第35話
「アリス、一緒にいても楽しくなさそうだから、心配してたんだ」
そう言われてようやく気がついた。
せっかくカイを彼氏として招き入れたのに、他の男を探すばかりではなにも楽しくない。
カイだって不満だったのだ。
「ごめんね。私、カイのことが見えなくなってた」
「だけど今はちゃんと見てくれてる」
カイはそう言うと無邪気な子供みたいに微笑んだ。
「うん……そうだね」
頷きながらカイの笑顔を見つめる。
クローンだからか、その笑顔には裏がないように見えた。
同時にこの人を傷つけてはいけないと感じる。
「もう大丈夫だよ。私、カイを大切にするから」
☆☆☆
それから2人は公園のベンチに座って星空を眺めた。
最近こうしてゆっくり空を見上げることなんてなかったから、なんとなく懐かしい雰囲気がする。
「綺麗な星空だね」
「うん」
「星座に詳しければもっと楽しいのにな」
カイは少し残念そうに顔を歪めて言う。
「詳しくなくたって楽しいよ」
アリスはそう言ってカイの手を握りしめた。
自分から手を繋いだのに、触れ合う瞬間胸がドキンッと大きく跳ねてしまう。
「この時間が永遠に続けばいいのに」
カイの言葉にアリスは「うん」と、短く返事をして頷く。
本当にそうだ。
この時間がずっとずーっと続けばいい。
後数日でカイが消えてしまうなんて、思えなかった。
アリスはカイの手を強く握りしめる。
「明日は水族館へ行こうよ。明後日は動物園。次は遊園地。その次は、えーっと」
アリスは次々と未来の約束を思い描いていく。
恋人らしいデートなんてなにもしてきていないから、すべてのことを詰め込んでしまいたい。
「そんなにたくさんは無理だよ。でも、1年かければできるんじゃないかな?」
1年……。
カイは自分の寿命を知っているはずなのに、まるで忘れてしまったかのように言う。
いや、実際に忘れてしまっているのかもしれない。
アリスに質問をされたときだけ自分がクローンであることを思い出し、寿命があることを思い出す。
そう思わせるような言動は多かった。
普段のカイはそれほど人間身が溢れていた。
そして翌日からは2人が考えていた通りいろいろな場所へ向かうことになった。
最初は近場にある映画館だ。
2時間映画を2人で見て、その後ゲームセンターへ行った。
カイはクレーンゲームがとても上手でたくさんのぬいぐるみをアリスにプレゼントしてくれた。
その時間はとても楽しくて、2人が一緒にいられる時間がごくわずかだなんてこと、忘れてしまっていた。
「アリス、電話が鳴ってる」
遊園地に来てジェットコースターの列に並んでいたとき、カイにそう言われてアリスはバッグの中からスマホを取り出した。
画面に表示されているのはキユナからの着信だ。
アリスは少し迷ったあと、取らずにそのままバッグにスマホをしまった。
「でなくていいの?」
「うん。大丈夫」
キユナへの申し訳ない気持ちはあるけれど、今はデートを優先させたかった。
あと数日で消えてしまうカイとの思い出をしっかりと胸に刻み込みたいのだ。
ごめんねキユナ。
アリスは心の中で謝って、気を取り直すように満面の笑顔をカイに向けたのだった。
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