食堂での時間
私は甘く考えていたのかも知れない。1週間前から泊まっていて、謎の文字を目撃した安藤記者はそこから更なるとくダネを狙って1週間も泊まり込んでいるが事件の発生は無いらしい。私も1週間程度で解決できるだろうなんて考えで出張申請を出した。けれども1週間でイタズラと断定できる証拠、もしくは何かしら事件解決の糸口を掴むことなどできるのだろうか。そんなことを考えながら食堂の席に座った。
「みんな集まったみたいだな。今日の夕食は、そこに座ってる村田兄弟が取ってきてくれたカツオのたたきと野菜たっぷりの煮物だ。召し上がってくれ」
桜道筋の夕食の献立の紹介を合図に皆が食べ進める。少しすると林田が話しかけていた。
「若旦那様」
「おぅ林田、どうした?」
「また橋が落ちたそうです」
「そうか。向こうのやつに連絡して、修理に来てもらう。まぁ2、3日で復旧できるだろう。お客様に心配させないようにケアの方頼むぞ」
「はい」
桜道筋はそれだけ言うと探偵の臍鬱と話し始めた。
「で、どうなんだい探偵さん?」
「イタズラと断定できる証拠もありませんし、まだなんとも」
「全く、あんなのイタズラに決まってるんだ。怖いと言い出して逃げ出した従業員のせいで、10室で満室のところ5か6室で回すのが精一杯だ。高い依頼料払ってんだからよ。早く解決してくれや」
「えぇ、ご期待に添えるようになんとか」
「頼むぜ。全く、あんな金額払わされて、解決できませんとかごめんだからよ」
「へい」
「では、皆様、楽しい食事をどうぞ」
桜道筋はそれだけ言うと足早に食堂を後にした。
「林田さん、若旦那はいつもあんな調子なんですか?」
楓が気になったことを林田に聞いていた。
「えぇ、桜庵では食堂での一斉の食事を取ることになっており、夕食の説明が終わったら若旦那様は、どこかへと行かれるのがルーティンです」
「成程」
「私も一つ聞いても良いですか?」
「えぇ、出雲様、なんでございましょう?」
「1週間前に書かれた文字で逃げ出した従業員が居たとさっき若旦那と探偵さんの話が聞こえてしまって、その方について知りたいのですが」
「あの時のことはあまり語りたくはないのですが。仕方ありませんなぁ。えぇ、えぇ、この桜庵には女中が3人働いておりました。
「成程、じゃあ事件の巻き込まれたわけでは無いのですね?」
「えぇ、幸いなことに」
「もう一つ聞きたいことがあったんですけど良いですか?」
「えぇ、構いませんよ」
「警察が一応捜査に入ったんですよね?」
「えぇ、巷でドッペルゲンガー事件とか言われて騒がれていたので、すぐに連絡はしたのですがただのイタズラだろうと言われてしまいまして」
まぁ、怪奇事件特別捜査課のあるところならうちの出番だが、管轄が違うとこうなるのか。今度副総監に相談してみるとしよう。
「成程、でも一応その時いた人とそれ以前に予約のあった客に関しては、止められているんですよね?」
「えぇ、まぁイタズラだろうが一応2週間ほど箱詰めして何事もなければ返してくださいと」
おいおいおい、ろくに捜査する気もないのに、止めて事件起こったら捜査しますって未然に防ぐ事を視野に入れていかないとダメでしょ。そんなことなら怪奇特別捜査課に回してくださいよ。それとも、ひょっとしてうちの部署って加賀美警察署以外では存在すら知られてないのかしら。何処か遠くのとあるところ。
「クシュン」
「あら〜副総監ったら風邪でも引いたの?」
「柊君、ちゃかさないでくれ。それで、ドッペルゲンガー事件を調べに出雲君が向かったそうだね」
「えぇ、加賀美警察署の犬巻警察署長に桜庵への出張申請を出したそうよ」
「ふむ。桜庵か。ん桜庵?。確か近くの交番から変な文字で相談があがっていたな」
「それ、美和ちゃんのところに持ってくように言ったのね」
「いや、すっかり忘れておった。ハッハッハ」
「笑い事じゃないわよ」
「こんなことがないようにしなくてはならんな。ハハハ」
「全く、そんなんだから、いえなんでもないわ」
ということが繰り広げられていたとか。話は戻る。
「林田さん、1週間前からの予約客って誰なんですが」
「俺たちだな」
「私たちですね」
南野と阿久魔が揃って答える。
「後は?」
「俺だよ」
記者の安藤が答える。
「遅くなってすまねぇな。とくダネのために貼ってたんだが今日も現れやがらない。全く、せっかく怪異記事輪廻の記者として面白いものに出会えたもんだと思ってたんだが当てが外れたかもな」
「そのようなことを言うのはやめてくだされ。貴方の記事のせいで、桜庵は客が減ったのですぞ」
「でもよ。俺は嘘なんか書いちゃいねぇぜ。起こったことをそのまま書いただけだ。恥じることはしてねぇ」
「まぁその記事を見て、来た客もいるわけだろ。俺たちみたいにドッペルゲンガーを捕まえるとか言ってるやつとかな。ガハハ」
「ですがね」
林田がくどくど言い出すと何人かがまたジジイの長い説教タイムが始まったとそそくさと食事を済ませ席をたち食堂を後にする。残った私たちは、林田の誰に対してなのかわからない説教を聞かされながら食事を食べるのであった。
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