事件は唐突に

 食堂を後にして、今度は部屋に備え付けてある露天風呂で一息つきながら食堂で聞いた話をまとめていた。巷で噂になっているドッペルゲンガーを本物と仮定するならこちらに現れた方は偽物だと断定して良いだろう。素人が見たら酷似しているからどちらもドッペルゲンガーの仕業だとおもうかもしれないが、明らかに違う点がある。巷のドッペルゲンガーは564219の文字が現れると大半が翌日には殺される。まぁ、私はどちらも怪異ではないと考えているけどね。そもそも怪異が犯行予告なんかしないだろう。見たら死ぬのだから。それによく言うでしょ。世間には自分と似ている人が3人はいるってさ。巷のドッペルゲンガーもドッペルゲンガーを都合よく利用した連続殺人鬼の仕業だろう。そして、ここに現れた564219では、1週間で1人の死者も出ていない。警察官としては喜ばしいことなのだが何か引っかかる。それは林田さんが言っていた言葉だ。1週間前には従業員が3人いた。その文字が現れてから3人とも恐れて落ち着くまで休むとの連絡。それを簡単に受け入れて良いのだろうか?そもそも、少数精鋭の旅館だ。従業員が3人休んだことにより本来は10室で満室の部屋も6室で回すのが精一杯とのことだ。それにあんな記事が出たからお客も減ってるだろうと思っていたが林田さん曰く、ドッペルゲンガーに会える宿として、予約を取るお客様が急増しているとのことだ。野次馬感情というやつなのだろう。自分はその時にいなかったから当事者にはならないから他人事のように楽しむそういう輩のことだ。そういう輩に限って、自分が被害に遭うと騒ぎ立てる。ここに現れた564219という文字をイタズラだと断定した場合。得をしたのは、今は怖いもの見たさや野次馬感情で予約が増えているがいずれ下火になる。桜庵の人々は犯人から除外しても良いだろう。あくまでイタズラと断定した場合に限りだが。現時点では得した人間が居たのか判断できる材料もない。むしろ私は入り口の外国式の人形のが引っかかる。名前もメリー。有名な都市伝説メリーさんだ。電話が急にかかってきて、意味不明な言葉を言われる。そしてそれは徐々に自分の居る場所に近づいてきて、最後は『後ろにいるの』の後に振り向いたら殺されるという有名な話だ。まぁ、せっかくの1週間の休暇じゃなくて出張だった。うん、でも温泉気持ちいいし良いよね休暇も兼ねて。何も起こらなければ休暇だ。うん、何も起こらないでこのままお願いします。そう願いながら風呂を出て、眠りについたのだった。そして、その願いは見事に打ち砕かれる。早朝の女将さんによる「キャーーーーーーー」という叫びにより、目の覚めた私は、女将さんの声のする方へと急いで向かう。そこで私が目にしたのは、知らない女性が人形を操る糸で吊るされ、背中に何度も刺された状態で床には相当出血したであろう血溜まりができていた。遅れてやってきた桜庵の若旦那で板前の桜道筋が「そんな。散梨花がなんで」と小さく呟いた。

「散梨花?それって確か昨日林田さんが教えてくださった従業員の1人の木下散梨花さんですか?」

「えぇ、でもどうして、確かドッペルゲンガーの犯行声明があった日、彼女はここに居なかったはず」

 私の問いに女将の桜舞が答えてくれた。犯行声明の際にいなかった人物が殺されるこれも巷のドッペルゲンガー事件とは似ても似つかない点だ。いったいこの桜庵で何が起こっているというのかしら。

「3人ともあの日居た」

 若旦那で板前長も務める桜道筋が言う。

「えっどうして非番の3人が桜庵に?」

 女将の桜舞が戸惑いながら聞き返す。その表情は聞きたくないけど聞くしかないという悲痛な表情をしていた。

「そんなこともわからんのかえ。簡単なことじゃ。子供の産めぬ身体となったお前さんを捨て、桜庵の世継ぎを産める女に乗り換えただけじゃろうて」

 大女将の桜華が悪びれもせずに言う。

「大女将、そんな、そんな」

「桜庵のためじゃ。仕方なかろう」

「この時代に世襲制なんて馬鹿げています」

 看護師をしている南野天使が木下散梨花の軽い検死を済ませて、こちらに向き直り、説明する。

「この床の出血量から死因は、出血多量による出血死と判断できるかと、死後硬直から見て死後4時間ほど経過している可能性が高いでしょう。ですからそうですね。えーっと。えーっと」

「おいおい、最後の最後でしっかりしろよ天使。4時間前ってことは深夜2時ってことだろ。マジかよ丑三つ時じゃねぇか」

 南野天使のフォローを彼氏である阿久魔弥吉がしていた。

「これはドッペルゲンガーの仕業ではないですなぁ」

 探偵の臍鬱仁丹が呟く。

「なんだよ。ドッペルゲンガーの仕業じゃねぇのか。だったら警察に連絡して、おまかせして終わりだな」

 いやいやドッペルゲンガーだとしても人が死んでんだから警察に連絡してお任せでしょうがというツッコミを飲み込む。

「それが、電話が繋がらないのです」

 林田さんの言葉に全員が固まる。うん、ここに来るための橋は落ち。移動手段も絶たれ、電話も繋がらない。お決まりの展開に辟易する私であった。

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