第3話 初陣前夜 ―最後に―
クルトが兄に会いに行く。外出許可がすんなり出たことに違和感を覚えつつ、エゴンがいる第四軍団第一師団第101特殊中隊の野戦陣地に行った。
「おーい、クルト!」
「兄ちゃん!」
二人は走って駆け寄って抱き合う。約二年ぶりの再会である。エゴンは陸軍大尉になっていて、第101特殊中隊を率いて戦っている。
「クルトじゃない、久しぶり!」
彼女はエルザ・ベフトォン、エゴンと同い年である。金髪でスタイルの良い美人で戦闘能力も高い。エゴンとクルトが疎開生活をしている時に出会い、仲良くなった。
「あんた達いつまで抱き合ってんの⁉」
「ごめん。」
「クルト、久しぶりね。訓練ちゃんとやってる?怪我とかしてない?」
エルザはクルトの頭を撫でながら可愛がる。クルトは照れる。最初は笑っていたエゴンの表情が次第に怒りの表情に変わる。
「お前、クルトを可愛がりたかっただけじゃねぇかよ!ふざけんなよ!」
「はぁ、あんたもさっきさんざん可愛がってたでしょ!」
エゴンとエルザがクルトの取り合いを始めた。
「お前に弟は渡さん!くぁwせdrftgyふじこlp」
エゴンはクルトに嫉妬している。
「おーい、また夫婦喧嘩かよ。」
エゴンとエルザが仲間にからかわれる。
「「違うよ!」」
二人は頬を赤らめた。
「エゴンの弟じゃないか。監視は俺らに任せて、ちゃんと話しておけよ。エルザも一緒に。」
「いいのか。」
「中隊の指揮は一時的に俺が預かるよ。」
「じゃあ頼む、ありがとう。」
エゴン、クルト、エルザは久しぶりに3人で会話した。
「兄ちゃんは怪我とか無かった?」
「大丈夫に決まっているだろ!」
「エルザも大丈夫だった?」
「エゴンが怪我してないのに私が怪我する訳ないでしょ。そんなことより、私の武勇はちゃんと訓練兵たちにも伝わっているの?」
「まあ…エルザは知らないけど兄ちゃんはみんなのヒーローだよ。」
「しゃあああ!!」
「何でこんな奴が私より上なのよ!」
「まあまあ、落ち着いて…」
「まあ、私のおかげでヒーローになれたんだから感謝しなさいよ!」
「みんな兄ちゃんは将官になるべきだって、言っていたよ。」
「マジか!その声をクソ軍団長に聞かせてやりたいぞ!」
「兄ちゃん落ち着いてよ。聞かれたらどうするの?」
「大丈夫、大丈夫。」
佐官以上に昇進するには軍団長の許可が必要だが、第三身分市民は佐官以上になれないという慣習がある。
「で、どう軍団長を説得するの?」
「説得なんかしない。」
「じゃあどうするのよ?」
「そんなの革命に決まっているだろ!当然、悪魔を撃退してからだけどな。」
エルザとクルトは目を合わせた。
「やっぱりねぇ~」
「ね」
「私が何とかしないと…」
「うん。」
「何だって?」
「いや何でもない。それより、あれ言わないと。」
エゴンはクルトの顔を見た。エゴンの顔を見てクルトは真剣な表情になる。悪い知らせだと察した。
「クルトに話がある。落ち着いて聞いて欲しい。いずれ訓練学校長からも命令があると思うけど、訓練学校の訓練兵は今回の防衛作戦に参加することになる。」
「え…」
クルトはうろたえ、こみ上げる吐き気を抑えきれずに吐いて倒れ込んだ。エゴンとエルザはこれを想定していて冷静だった。
「本当は、訓練兵は撤退させる予定だった。だけど援軍に来る第十三軍団の補充部隊の進軍が遅れていて、訓練兵を撤退させられるほどの交通の余裕が無くなったらしい。」
クルトはしばらく動けなかった。
「クルト、今のうちに怖がりな。戦場で敵を怖がる余裕はないぞ。」
「あんた、まだ死って決まった訳じゃないんだから大丈夫よ。」
エルザが優しくクルトの背中をさする。
「クルトは賢いから大丈夫だ。正しく状況判断をして生き残れる。」
クルトがやっと口を開く。
「前線には主力部隊が出るはず、僕たち訓練兵は前線に行っても足を引っ張るだけ、だから訓練学校の防衛か後方支援が任されるはず、いきなり悪魔との戦闘に巻き込まれる可能性は少ない。だから…大丈夫だ。」
クルトの声は震えていた。
「そういうことだ!訓練兵の任務は訓練学校を守って前線で戦う部隊の後方を守ることだ。だから安心しろ!」
「大丈夫、死なないから。」
エルザがまたクルトを抱きしめて可愛がる。クルトは頬を赤らめた。そしてエゴンが嫉妬してまたドタバタが始まる。クルトは一時恐怖を忘れた。
クルトが訓練学校に戻る時間になった。帰る時、手を振りながらエゴンとエルザの姿をしっかり目に焼き付けた。
「またねー!」
「絶対にまた三人で会うぞ!絶対にな!約束だからな!」
手を振る二人の姿は忘れられないものだった。訓練学校に戻ると訓練兵たちは巨人の投石から身を隠すための塹壕を掘り、悪魔の進撃を妨害する障害物を設置する工事をしていた。
「おーい!クルト!」
ヨーゼフが呼ぶ。
「早く手伝えよ!」
クルトも合流し、塹壕を掘る作業をした。
「ここで戦うんだね。」
「でも俺たちはまだ戦わなくていいんだよね。」
「でもどうせあとちょっとで実戦投入だよ。」
「まあね。」
「あと二か月、悔いのないようにね。」
「そうだね。何かやり残したことある?今なら間に合うよ。」
クルト以外は自分たちがすぐに実戦投入されることを知らない。
「俺は明日にでも戦いたいぞ!早くエゴン・クリーガーさんに追いつきたい!」
ヨーゼフは好戦的だ。
「すごいね、ヨーゼフは。」
「普通そんな勇気はないよ。」
ルイスとピーターが褒める。クルトは自分が地獄のような戦場に駆り出されることを改めて思い出した。そして、不安な気持ちで押しつぶされ、胃が荒れ始めた。
「大丈夫?クルト?」
「…」
クルトは地面に倒れ込んだ。
「おい、クルト!」
ルームメイト以外の訓練兵がクルトを白い目で見る。
「お前ちゃんと働けよ!」
太鼓持ちの奴らが怒鳴る。
「おい奴がいるぞ。」
「じゃあしゃあない。」
ヨーゼフが近くにいたため、クルトは無傷で済んだ。
「どうしたんだクルト?」
「もう、心が持たなくて。」
「明日、明後日死ぬ訳じゃないんだ。」
「いや、実はさあ。ここだけの話なんだけど…」
クルトが事情を話す。それを聞いた五人はヨーゼフ以外落ち込む。
「マジかよ…」
「まだやりたいことあったのに…」
ヨーゼフはあえて喜びを抑えた。
その日の夕方になると訓練兵が集められ、教官が訓練兵も戦闘に参加する旨を伝えた。一部の訓練兵が歓声を挙げた。
「よっしゃー!ついに俺もエゴン・クリーガーになれる!」
その夜、クルトはいつものように兵舎の近くにあるベンチに座って一人で星を眺める。ヨーゼフは精鋭部隊に合流して離れ離れになった。これが最後かもしれないみたいな別れ方ではなく、あっさりした別れ方だった。
「じゃあな。」
いつもの挨拶しかしなかった。クルトは考えたが、逃げ出しても戦っても、自分が死ぬのは明白だ。涙で星がぼやけて見えた。
「せめて、外の世界を最後に…」
その時、一羽のカラスが飛んできてクルトの肩に止まった。
「わあ!」
クルトは驚くが、そのカラスは落ち着いていた。カラスを見つめると死んだはずの父親の声が聞こえた。
(君は大丈夫、私がいるから。)
クルトは一人ではないという安心感を覚えた。
(いざという時、直感で行動しなさい。そうするしかないから。)
このぐらいの試練を乗り越えられないようでは、悪魔の言葉を理解して和睦するなんてできないだろう。クルトはそう思うと勇気が湧き、戦う覚悟を決めた。涙が止まり、星が綺麗に見えた。飛び立ったカラスをよく見ると足が三本あった。
翌朝、突然大きな地震が起きたかのような強い衝撃が来た。その衝撃で兵舎の窓ガラスが割れる。一気に目が覚める。
「なんだ!?攻撃されたのか!?」
訓練兵たちは大混乱だ。クルトは他の四人のルームメイトと一緒に兵舎の外に出る。兵舎の目の前に死んだドラゴンが墜ちていた。上空では戦闘機とドラゴンが交戦していて、まるで隕石が落ちてくるかのように無数の岩が飛んでいた。そして火砲が火を噴く轟音が聞こえた。
悪魔の軍勢が攻撃を始めたのだ。
悪魔の子プラスアルファ!
・ヴィマナ王国軍における出世
ヴィマナ王国では少佐以上に昇進する場合、軍団長の許可が必要になる。そして、第三身分市民の兵士には機械的に少佐以上への昇進を許可しない慣習が出来上がっている。エゴンも例外ではなく、この慣習によって大尉で階級が止まっている。
・核兵器
読者の中には悪魔を核兵器で倒せば楽勝なのではないかと考えた方もいらっしゃるだろう。残念ながら、それでは倒せない。かつてヴィマナ王国陸軍が戦術核を搭載した短距離弾道ミサイルによる攻撃を実施した。しかし、放射線によって悪魔たちは覚醒し強化されてしまい、その後の戦闘において苦戦することになった。
・人工衛星
ヴィマナ王国はかつて少数の人工衛星を保有していた。かつてはこれを使った偵察活動や通信が行われていたが、現在は何らかの原因で全機使用不能になった。さらにロケット発射場も悪魔に占領されたため、現在ヴィマナ王国は人工衛星を全く運用していない。
・空中戦艦
ヴィマナ王国では悪魔を撃退するために空中戦艦という特殊な戦略兵器を建造している。既存の火砲で砲撃すれば、場所を特定され、巨人の投石やドラゴンによる強襲で砲兵隊が壊滅することが多かった。また、強固な要塞に重砲陣地を築いても移動できないため、それ以外の場所が突破され、包囲され、孤立してしまうこともあった。しかし、強力な攻撃力で地上部隊を掩護し、空中を自由に移動でき、頑丈な装甲によってどんな攻撃にも耐えられる万能兵器、空中戦艦であればこれらの弱点を克服し、かつ悪魔に大きなダメージを与えられる。ヴィマナ王国の人々の中には空中戦艦を期待する声、期待しない声、そもそも非科学的なオカルトだと主張する声など様々なものがある。
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