラゴンにまとめて殺される!とにかく西を目指せ!東側はまだ被害が少ない!ここを脱出するぞ!」
「了解!」
クルトたちは投石が飛び交う中、塹壕を出た。横では1メートルぐらいの岩が飛んできて仲間が潰される。それを見て、塹壕の中で腰が抜ける訓練兵もいた。
「おい!あいつら!」
「足を止めるな!石に当たって死ぬぞ!」
「でも…」
「早くしろ!」
クルトたちは何とか比較的損傷が少ない倉庫に逃げ込んだ。
「クソ!あいつらは今頃…俺のせいだ。」
「落ち着いて、クルトが叫んでくれなかったら、あそこで足を止めていて、俺たちは死んでいた。」
「だとしても…」
その時、ドラゴンの咆哮が体中に響いた。クルトたちが武器を持って恐る恐る外に出ると、ドラゴンがいた。そしてジャンと目が合った。
「くっそおおお!!!」
ジャンがミサイルを撃った。
「ジャン逃げるぞ!」
他のみんなは離散して近くの兵舎に逃げ込んだ。だが、ジャンは逃げなかった。
ピーターが兵舎の二階からドラゴンに小銃で射撃して気を引く。
「ジャン!今の内に逃げろ!」
「ピーター!やめろ!」
ドラゴンは兵舎の方に向かう。そして口を開いて火を吐こうとする。その時、
「今だ!」
ダニエルがピーターの横から対戦車ロケット弾を発射、ロケットがドラゴンの喉の奥に入りコアに命中、派手な爆発音がしてドラゴンは死んだ。
「よっしゃー!」
ダニエルとピーターは兵舎から出てきて、クルトたちは歓喜した。
「何で、俺なんかに。」
「助けられるなら、助けるんだよ。」
その時拍手が聞こえてきた。黒髪の若い女性将校が兵士を率いて歩いてきた。
「君たち凄いね。訓練兵なのに、なかなかやるじゃん!」
クルトたちはすぐに敬礼した。
「撃ち漏らしたドラゴンを殺しに来たけど、手柄取られたわね。」
「あ…申し訳ないです。」
「そんなことないのよ、手柄はどんどん横取りしなさい。私はエリザベート・シェンク少佐、東側陣地の防空大隊を指揮しているわ。あなたたちは?」
「訓練兵のクルト・クリーガーです!」
「ルイス・サンチェスです!」
「ジャン・ンベロです!」
「ピーター・エグルドンです!」
「ダニエル・コーサルです!」
「後で教官に報告しておくね。」
「ありがとうございます!」
クルトたちは夕方まで倉庫でやり過ごした。投石やドラゴンの攻撃が止んで、外に出ると、上空にはドラゴンがいなくて、夕焼けが綺麗に見えた。
「なんとか生き残ったね。」
「なんか修羅場を越えて、強くなった気がする。」
「たしかに。」
「そういえば、シェンク少佐いい人だね。」
「ジャン好きなの?w」
「いやいやいやいや。」
午後8時ぐらい、疲れ切ったクルトたちは寝た。その時、機関砲のけたたましい音と、壁を殴る音が聞こえた。
「何だ!?」
クルトたちはすぐに武器を持って恐る恐る扉を開けた。扉の向こうにはクルトたちよりはるかに大きな体に刀のように鋭い手がついた悪魔がいた。
悪魔の子プラスアルファ!
・人工衛星
ヴィマナ王国はかつて少数の人工衛星を保有していた。かつてはこれを使った偵察活動や通信が行われていたが、現在は何らかの原因で全機使用不能になった。さらにロケット発射場も悪魔に占領されたため、現在ヴィマナ王国は人工衛星を全く運用していない。
・対戦車ロケット弾
歩兵が用いる装甲車両やトーチカなどを破壊するために開発された兵器である。成形炸薬弾の弾頭を持ち、ドラゴンや巨人、ケルベロスが相手でも損傷を与えられる。ヴィマナ軍では、パンツァーファウスト3やRPG-7が使用されている。
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