ずっとボクとオレのターン
白狐と黒狐の二人は、テーマパークで目当てのマスコットキャラクターを見付けた時のように瞳を輝かせながら、金切り声を響かせる怨霊の群れに向かっていく。
「あっ、私も!」
睡蓮は二人を追い掛けようとしたが、一歩前に進むことすら叶わない。昂に阻まれてしまったからだ。
そんな睡蓮たちに気付いた二人は、立ち止まらずに振り返って言った。これまで通り白狐から。
「ああごめんね巫女さま~ッ。一旦そこに居たまま観戦しておいて~? ボクたち、ちょっと試し撃ちしてくるから~!」
「昂~ッ。巫女さまに、あの術で“お兄ちゃんバリア”を出してあげてよ~? まぁどの道、必要はないけどさ~!」
「言われなくても……! 急急如律令、境界!」
睨みを利かせながら呪符を構えた昂が、睡蓮の前に障壁を出現させたのと同時。二人は攻撃を仕掛けた。
二人が走りながら怨霊に目掛けて手のひらを広げると、
二人は各自、それを遠くで不気味に蠢いている怨霊へと合わせた。
「ぶっちゃけボクたちだけでいいんだよ、ねえッ!」
「本当それ。いつもは別行動してるってのに、なんだって今日は勢揃いで来てん、だあッ⁉」
サイトが紅く光った瞬間、二人は怨霊へ拳や蹴りを放っていく。その度にパンッと破裂音が鳴った。
「ギィィーギギギギィィィ……!」
まるでダンスでもしているかのように繰り出される狐たちの格闘術を喰らい、怨霊は悲鳴を上げた。そして引き裂かれた後、淀んだ重苦しい瘴気に姿を変えていくのだった。
「苦しそうです……。あ、あの怨霊は元々、小さな動物さんだったのではないですか?」
近くまで戻ってきた二人を交互に見ながら訊いた。今回もまた、白狐が先に答える。
「そうだよ巫女さま。成仏すら出来ない
「ヤコ、ですか?」
「野良の狐ってこと。まぁオレたち動物にも色んな事情があるからさ……」
「だとしてもッ、こんな風に利用される筋合いはないんじゃない!? ってボクは思うけど!」
「本当それ! 血も涙もないんだから! それに比べて巫女さまは」
黒狐は笑顔で振り返ると、後から振り返った白狐に目配せをした。白狐も朗らかに笑って頷く。
「うん。やっぱ巫女さまは凄い。ボクたち接近戦が得意だったんだけど、こうしてッ! あんなに遠くの方にいる敵にまで、サイトが現れるようになったんだからッ!」
睡蓮を見つめながら、まだ遠方で蠢いている怨霊へ白狐は回し蹴りを放つ。破裂音の後、怨霊の身体は簡単に引き割かれた。
「しかも全然、力まないでだぜッ?」と、白狐に続くように黒狐も二段蹴りをした。
「ねぇ巫女さま見て見て~。ボクたちエイム上手でしょ~?」
まるで遊んでいるかのような二人。弱い弱いと、楽しげに怨霊を沈めていく。
「ど、どうか出来るだけお優しく」
「ずっとボクと?」
「オレのターン!」
願いを乞う睡蓮の声は、狐たちの耳には届いていないようだ。睡蓮は眉を下げたまま、挙動不審気味に周りを見渡す。
前に
そして左右を挟むように、昂と狛が背中を合わせる。昂は鋭い眼差しで、狛は見据えるように、それぞれ怨霊の動向を窺っていた。
さらに背後を護るのは、太秦。涼しい顔をしているが、神経を研ぎ澄ましているようで恐ろしく隙がない。
「どうしましょう。名ばかりで何もお力になれないなんて。……私に出来ること」
睡蓮は胸の前で両手を重ね合わせ、そっと瞳を閉じた。
「睡蓮……?」
睡蓮の足元から優しく風が立ち始めた。
幾つもの蛍のような小さい光も足元から生まれ、風に乗って舞い上がると一つずつ睡蓮の身体の中へと取り込まれていくのだった。
「安らかな眠りを
思わず目を奪われていた昂は、その詠唱を聞いてはっと我に返る。血相を変えて睡蓮の名を呼んだ。
しかし睡蓮へ伸ばした昂の手を狛が払った。昂は狛を睨みつけ、一触即発になるかという状況。
だがその時だ。風も吹いていないというのに、何処からともなく葉の擦れ合う音が、辺り一帯を異様なまでに包み込んだ。
睡蓮は静かに瞼を開き、凛とした表情で唱える。
「——浄化いたします」
葉の音が止んだ刹那、瘴気の中に無数の小さな光が浮かび上がる。その小さな光と入れ替わるように、パッと瘴気が消失した。
ほんの数秒の出来事だった。
「これが浄化の力……」
昂は息を呑んで目の前の光景を眺めた。
白狐と黒狐の二人も攻撃の手を止めて顔を見合うと、ピョコピョコと跳ねるように睡蓮の元へと帰って来る。
「すげー! すげーや、巫女さまッ♡」
「さすがオレの嫁ッ♡」
ボクのだ、オレのだと、狐たちが口論をし始めたが、狛の瞳には映っていないようだ。
狛は珍しく穏やかに微笑む。
「まだ怨霊は残っているが、瘴気に淀んでいた空も見事に晴れている。神気に満ち溢れている……!」
「ああ……」と、太秦も感動した面持ちで狛に同調する。心を奪われるように睡蓮を見た。
だがその表情が一変する。
「来るぞ‼ 狐も戻れ‼」
太秦が叫んだ直後、上空に男が現れた。腕を組み、満月を背に妖しげな笑みを浮かべている。
「ほぅ……この娘が」
男はそう言葉を止め、興味の赴くままに睡蓮を眺めるのだった。
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