心配性の陰陽師さま

 着衣を整え終えた様子の睡蓮に、昂は心の底から安心したような顔で胸を撫で下ろした。そして腑に落ちないながらも使わしめたちに訊く。


「取りあえず、お前たちが大御神と呼ぶ太陽の化身を復活させれば、俺と睡蓮は元の場所に帰れるって話でいいか?」


 頷く狛以外の三人。しかし昂は眉根を寄せた。


「でもそのためには、須佐神ってやつを倒さないといけないんだろ?」

「いや」


 黙って話を聞いていた狛が答える。


「須佐神の力を封じても、討つことはない。須佐神は大御神の弟君で、元は大御神と同様、俺たちの主君でもある。倒すべき者は、須佐神によって生み出された怨霊だけだ」

「は? 怨霊だけ?」

「えっ、怨霊を……倒すのですか?」


 どうやら昂と睡蓮は、危惧している部分が違うようだ。

 今度は睡蓮が眉根を寄せて狛に訊くと、次は太秦が答えた。また睡蓮の頭を撫でに来る。


「そうだな、少し言い回しが違ったな。陽の巫女には、我らと力を合わせまがを封じた後、浄化を願いたい。陽の巫女、お前にはそれが出来るはずだ。あとわかっているとは思うが怨霊は元々罪のない者ばかりだ。怖がる必要はない」

「はい」


 睡蓮は静かに返事をすると、瞳を揺らして両の手のひらを見つめた。


「我らと力を合わせてって、まさか睡蓮も連れ出すのか?」


「当然だ」と薄ら笑いを浮かべて答える太秦に、昂は憤然ふんぜんとした。


「そんなの危険だ! 狛、お前さっき外へ出るなって言ったじゃないかっ」

「それはお前たちだけでってことだ」

「なっ。と言うか、そもそもさ……。須佐神を倒さずに、お前たちが目指すものは達成出来るのか?」


 やや皮肉めいてはいるが、涼しく答える狛に、昂は僅かに冷静さを取り戻したようだ。


「ああ。なぜならここまで伝承の通りに進んでいるからな。須佐神も美月の廉潔れんけつさにお気付きになられたら、きっとお変わりになるだろう。第一、須佐神を殺めるのはこの倭の滅亡に値する。だから和睦わぼくを願う」

「ならっ、睡蓮の力を奪いにっていうのは、具体的にどんなことをしてくるんだ!? 一緒に連れて行くと言うくらいだから、睡蓮自体には危害が及ぶわけではないんだろ!?」

「ああ、身の危険は俺たちが全力で護るからな。それに美月だって生身ではない。俺たちの神気を融合する」

「お前たちの神気を融合……?」


 昂はいぶかしげになる。


「ああ、そうだ。それから美月の……陽の巫女の力は身を穢されてしまうと奪われるんだ。だから必ず阻止すると約束しよう」

「怪我ですか。とても怖いですが、絶対に頑張ることを誓います!」


 睡蓮のずれた発言に、昂はガクッと脱力した。


「睡蓮、穢しにだ。くそ、なんでこんなことに……。なあ狛、その穢すというのは一体なんだよ? 力を封じるような呪いでも掛けられるという意味か?」


「呪いですか⁉」と戦慄するその睡蓮から受け取った帯を、狛はシュルシュルと腰に巻き付けて締め直しながら答えた。


「いや、呪詛じゅそではない。ただ純潔じゅんけつを失うからな……。気分の良いものではないだろう。しかも陽の巫女としての能力は失われてしまい、大御神の再降臨は――」

「待て待て待て」


 昂は慌てて睡蓮の両耳をふさぎに行った。

 睡蓮の耳を押さえながら昂は狛に顔を向けると、遠慮がちに訊いた。


「え、えっと……じゅ、純潔?」

「ああ、睡蓮の純潔が奪われる。それがなんだ?」

「な……っ、そんなの絶対に許せるかぁぁ! とととと言うかなんでその……睡蓮の、その、じじじ事情をお前なんかが知っているんだ! いやもちろんこの睡蓮が、あんなことやそんなことをしているわけがないだろうけど……」


 あからさまに取り乱す昂を、白狐と黒狐は「すぐ赤面するー」とケラケラ笑った。

 もごもごと口籠る昂に、狛は面倒そうに答えた。


「陽の巫女というのは、身も心も純真無垢でないと選ばれないそうだ。そういうものなんだろう、諦めろ。しかし先程も言ったが、美月の加護があれば俺たちは強くなる。神気が格段に上がるんだ」

「だからと言って……! 俺は……お前たちの言う伝承ってやつも、いまいち信用出来ない……」

「お前の身に起きたことだけでも十分証明にならないか? いつまでもごちゃごちゃと煩い。付いて来たのはお前だ。いい加減、腹をくくれ!」


 前にも後ろにも進めない状況であるのは明白だ。狛に諭されて、昂は懊悩おうのうしつつも口を開いた。


「信じて……いいんだな?」

「ああ。そう言ってる」


 まとまったようだ。

 昂は捻っていた腰を元に戻して睡蓮に向き直った。だがなぜかそこに睡蓮の姿はない。睡蓮の耳を押さえていたはずの手だけが、虚しく宙に浮いていた。


「はいはーい。劇団してるところ悪いんだけど、もう近くまで来てるよ?」

「ま、その隙に巫女さまゲット出来たから良かったけどな。そんなわけで~――」


 少し離れた場所で、いつの間にか睡蓮を挟んで立っていた二人。

 白狐はそのまま睡蓮を後ろから抱きしめると、胸元に顔をうずめた。黒狐はその場で膝をつき、睡蓮の狩衣の裾をたくし上げ、あらわになった腰へと顔を寄せる。同時に口づけをした。


「「チュートリアルは任せて!」」


 すると三人は一瞬にして、光輝に包まれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る