第18話 優勝した先に広がっていたのは賽の河原だった

 「ま、また負けた……」


 逸子が呆然と呟く。 順調とは言い難いが何とか勝ち進み、ついにワールドカップの決勝戦まで辿り着いたのだが、ここにきてさっぱり勝てなくなったのだ。

 無敵という訳ではないので調べれば勝ち筋はしっかりと存在したが、単純にスペック差で圧倒されて勝てない。 元々、敵チームと自分のチームの選手とでは基本スペックが違いすぎるので、普通にやれば全く勝てないので意図的に設定された敵チームの攻撃、防御の穴を突く形で勝利をもぎ取るのがこのゲームのクリア方法だ。


 逸子も後ろで指示を出していた継征もそれは理解していたが、その弱点をスペック差で捻じ伏せに来るので分かっていても攻めきれない。


 「うー、勝てないよぉ……」

 「こればっかりはどうにもならん。 一応、攻撃は通用しているから後はお前次第だ」


 逸子はうーうーと唸りながら何度目になるか思い出せないトライを開始した。

 その後ろで継征は動画などを見ながら勝率を高めるための研究を行う。

 何度も負けているだけあって動き自体は見えているので、攻撃パターンは読める。


 それでも負けるのは逸子の技量が足りていないからだ。 

 これに関しては何度も繰り返してプレイの精度を高めるしかない。

 継征は逸子に頑張れといいつつ、次は俺がこれをやるのかと戦慄していた。


 軽く調べるとウイニングストライカーⅡは選手が追加されただけの続編というよりは若干の拡張がされただけのソフトなのでクリアの難易度はほぼ同じと見ていい。

 そうこうしている内に逸子のチームが点を取り返し同点へ。 制限時間も近く、そろそろ決着だ。


 「先に点を入れたら勝てる。 先に点を入れたら勝てる」


 ブツブツとうわごとのようにそんな事を呟く妹に若干の恐怖を覚えたが、スコアは互角。

 後は先に点を入れれば守備に徹して逃げ切ればいい。 逸子は鬼気迫る表情で敵チームの弱点をひたすらに攻める。 そして――日本代表のシュートが相手チームのゴールに突き刺さった。


 「やったぁぁぁぁぁ!!! ざまあみろこのクソゲー! もう二度とやらないからね!」


 ――ついに、ついに日本は世界の頂点へと君臨したのだ。

 そんなテロップと共にエンディングが流れる。 逸子の開放感は凄まじく、普段の様子からは想像もつかない歓喜と狂気を周囲に撒き散らしていた。


 継征もこの喜びを分かち合いたいところではあったが、このゲームの真の恐ろしさはここからなのだ。

 普段は可愛らしいと評判の逸子は勝利の喜びに狂っており、まるで別人だったが継征は彼女にこれから残酷な事実を伝えなければならない。


 「――逸子」

 「やった、やったぁぁぁ! ん? なーに?」

 「すっげー言い難い事があるんだが、聞いてくれるか?」

 「なに? 今は気分がいいから大抵の事は許せちゃうよ?」

 「そうか。 なら気持ちを落ち着けて聞いてくれ。 これからお前はトロフィーの回収作業を行う。 そうだな?」

 「そうだけど……」


 何かを察したのか逸子の表情から徐々に表情が抜けていく。

 ウイニングストライカー。 クリアするだけでも相当の苦労が要求されるゲームである。

 それは逸子が身をもって証明した。 だが、トロフィーコンプを狙うのであればそれはもはや苦行と化す。 このゲームに残っている二つの地獄、それを逸子は経験する事となるだろう。


 「ちなみにどっちがいい?」

 「……ど、どっちって?」

 「さっきのサクセスモードかオリジナルモードだ」

 「あ、そういえばもう一つあったっけ? でもそっちってサクセスモードよりは楽なんじゃなかった?」

 「あぁ、勝つだけなら楽だぞ」 

 「なら、そっちにするよ。 サクセスモードはちょっと時間を置いてからトロフィーを狙うね」

 「……そうか。 まぁ、頑張れ」


 オリジナルモード。 こちらはサクセスモードと違い、ゲーム中に登場する全てのキャラクターを自軍として使用する事が可能だ。 ただ、入手条件は相手チームとして現れた状態で勝利し、ランダム・・・・で加入となる。 つまり目当ての選手がいるチームと当たって勝利したとしても十一分の一の確率でしか手に入らないのだ。


 ――で、だ。


 このオリジナルモードに関係したトロフィーの条件の一つに『全てのキャラクターを入手する事』が含まれている。 これが意味する事、それは――

 

 「ぎゃぁ! また外した」


 逸子が目当てのキャラクターを手に入れられずに頭を抱える。

 ――ガチャ地獄だ。 全てのキャラクターを集めきるまで解放されないまさに地獄。

 試合を組む。 目当てのキャラクターが居ない場合はリセットしてやり直し。

 

 目当てのキャラクターが出現すれば試合を行い、排出率約一割のガチャに挑む。

 その繰り返しだ。 積んでは崩されまた繰り返す賽の河原のような苦行に逸子は苦悶の表情を浮かべ、やがて何かが吹っ切れたのか無表情へと変わっていく。 そこから先は虚無の時間だった。

 

 最初はまだ良かったのだ。 目当ての選手が複数相手チームに居た場合、排出率は十一分の二~三になるのだから。 だが、数が揃ってくると排出率が一割以下の地獄が続く。

 連続で引けるならまだ救いはあったが、引く為に一試合片付けなければならないのだ。


 「……あ、また外した」


 虚ろな目でカチャカチャとコントローラーを操作する逸子。 

 最初は割と順調だっただけに残り五人を切った所で全くでなくなった。

 この様子だと時間かかりそうだなと継征はぼんやりと思いつつ、虚無感しか感じない作業を続ける逸子の背中を見つめ続けた。



 試験が終わって時間が出来たのでしばらくは楽できる。

 そんな幻想を抱いた時期があった。 だが、ウイニングストライカーという確率の悪魔の前に時間という名の財産は瞬く間に溶かされ、気が付けば週末。 期末考査は月曜から木曜まで、金曜日は休み。


 そして現在は金曜の深夜だ。 つまり逸子は丸一日以上、この不毛な選手ガチャに挑んでいた。

 この終わりなき賽の河原のような過酷な刑務作業は遂に――終わりを告げる。


 「や、やった! 揃った! はは、やった。 頑張れば夢は叶うんだ! やったー!」


 逸子が奇妙なテンションで喜びのあまり床をのたうち回る。

 彼女の喜びを象徴するかのように画面の端にはトロフィー入手のアナウンスが表示されていた。 

 これでトロフィーは実質、あと一つだ。 他は自然と取れるので、もう一度サクセスモードをクリアすればこのゲームは終了となる。


 ――そしてその最後の一つもまた地獄だった。

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