桜舞の悲痛な叫び

 桜舞の「いやーーーーどうしてどうして御義母様が」という悲痛な叫びにより、飛び起きた出雲美和は、慌てて着替えを済ませると現場へと向かう。そして、目にしたのは、喉元をザクリと切り開かれて絶命している桜庵先代女将の桜華であった。それをみて、とんでもない過ちを犯していたことに気付いた私は、その場にへたり込み嗚咽した。そう、桜華がドッペルゲンガーに狙われていたことは知っていた。それを伝えようとした矢先、山里愛子がメリーさんに殺され、その調査でドタバタした私は、刑事として最もやってはいけない致命的なミスを犯したのだ。狙われていた桜華への警告だ。

「私のせいで」

 呟いた私の言葉を聞いた女将の桜舞が私に駆け寄り、怒りを滲ませながら胸ぐらを掴む。

「それは、どういう意味ですか!」

「桜華さんが狙われていたことを知っていたんです」

 桜華は、それを聞くと私の頬を平手打ちした。

「うっ」

 桜舞の私への不信と怒りは、おさまらない。

「なんで、なんで、そのことを伝えてくださらなかったのですか!伝えてくれていれば御義母様がこのような目にあうことを防げたかもしれないじゃないですか!そもそも、刑事さんがとっとと犯人を捕まえてくれないからこうなってるんです!それともこれもメリーちゃんの仕業だと言うんですか?」

 私は、詰め寄られた状態で、否定する。

「いえ、この殺人は、間違いなくドッペルゲンガーです。メリーさんではないと断言できます」

「なら、貴方の話通りなら人だということです。それもこの中に犯人がいると。そういうことですね」

「えぇ、おそらく」

 桜舞は、私の胸ぐらから手を離すとニコリと微笑み。ドスの効いた声で、駆けつけた他の宿泊客に言う。

「御義母様をこんなにしたアンタらの中におるドッペルゲンガーよう聞きや。私は、アンタを絶対に許さへん。探し出して、必ず殺すさかい。首洗って、待ってなはれや」

 甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた女将の桜舞の豹変に、集まった宿泊客は、固まっていた。だが、この言葉を聞いた村田兄弟は、あっけらかんと頷き言う。

「俺らも同意見じゃ。環をあんな目に合わせたドッペルゲンガーを許せん。どうや、女将、手を組まへんか?同じ被害者同士」

 言うだけ言い落ち着きを少し取り戻した桜舞は、その提案に首を振る。

「えぇ、そうねと言いたいところだけれど。貴方たちのどちらかがドッペルゲンガーという可能性もある以上、信用できないわ」

「女将は、俺らも疑うっちゅうんか」

「えぇ、そう思ってもらって結構よ」

「そうか。せやったら勝手にせぇや」

 女将の豹変に驚きながらも検死を終えた南野天使が言う。

「死因は、首元を鋭利な物で切り付けられたことによる失血死です。桜華さんの表情を見る限り、とても驚くような相手だったことが伺えます。恐らく刑事さんの言う通り、ドッペルゲンガーの殺人で間違いないかと」

 普段は、おっとりしている南野天使だが検死の時は、キリッとしている。この場にいる唯一の医療関係者ということもあり、検死を担当してくれているのは、本当に助かっている。これでメリーさんによる殺人が2人、ドッペルゲンガーによる殺人が2人、まるで競い合うかのように人を殺していく。だが、あの裏サイトでは、桜華の殺人までしか書かれていなかった。でも、私に電話をかけてきた時、ドッペルゲンガーは確かに後2人殺すと言っていた。あの裏サイトで、殺人相手を選んでいるわけではない?いやいや、だとしたら桜華が殺された理由がわからない。モヤモヤするが仕方ない。桜華と恋仲であったとされる林田勲には、桜華を恨んでいる相手、先代の旦那の両親について詳しく話を聞く必要がある。

「南野さん、嫌なことを進んでやってくれてありがとう。本当に助かるわ」

「いえ、刑事さんも大変だと思いますがこれ以上殺人事件が起こらないように、いえ疑われているやっちゃんの容疑を晴らすために犯人逮捕をお願いします」

「えぇ」

 1人興奮した様子の記者、安藤保志。

「待ちに待ったとくダネじゃねぇか。タイトルの見出しは、メリーとドッペルゲンガーの対決だな。イイネェ。こうでなくちゃ。ここで張ってた意味がねぇわな」

 楓が安藤の元に近づいていく。

「人が亡くなってんのに、嬉しそうな顔でトクダネとか言わないでください。同じ記者として、虫唾が走ります」

「あぁ。ど素人の怪異ライターが調子乗ったこと言ってんじゃねぇよ。お前も似たようなもんだろうが」

「私は、人が死んだことをネタになんてしません」

「へぇ〜お前の記事見たぜ。首なしライダー事件の真実だったか?確かにあんなくだらねぇ記事しか書けねぇならお前ライターに向いてねぇよ。ライターはよ。こうやって、どんなに嫌なことでも飯の種にするって気概がねぇとな。カッカッカ」

 笑いながら安藤保志は、去っていく。その後ろ姿を見送りながら楓は怒りに拳を震わせていた。

「何よ。アイツ。私は、怪異事件で苦しむ人を救うためにフリーの怪異ライターになったのよ。アンタみたいに誰かを傷付けるネタを書くためにライターになったわけじゃない。アンタの方が向いてないわよ」

「まぁまぁ、楓のことは、私応援してるから。ねっ」

「美和〜〜〜」

「ヨシヨシ、辛かったね。あんなこと言われて」

 私の胸で泣く楓を抱きしめながら。私も自分の過ちと無力に打ちひしがれるのであった。

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