第2話 50億年後の再犯


「君の意見はちゃんと反映させた。これでいいね。」

「うん。」

「少し遅れるけど、これで呪われた歴史が終わる。君は賢いからいつかは理解してくれるはずだ。じゃあ始めよう。」


 東暦305年6月下旬、あれから9年経った。状況はさらに悪化し、悪魔の支配域はヴィマナ王国の全土の8~9割に増加、切り札が無ければあと2,3年でこの国は滅びる。


 ヴィマナ王国陸軍第四軍団第十三陸軍訓練学校ではクルトがいつものように朝を迎えていた。

 「おい!クルト!起きろ!教官にどやされるぞ!何で起きないんだよ。よくそんなに爆睡できるな。おーい、早く起きろ。みんな先に行っているぞ。」

「おーい、クルト。起きろ!クルト!」

「早く起きろよ!」

「ヨーゼフ!」

クルトが突然起き上がって叫ぶ。

「急にどうした?悪い夢でもみたのか?てかお前泣いているぞ。」

ヨーゼフは心配そうにしながら話しかけた。

「何か、すっごい変な夢を見ていた気がする。何だったかな~思い出せない。」

「とにかく、着替えて朝の点呼に行くぞ。」

「うん…」

 ヴィマナ王国には兵役義務がある。17歳になったクルト・クリーガーとその友人のヨーゼフ・フーバーは約三か月後の9月には新兵になる訓練兵で、迫りくる初陣の日に備えて訓練に励んでいる。

 クルトが点呼の後、食堂で朝食をヨーゼフより先に食べ終えて自分の寮に戻っている時のことであった。

「おい!昨日の格闘競技会、お前のせいで負けたんだからな。逃げてんじゃねーよ!」

低い声で肩幅が広く筋肉質なガキ大将みたいな奴が睨みつけてきた。そして、胸倉をつかまれる。クルトは必死に振り切ろうとするが無力だった。

「悪かったよ。何でもするから許して…」

クルトは震えた声で謝るが、顔面を殴られて地面に倒れる。ガキ大将は去ったが太鼓持ちの奴らが群がって楽しそうに床に倒れたクルトを蹴る。

「こいつ本当に弱いな~www変な勉強しかしてないからな。」

「悪魔と楽しく話し合うんだっけ?裏切り者だ!」

「じゃあ悪魔とまとめて殺しても大丈夫だwww」

太鼓持ちの奴らが高笑いしながらクルトを見下す。クルトは鼻血が出て、顔面にあざができて、体中を蹴られたせいで体全体が痛んでいた。

クルトは夢を追いかけて悪魔を研究している。悪魔に興味を持つ人々への世間の目は冷たい。

 「やめろよお前ら!俺が相手してやる。」

ヨーゼフが止めに入って太鼓持ちたちは去った。

「また助かったよ、ありがとう。」

クルトは可愛らしい笑顔をヨーゼフに向ける。

「相変わらずクソみたいな奴らだ!いつかぶっ殺してやる!」

「まあまあ、落ち着いて。僕は気にしていないから。」

「そういうことじゃない!お前の夢をバカにしているのがムカつくんだ!」

「ちゃんと話せばわかってくれるよ。きっと…」

「お前、優し過ぎるんだよ!話しが通じない奴もいる。またいじめられるのが嫌ならば、少しは自分で反撃しろ。自分が弱いと思うなら、もっと強くなれ。」

「僕は何をやっても力が弱いんだよ。それより僕は知性を使って…」

「そうやっていつも嫌な訓練から逃げるから、バカにされるんだよ!お前今まで一度でも死ぬ気で訓練したか!?」

しばらくクルトは沈黙した。そして寂しそうな目から涙がこぼれた。

「違うよ!人には知性がある。力でしか問題解決できない野蛮な生き物じゃない。だから僕は、僕にできるやり方で戦うし、国に貢献する。」

「まあ…それでいい、とりあえずお前は俺が守る。安心しろ。」

ヨーゼフは何かを言いたげだったがそれを飲み込んだ。

「ありがとう、ヨーゼフ!」

 クルトとヨーゼフが自分の部屋に戻って訓練用の戦闘服に着替える。ルームメイトたちはクルトの怪我を心配する。

「またやられたの?」

「どうせガキ大将でしょ?ひどいよね。」

「俺も何回もやられたよ。クソ野郎だよね。」

ルームメイトはヨーゼフ以外にルイス・サンチェス、ジャン・ンベロ、ピーター・エグルトン、ダニエル・コーサルの四人がいる。

「にしても、後三か月か…」

「そろそろ、命張る覚悟しないとな。」

「学校で調子に乗っている奴は戦場だと絶対腰が引ける。その時見返してやろう!」

ダニエルが氷を持ってきて絆創膏を貼りながら言う。

「みんな…そんなに…」

クルトは唖然としていた。

「やっぱり、死ぬ前に最後の奇跡に賭けたいじゃん。」

「やる時はやるんだよ!」

クルトは触発され、真剣な表情になった。

 訓練終了後、クルトは兵舎の近くにあるベンチに座って星を見ていた。そこにヨーゼフが来た。

「今日はエキドナ座流星群が見られる日だっけ?」

「そうだよ!ヨーゼフも一緒に見てくれるの?嬉しいな~」

クルトは生き生きとした目で返答した。

「今日は流れ星が見えるらしいし、星空って綺麗だから好きなんだよね。」

クルトは喜んで流星群について熱く語り始めた。

「流星群って彗星の尾のチリが地球の大気圏に突入してできるんだよ、あまず彗星について説明しないとまず彗星は軌道によって三種類に分類できてね…(オタク特有の早口)」

ヨーゼフは愛想笑いする。

「宇宙って良いよね!未知の世界で自由だし。いつか行きたいな。」

「悪魔の研究はいいの?」

「人が行ったことがないところに行きたいんだ。行ける所が増えると、自由が増える感じがして良いんだ。」

「へー。」

「僕ね、宇宙船で宇宙を飛び回る夢をよく見るんだ。しかも可愛い女の子と一緒に!」

「www何だよそれ!」

「笑わないでよ!」

「愉快な夢だなwww」

 クルトとヨーゼフが楽しい話をしている時、近くを通りがかった他の訓練兵が騒いでいた。

「三か月後は前線だろ。何体殺せるか楽しみだなー!100体は行くかな。」

「相手は突っ込んでくるだけだろ。普通に撃ちまくって倒せばいいだけだよな!」

「ああ、しかも死者も少ないんだろ。新聞にそう書いてあった。」

「な、犠牲が多少増えてもいいから土地を奪還しに行けばいいのにな。空中戦艦は要らんだろ。軍はバカなのか?」

「たしかに。」

「「www」」

それを聞いたクルトは悲しげな表情をした。

「戦争なんて無ければいいのに。戦争が無ければ親は死ななかった。僕も君もあの訓練兵たちも死なずに済む。」

クルトの言葉にヨーゼフは不思議そうな顔をしながら喋る。

「戦争が無ければなんて考えたこともなかった。戦争が当たり前過ぎて。悪魔を殺しまくることばっかり考えていたよwww」

クルトは真剣な表情で喋る。

「悪魔は相当強いよ。初陣で死ぬかもしれない。仮に運よく初陣を生き残ってもその後すぐに死ぬ。悪魔は圧倒的に強いんだ!」

「それはないよw」

ヨーゼフは笑いながら言う。

「僕は体力が無いから後方に配置されると思うけど、君は優秀だから前線で戦うと思う。兄ちゃんも言っていたけど、悪魔の戦闘力はあなどれない。優秀な兵士が今まで何百万人も殺されている。スピードもパワーも人より圧倒的に上、だから本当に気をつけてね!」

「大丈夫、俺強いから。」

クルトは覚悟を決めつつも心の中で大きな不安と恐怖を抱えた。

その後、クルトはルームメイトと共に平和な訓練兵生活を送った。この日から三週間後のことである。前線で戦っていたヴィマナ王国陸軍第四軍団主力部隊が訓練学校周辺まで撤退してきた。その中には兄エゴンもいる。


悪魔の子プラスアルファ!

・ヴィマナ王国の徴兵制度

第一身分市民を除いた14歳を迎えた男子は基本的にその年の9月に陸軍訓練学校に入る。志願して適性試験に合格すれば海軍や空軍の訓練学校にも入れる。また、第一身分市民や女子も志願すれば訓練学校に入ることができる。訓練学校に入ると3年間兵士になるための訓練を受け、訓練を終えた者は兵士として、悪魔との戦争の前線に配属されることになる。


・ナグ・ハマディの悲劇

18世紀以前のヴィマナ王国はヴィマナ大陸の東に位置するナグ・ハマディ大陸も支配下に置いていた。しかし、ある日突然悪魔の侵攻を受けて大陸全体を喪失し、数千万人が死亡した。この出来事はナグ・ハマディの悲劇と呼ばれている。複数の悪魔学者が船団を率いて悪魔がいる大陸に上陸し、悪魔を刺激したことが引き金になってこの歴史的大事件に繋がったとされているため、これ以降、悪魔学者は民衆から忌まれる対象になった。


・訓練学校の仕組み

訓練学校卒業時の上位10名の成績優秀者は士官候補生として始めから下士官として配属される。つまり、普通の兵士と比較して始めから高い階級として認められるため、出世が早くなるのである。エゴンとエルザは成績優秀者として卒業した。ヨーゼフも成績優秀者として卒業する予定だ。

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