第19話 妹が地獄を突破したので今度は兄が地獄へと足を踏み入れる

 「え? も、もう一回言ってくれないかな?」


 逸子の声が震えていた。 まるで現実を受け入れたくないと言わんばかりだ。

 だが、いくら拒否しても現実は何も変わらない。 継征は力なく首を振って最後のトロフィーの取得条件を告げる。


 「最後のトロフィーはネームドなし・・・・・・でサクセスモードのクリアだ」

 「あれを有名選手なしで?」

 「あぁ」


 継征はスマートフォンの画面を見せるとそこにはウイニングストライカーのトロフィー取得条件が表示されていた。 一番下にははっきりとネームドキャラクターなしでサクセスモードをクリアするとはっきりと記されている。


 「どうする? 止めとくか?」

 

 特に他意はなかったが、逸子は表情に若干の怒りを滲ませる。 

 どうやら継征の言葉は彼女の機嫌を若干ではあるが損ねてしまったようだ。


 「やる。 お兄ちゃん、前みたいにサポートよろしく」

 「分かった。 やる気なら全力で手伝うよ」


 こうしてウイニングストライカーでの戦いは最終局面を迎えた。

 サクセスモードの序盤はモブを鍛え、ネームドが参加するまでの繋ぎとするのが通常クリアの基本だ。

 悲しい事にモブとネームドではステータスの上限が違うので、どう頑張ってもモブはベンチからも駆逐される運命となる。 だが、そんなモブも特定のステータスだけを鍛え抜き、ポジションに特化させれば戦えるレベルに仕上げる事は可能だ。 


 モブだけでやるなら無駄は可能な限り削ぎ落さないと本番のワールドカップにすら辿り着けない。

 入念に育成方針を練った上で実行し、国内で勝利を重ねていく。

 その甲斐あってか国内での試合は危なげなく勝利を重ね。 ついに世界に挑む時が来た。


 「大丈夫。 一回勝ってるんだから、私なら勝てる。 絶対に勝てる」


 そう言い聞かせて逸子はコントローラーを強く握った。


 

 「――で、逸子は今でも家でサッカーやってると?」

 「あぁ、そんなところだ」


 場所は変わって近所のスーパー。

 母が友人と会ってくるという事で家にいないので食事の準備は自分達で行わなければならないので継征は買い出しに出ていたのだ。 買い物をしていると偶然、藤副と会ったのでこうして話をしていた。


 「ウイニングストライカーってそんなに難しいの?」

 「クリアだけなら割と難しいぐらいだがトロコン目指すなら中々に地獄だな」


 ただでさえキャラクターの性能で格差が付いている上、その縛りを強化するような条件を強いてくるような取得条件。 はっきり言って地獄だった。

 逸子は鬼のような形相で世界を相手に今も戦い続けている。 幸いにも一度クリアしているので攻略法は頭に入っているから勝ち目ゼロという事はないので時間をかければ恐らく行けるだろう。


 本当に恐ろしいゲームだが、継征が嫌だと思っているのは次は自分があの地獄を味わう事になる事だ。

 ウイニングストライカーⅡ。 一年足らずで発売された続編というよりはマイナーチェンジ版。

 事前に調べておいたが、キャラクターが追加されておりバランス調整が行われはしているが難易度的にはほぼ同等らしい。 一縷の望みをかけてトロフィーは共通ではないのかと確認したが、別物としてカウントされていた。 


 しかも今回は何故か同じソフトが二本も出るといったアクシデントがあったので後回しにする事も出来ない。 逸子とまったく同じ地獄を味わうのはもはや約束された未来なのだ。

 継征は大きく溜息を吐いた。 藤副はそれを見て苦笑。


 「俺の事はどうでもいいよ。 そっちはどうなんだ?」

 「え? 私? これから友達の家だけど?」

 「例の年上のお友達か?」

 「ま、まぁ、そんな感じかな? 祐平ってばおばさんが居ないからカップ麺で済まそうとしててさ、ここは私が仕方なく、仕方なーく面倒を見てあげなきゃって思っててさ!」


 やや慌てながらそういう藤副を継征はじっと観察する。

 服装や髪形もしっかりと整えており、これからデートと言われればなるほどと思える格好だ。

 本人は否定しているが恐らくはそういう事なのだろう。 突っ込むのは野暮なので小さく頷いて見せる。


 「その、なんだ? 頑張れよ」

 

 

 気合の入った藤副と分かれ帰宅するといつの間にか逸子は勝利を重ねており、ワールドカップの決勝に挑んでいた。 いつの間にと思ったが逸子の鬼気迫る表情を見れば頑張ったであろう事は容易に想像できる。 逸子の操作キャラが敵陣に切り込み、ディフェンダーを引きつけ絶妙なタイミングでパス。


 ゴール前に飛び出したシュート特化のストライカーがボールを受け取り必殺のシュートを放つ。

 

 「いっけぇぇぇぇ!! ――決まっ――ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 逸子の歓声は途中で悲鳴に変わった。 ボールはゴールポストに当たって跳ね返ったからだ。


 「外さないでよぉぉぉぉ! ここまで突破するまでどれだけ苦労したと思ってんのよこの無能! ふざけんな!」


 逸子はのたうち回りながら器用にコントローラーを操作してカウンターに備える。 

 狂ったような挙動を重ねる妹の姿に若干の恐怖を覚えながらもしっかり上達している技量に継続は力なりは至言だなと現実逃避気味にそう考えた。


 継征の見ている前で相手チームの反撃で逸子のチームはあっさりと敗北。

 逸子は呆然としていたが、思い押してリトライをしようとしたのをやんわりと止める。

 

 「め、飯にしようか。 お前の好きなアイスも買ってきたぞ?」


 逸子は暗く淀んだ目で継征を見つめ――小さく頷いた。

 


 継征が茹でたパスタをずるずると行儀悪く啜った逸子は次は勝つと静かに闘志を漲らせ、アイスを食べた事で気持ちも落ち着いたのか表情から険しさが僅かに消えた。

 その様子に継征は内心でほっと胸を撫で下ろす。 食事を済ませた逸子は落ち着いた様子でコントローラーを握り、プレイを再開した。 その後もいくつもの負けを繰り返したが、操作精度は向上し徐々にだが結果に反映されていく。


 ――そしてついに逸子の操作キャラのシュートが相手のゴールに突き刺さった。


 ゴール!! そして試合終了。

 逸子は拳を天に向かって突き上げ。 勝利を咆哮する。


 「やった! 勝った! ざまみろこのクソゲー! 二度とやらないからな!」


 普段の彼女からは想像もつかない汚い言葉を吐き出し、トロフィーがコンプリートされた事を確認。

 そして継征に満面の笑みを向ける。 そして――


 「次はお兄ちゃんの番だね」


 ――そう言い放った。

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