急展開を迎える

 橋も落とされ、電話もつながらない。お決まりの展開。こんな状態でパニックになられても困るので、ここで少しでもみんなに安心してもらうために身分を明かすことにする。

「すいません。私、実はこういうものでして」

 出張なので警察手帳は肌身離さずに持っていた。

「刑事さんだったのか。どうりで聞き方が尋問されてる感じがしたんだよな」

 いや、弥吉君、君には全然尋問してないからね。

「刑事さんがいて、少し安心しました。プライベートでお越しいただいておりましたのにこんなことに巻き込んでしまい申し訳ありません」

 女将の桜舞が私に深々と頭を下げる。

「いえ、気になさらないでください。事件が起こった以上、プライベートだからと放置するわけには行きませんから。では、桜道筋さん、昨日林田さんから橋が落ちたと聞いてすぐに修理の連絡をしましたか?」

「いや、いつものことだからよ。後回しにして、忘れちまってたよ」

「ということは、かなりまずい状況ですね。向こうにいる人が気付いて橋を直してくれるか電話が繋がらない限り、私たちは孤立無援の状態ということです。食べ物や水、それと精神状態にも気を使わなければなりません」

「食べ物や水は問題ありません。自給自足で、飲み水は山から流れてくる清らかな水が食べ物に関しても畑で作っていますから安心してください」

「それは助かります。桜道筋さん、被害者との関係を教えてもらえますか?」

「あぁ、そうだよな。愛人の1人だ」

「愛人の1人?」

「あぁ、従業員の愛子・育美・散梨花の3人は、俺の愛人だ。といっても世継ぎを産むための契約だ。俺は妻を愛している。それは今でも変わらない。でも桜庵のためにはどうしても俺の血を引く子供が必要だったんだ。そのための契約だ。そこに愛は無い。代理出産と変わらないと思ってくれて構わない。それだけは言わせてくれ」

「納得できると思いますか?」

「じゃあ、俺にどうしろと。桜庵は世襲制で続いてきた由緒正しき家だ。子供の産めなくなったお前をこれからも俺の妻として桜庵の女将として残すためにはこの手段しかなかったんだ」

「契約ということは、3人とは子供が産まれたらその子供は?」

「あぁ、俺と舞の子供として育てるつもりだった」

「私がそれで納得すると」

「じゃあ相談したら、お前は俺と離婚しただろう。違うか」

「えぇ、でもあなたと不倫相手の子供を私に一緒に育てろってのを納得できるとでも」

「ぐっ。だがこうすれば母さんからは何も言われずに済むんだ」

「私は義母様に何も言われていませんよ。それどころか義母様は、子供を流産した私に寄り添い、子供が産まれなくても女将として残って欲しいと言ってくださいました」

「はっどうして」

「桜庵の純粋な血筋なぞお前で途切れておるからじゃ」

「どういうことだよ?」

「ワシと林田の子供がお前じゃ。血は争えんな。ワシも旦那が種無しだと知った時に桜庵を存続させるために種を貰うことを考えた。そして、当時から番頭として働いておった勲に頼んだのじゃ。後悔はしておらん。じゃが、ワシは過ちを犯した。勲に本気になっておったのじゃ。種だけの関係ではなくその後も幾度となくまぐわった。旦那もきっと気付いておったよ。気付いていて何も言わんかった。それが桜庵のためだと思ったのじゃろう」

「そんな、じゃあ俺は」

「お前は自分の意思で3人を愛人として囲っておったのじゃろう。それを正当化するための方便が産まれた子供を舞さんとの子として育てることじゃ。ワシと同じじゃ」

「ぐっ、でも俺は舞を愛してる。それは変わらない」

「じゃあ、どうして私に相談してくださらなかったの?あなたのことがわからないわ」

「すまなかった」

「謝っても許すことなどできないわ」

 ヒートアップする2人に全員がどうしたらという感じだ。こんなことになったのもみんなの前でプライベートなことを聞いた私の責任だ。止めるとしましょう。

「すみません、事件を解決するためとはいえ。皆のいる前で聞く話ではありませんでした。配慮が足らず申し訳ありませんでした。後は2人でいる時になさってください」

「刑事さん、これはすみません。つい怒りに身を任せてしまいました」

「俺も申し訳ない」

「取り敢えずあなたと被害者との関係はわかりました。では、ドッペルゲンガーからの犯行声明があった日に3人が居たというのもそういうことですね?」

「あぁ、察しの通りだ」

「ですが、非番として3人を囲ったとしてもどこに?」

「地下です」

「旦那の祖父がそういう趣味の人でな。女が悲鳴を上げても外に漏れぬように防音の部屋を地下に作ったのじゃ。そこなら隠れていてもこちらからは誰もわからんですじゃ」

「成程」

 当時のことが大体わかったその時向こうから2人の女が走ってきて、女将の桜舞の襟元を掴んだ。

「アンタが散梨花を殺したんでしょ」

「そうよ。私見たんだから貴方が大事にしている外国式の人形が散梨花を刺すところを。貴方が操って刺したんでしょ。この人殺し」

 えっメリーさんが散梨花さんを滅多刺しってえっどういうこと。混乱する頭を整理する間も無く2人は女将の桜舞さんにくってかかるのを慌てて止めることしかできなかった。

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