第39話

キユナはぎこちなくそう言って、2人に手をふる。



2人はまた会話の続きをしながらキユナの横を通り過ぎて行く。



キユナは咄嗟にその後をおいかけて、右側にいる少女の肩に手を伸ばした。



栗色の綺麗な髪が一本、肩に落ちていたのだ。



それをつまんだキユナは逃げるようにその場を後にしたのだった。


☆☆☆


それからのキユナは放課後になると1人で街を歩いて手作り人間工房を探すようになった。



ただの都市伝説だと思う気持ちもあったけれど、自分ののぞみを完全に消してしまうことができなかったのだ。



「こいつ毎日放課後になると1人でフラフラ歩き回ってるんだってさ」



「なにそれ、気持ち悪い」



クラス内でそんな風に噂されるのにも時間はかからなかった。



そのせいで余計に周囲から浮いてしまい、白い目で見られるようにもなった。



「あまりクラスに馴染めていないようだけれど、大丈夫かい?」



クラス内の変化に気がついた担任の先生に呼び出されたこともある。



だけどキユナはうつむいたまま固く口を閉ざしていた。



本当のことなんて言えるはずがない。



友達ができなくて、イジメられているだなんて。



先生はきっと手を差し伸べてくれようとする。



けれど、それがキッカケとなってイジメが悪化する可能性の方が高かった。



「大丈夫です」



結果的にキユナはそれだけ言って職員室を出てきたのだった。



そして2週間後。



手作り人間工房を探していてすっかり遅い時間になってしまったキユナは早足へ自宅へと戻っていた。



父親はまだ仕事中かもしれないけれど、母親は専業主婦で家にいる。



さっきから何度も電話がかかってきているし、きっと心配しているに違いない。



早足になっていたため、足元に看板があることに気が付かなかった。



キユナは足でその看板を蹴飛ばしてしまい、看板がひっくり返ってしまったのだ。



「あっ」



小さく声をあげて立ち止まり、慌てて看板を元通りに戻す。



木製の看板はずいぶん色あせていて、~~工房と書かれてある工房の部分しか読み取ることはできなかった。



なにを作る工房かはわからない。



それでもキユナはハッと息を飲んで地下へ続く階段を見つめていた。



この看板のお店は階段を下っていった先にあるみたいだ。



キユナはゴクリとツバを飲み込んでコンクリートの階段を下りていく。



自分の足音が周囲に反射して、なんだか別世界へ向かっているような気分になってくる。



そうしてたどり着いたのは重厚感のある扉の前だった。



そこにも看板が出ていたが、やはり文字は掠れて見えなくなっている。



ここが違ったらもう諦めよう。



キユナはそう自分に言い聞かせて工房の扉をノックした。



ノック音はくぐもっていて中まで聞こえているかどうか怪しい。



少し待ってみても誰も出てこないようなので、キユナは扉に手をかけた。



それは鍵がかかっていなくて、少しの力ですんなりと左右に開いてくれた。



部屋の中が見えた瞬間キユナは息を飲んだ。



本、本、本の山だ。



四方を背の高い本棚に囲まれていて、本たちはギュウギュウに詰め込まれている。



それでも入り切らなかった本たちは床に積まれていた。



部屋の中央には黒革の大きなソファが2脚置かれていて、上には等身大らしきロリータドレスを着たお人形が置かれている。



かわいいお人形に思わず見とれてしまいそうになりながらも、キユナは一歩足を踏み入れた。



「あの、こんにちは」



緊張して声をかすらせながら言うと、反応したのはソファの上の人形だった。



「あらいらっしゃい。ごめんね、考え事をしていて気が付かなかったの」



お人形はそう言うと立ち上がり、キユナに近づいてきた。



キユナは咄嗟に後ずさりしてしまうが、その人物が生きた人間であると気がついて胸をなでおろす。



「あの、ここは人間工房ですか?」



「えぇそうよ。さぁ、座って」



お人形のような女性はキユナを店内へ招き入れて、重厚な扉を閉じた。



2人で向かい合ってソファに座ると、なんだか妙な気分になる。



「今日はどんなクローンを作る予定?」



「あの、これを持ってきました」



キユナはポケットに入れておいた名前も知らない彼女の髪の毛を取り出した。



「サンプルね。預かるわ。他にも細かい設定ができるから」



名前はアリス。



立場は私の親友。



ずっと仲良しで、自分と同じようなおとなしい性格の子がいい。



そしてできあがったのが、アリスだったのだ。



ただ、アリスはできすぎていた。



自分の意思で購入者であるキユナからの電話を無視し、ライバル視するようになった。



「それはごめんなさい。今からでもアリスを返品することはできるわ」



アリスが好き勝手動くようになってからキユナはもう1度この工房を訪れ、そして相談していたのだ。



「いえ、それは嫌です。アリスは1人だけしかいません」



そのキユナの気持ちを尊重してしばらくアリスの好きにさせることにしたのだ。



そしてその数日後、アリスは手作り人間工房を探し出し、彼氏を作って欲しいと言ってきた。



アリスがクローンであると知っていた女性はアリスからお金を取らなかった。



代わりに、奥の部屋に引っ込んだ時にキユナに連絡を入れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る