第20話 景色が微妙に変わっていても地獄である事に変わりはない

 ウイニングストライカーⅡ。

 間を置かずに発売しただけあって内容はほぼ変わらない。

 そしてトロフィーの獲得条件もほぼ同じだった。 違いはネームドの数が増えているのでオリジナルモードでの収集数が増えている事とサクセスモードでの対戦数が増えていることぐらいだろう。


 一応、難易度の調整は行われたようで多少はクリアのハードルが下がったとの事らしいが、果たしてどのぐらいなのだろうかと継征はプレイを開始した。

 幸いにも逸子が魂を削ってプレイしていたのを後ろで見ていたので、大雑把ではあるが感覚は掴んでいる。


 まずはオリジナルモードで操作に慣れつつ、ガチャ地獄を突破するのだ。

 

 「あれ? お兄ちゃんそっちから行くの?」

 「明らかに一番、面倒なモードだからな。 操作に慣れるのも兼ねて先に片付けるつもりだ」


 継征は逸子がのたうち回っている間、何もしていなかった訳ではない。

 事前にこのゲームについて調べ上げ、クリアまでのロードマップを作成しておいたのだ。

 まずは地獄の選手ガチャであるオリジナルモードをクリアし、関連トロフィーをコンプリートする。


 そうすれば後はサクセスモードをモブキャラのみでクリアすればほぼ完了だ。

 流れ自体は前作とまったく同じなので、攻略法としては逸子と同じ手段を踏襲すればいい。

 継征は逸子より上手くやれると少し思っていたので、自分ならスムーズに片付けられると自惚れていた。


 ――それが勘違いだと気づいたのは少し経ってからだったが。


 

 「――だぁ、クソ! また外れかよ!」


 逸子が悲鳴を上げた選手ガチャ。 当然のように継征も引っかかっていた。

 八割ぐらいまでは順調に集まるのだが、残り二割を切ると極端に手に入りにくくなる。

 試合を組んで目当ての選手が居なければソフトリセットを繰り返し、タイトルに戻ってまたやり直す。


 目当ての選手が居たら試合開始。 勝利後、お祈りをするという苦痛に満ちた作業を延々と繰り返す。

 もう何度目になるか分からない勝利を重ね。 外れると無感動に次の試合をセッティングする。

 虚無感。 圧倒的な虚無感。 継征はプレイを重ねていく内に自身の感性的な何かが死んでいくのを感じていた。 なるほど、逸子が苦しんでいた事が良く理解できる。


 小さく振り返ると逸子が慈愛の籠った目で継征を見つめていた。

 そのまなざしには同じ苦労を味わった者にしか伝わらない何かがある。

 継征はその視線を受けて逸子に対して慈しむ感情が芽生えたような気がすると錯覚し、プレイを続行。


 目当ての選手が相手チームに現れるまでリセットを繰り返す。

 出てきたら試合をする。 勝利する。 目当ての選手が手に入るようにお祈りする。

 外れる。 ちょっと前は畜生と怒り狂っていたが、今の継征は淡々と最初の手順に戻っていく。


 世の中にある大半の成功は試行の積み重ねだ。 一発目で当たるなんて早々、起こらない。

 継征はカチャカチャとコントローラーを操作しながらその精神は壮大な何かについて考えていた。

 些細な失敗はこの広い宇宙の尺度で見ればちっぽけな物だろう。


 だが、長い時間、繰り返しの試行、そして諦めない心。

 この三つが成功を進歩を発展を紡いできたのだ。 人類はこうやって前に進んでいる。

 俺はこのクソゲーを通して人類の進歩を体験しているのか?


 継征はもはや自分で何を考えているのか分からなかったが、コントローラーを動かす手は正確に勝利への軌跡を辿るべくカチャカチャと動き続ける。

 意識を目の前の画面に戻すとようやく未取得のキャラクターが手に入っていた。


 それを見て継征はそら見た事かと自らの思考の正しさを確信する。

 人間は挑む心を忘れてはいけない。 果てのない砂漠はなく、観測できないだけで宇宙にもきっと果てはある。 そう、どんな苦労や苦悩にも果てという名の終わりがあるのだ。


 継征は僅かに目を閉じて自身を中心に広がる宇宙を感じた。 


 ――あぁ、俺は今、何か大切な事に気づこうとしているのかもしれない。


 「――お兄ちゃん?」


 不意に体を揺さぶられ継征ははっと我に返った。

 画面を見ているといつの間にかトロフィーを獲得しており、外は暗くなっている。

 

 「だ、大丈夫? 途中から全く反応しなくなってトロフィーを取った瞬間に固まっちゃったから声かけたけど……」

 「あ、あぁ、大丈夫だ。 ちょっと宇宙が見えただけで大した事はない――はず」

 「う、宇宙?」

 「いや、オリジナルモードが片付いたなら今度はサクセスモードだな。 一度で済ませたいからネームドを使わずにモブだけでクリアする」


 操作には充分慣れた。 

 後は逸子のプレイを参考にして特定分野に特化した選手を作ってクリアを目指す。 

 ノウハウもあるし、下調べも済ませているんだ。 楽勝とまではいかないが、勝つぐらいなら何とかなるだろう。


 ――そう思っていた時期が俺にもありました。


 本番であるワールドカップに辿り着くまでは危なげなく勝ち進めはしたのだが、いざ大会に挑むと連戦連敗。 とにかく勝てないのだ。

 後ろで見ていただけでやった気になっていたが、いざプレイしてみると想像以上に難しい。

 

 相手チームの弱点を突く立ち回りをしてはいるのだが、味方選手の地力が足りていないお陰で少しでもミスするとあっさりボールを奪われてゴールを決められる。

 とにかく理不尽なまでに敵が強く、スペックでごり押してくるのでかなり繊細な立ち回りが要求され、継征は針に糸を通すような気持で極限の集中を以ってこれに当たっていた。


 相手チームのシュートがあっさりとゴールに突き刺さり試合終了。


 「畜生! キーパーふざけんな! 限界までステ振ってるんだからちゃんと防げこの無能がよぉ!」


 思わず苛立ちが口をついて外に零れ落ちる。

 侮っていたつもりはない。 充分に勝てると自信もあった。

 だが、結果は欠片も伴わない。 さっきの虚無感とは違い凄まじい苛立ちが継征の精神を焼き焦がす。


 「ぜってー潰す。 そして二度とやらねーぞこのクソゲー!」


 継征は冷蔵庫からエナジードリンクを引っ張り出すと一気に飲み干し、缶を握りつぶしてどかりと腰を下ろす。 その目は怒りに爛々と輝き、理不尽な敗北をねじ伏せようといった鋼の意志が宿っていた。

 そして逸子は同じ苦労を味わっている兄を見て生暖かい視線を送り、ついでに頑張れとエールを送った。

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